ユウコロ!〜勇者が殺しにくる前に〜

エルアール

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第一部 二人の囚人

第19話 絶望再来

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「貴様、剣を持っていないのか」

仮面越しの低く、そして冷たい声はそのキラキラとした外見とは裏腹な不吉さを含んでいた。

このオンボロ橋も、仮面の騎士に対して怯えを抱いているのだろうか。

先程からギシギシといった音を立てて揺れ始めている。

不意に仮面の騎士は、先ほど抜いた剣を鞘に戻すと、今度は低い笑い声を発した。

「丸腰の下郎相手に剣を使うほど、俺も落ちぶれてはおらん。素手で相手してやろう」

それ以上、会話はかわされなかった。

お互いに敵である事は承知だし、何よりも突然、仮面の騎士が鋭く踏み込んできたからである。

相手は重い甲冑を着ているはず。

なのに、一瞬で橋の中央にいたナナシらに距離を詰められるその素早さに、彼は戦慄した。

——ば、バケモノめ……。

気絶したマチミヤを抱えている為、ナナシに避けるという選択肢はない。

なす術なく、その繰り出された重い重い拳の一撃を、ナナシはその顔面にまともに喰らった。

わきおこった音は『残酷』であった。

うぁぁぉぉぉぁぁぁぁぁぁぉぉぉぁぉぉぉぁ!!

ナナシの頬骨はいとも簡単に粉々に砕かれ、体はまるで空気の抜けた風船のように後方へと吹っ飛んでいく。

その倒れ込んだ衝撃で橋がギシィッ、と一段と嫌な音を立てた。

谷底へと、飛散した血が落ちていく。

仮面の騎士は開いた二つの穴から、重傷を負ったナナシを残忍そのものの目つきで見下ろした。

「痛いか」

仮面の奥で、邪悪な笑みを浮かべた。

「でも、死ぬほどじゃない。
女神インバダ様がお前を欲しがっている。
生かして連れ帰るのが俺の任務だ。
だが、その赤髪は必ず殺してやる。
そいつは女神様と俺に逆らった、反逆者だからな」

——め、女神? インバダ? 
それに、マチミヤを殺すだと?

「……訳のわからないことを言いやがって」

震える四肢に力を入れ、ナナシはなんとか立ち上がった。

マチミヤは幸い無事である。

ナナシよりもさらに後方、橋の入り口へと彼もまた吹っ飛んでいた。

橋の崩れる心配のないそこなら、まだ安全だろう。

幸い橋は、一本道。

ナナシは後ろに倒れるマチミヤを庇うように、仁王立ちをした。

絶対に僕から後ろに、ヤツを通さないッ!

そうすればマチミヤを守れる!

闘え!  家族の仇だッ! 自由はすぐそこだッ!

既にボロボロな全身の痛みと仮面の騎士への耐えきれない怒りが、ようやく『恐怖』を吹っ飛ばした。

「もう、仲間は殺させねぇぞッ!」

こちらへゆっくり歩いてくる仮面の騎士に対して、牙を向いたナナシは全身全霊で襲いかかった。

身を踊らせ、持てる限りの全力をつぎ込んだ拳を顔に叩きつける。

だが、その拳は大きく宙を舞う事となった。

顔面を叩き潰されるような、彼の強烈な文字通りの『鉄拳』がナナシを返り討ちにしたのである。

対空砲火を受けたナナシは橋に叩きつけられ、木片が辺りに飛び散った。

橋はまたまた嫌な音を立て、衝撃に耐えきれなくなった部分はパックリと谷底への口を開ける。

そのあまりの痛みに、ナナシは気が遠くなりそうになった。

いや、もう既に失っていたかもしれない。

だが、その何処かへ行こうとする意識を一瞬のうちに『意地の力』で引き戻すと、再びナナシは突進を試みた。

だがその攻撃もすぐに避けられ、返り討ち。

仮面の騎士の肘打ちで、ナナシの肩が砕けた音がした。

「おいおい、あんまり暴れてくれるな。
橋が崩れ落ちる」

そんな崩れ落ちるナナシを仮面の騎士は見下ろす。

「…………ぐッ」

鼻が折れたせいか、呼吸がしづらい。

ゴフー、ゴフー、といった情けない音が口から漏れる。

だが、脳内麻薬と呼ばれる『エンドルフィン』に脳がドップリと浸かっているのだろうか。

砕け、既にボロ雑巾となった体の痛みを認識しない。

ナナシは拳を地面に叩きつけ、なんとかぐらつきながらも立ち上がる。

だが痛みはなくとも吐き気は酷い。

口から赤く濁った血反吐を溢して、ふらふらと仮面の騎士を見据えた。

その姿はまさに満身創痍。

勝機はゼロに等しく、ナナシに負ける方が難しいだろう。

そんなナナシを見て、勇者は冷ややかな冷笑を仮面の奥から発した。

「貴様、いい加減にしろ。
そろそろ大人しくしないと、手元が狂う。
そんなに死にたいのか? この愚か者が」

だがその言葉を受け、全身がボロボロなナナシは、それでもなお、『笑った』。

「『死にたいのか』、だって?
馬鹿言えや。 勇者さんよ」

「…………なんだと?」

「死にたくないから、闘ってんだろうが。
確かに『逃げ』は、前進する為の一歩だよ。
人生は、逃げてもいいんだ。
……だけどな『逃げてばかりじゃダメなんだよ』。
男にはな戦わなくちゃならない瞬間もあるんだよ」

——そうだ、闘え。 今だけは逃げるな。
背中を守れ。 この一本道を、通すなッッ!

だがそんなナナシの返答は、仮面の男を苛立たせたようであった。

ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ。

噛み合わせの悪い歯車のような音が、谷中に響き渡る。

それは、勇者の歯軋りであった。

「……もういい。女神様の任務がなんだ。
生け捕りがどうした。
貴様のような『出来損ないのクズ』は殺してやる。
嬲り殺しだ」

その台詞を仮面の勇者が言い終えた刹那、ナナシの肋骨に衝撃が走った。

恐ろしいまでの速さで間を詰めてきた勇者の鉄拳が、打ち砕いたのだ。

「うごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぉぁ!」

その脳内麻薬『エンドルフィン』でも誤魔化し切れない壮絶な痛みに、ナナシはくの字に倒れる。

だがそんな倒れるナナシの胸ぐらを容赦なく掴んで引き上げると、今度は顔面に容赦なく頭突きを入れた。

勇者の硬い金属で出来た仮面が、何度も何度も何度も何度も打ち付けられる。

その度に血が飛散し、勇者の白い仮面を赤く染め上げていった。

今度こそ薄れゆくナナシの意識の中、耳の鼓膜には微かに『バキッ』という顔のどこかの骨が折れる音が響く。

——ちくしょう、顔ばかり狙いやがって。
ブサイクになっちまうじゃねぇかよ。

痛みなど等に感じなくなった意識の世界で、ナナシはそう呟いた。

ああ……、このまま僕は死ぬのだろうか。

外の世界、見れずに終わるのか。

死ぬ事への後悔が、浮かんでは積み重なっていく。

だが、不思議と清々しい気分ではあった。

あの『仮面の悪魔』に、自分は立ち向かったんだ。

過去のトラウマと向き合い、そして乗り越えたんだ。

あの世で待つジョセフたちも、認めてくれるんじゃないかな。

耳元では、相変わらず仮面で打ち付けられる音が響き渡っている。

おいおい、もうその辺で許してくれよ。

もう僕、顔面なんてボロボロだよ?

そんなに徹底的に破壊しようとしなくてもいいじゃないか。

……それにしても、あの仮面の騎士の正体は何だったのだろうか。

それに記憶喪失である僕の記憶は?

生まれた場所は?

両親は?

何故トチの森の川に倒れていた?

マチミヤの父親はなぜ殺された?

外の世界の風景は?

まだ僕は、何も成し遂げられていない。

マチミヤ1人を残したまま先に逝ってしまうのか?

そんな人生で、終わってしまってもいいのか?

勇者に負けたまま、ボクは死んでしまうのか?

ダメだ。 そんな事、絶対にダメだ。

ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。

      


        駄目だッッッッ!!


その時、ナナシの鼓膜に、ある叫びが飛び込んできた。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

その声で、ナナシの意識は再び再覚醒を果たした。

そして覚醒したその瞬間。


目の前に飛び込んできたのは、横から飛び込んできたマチミヤに顔面を打ち抜かれる、勇者の姿だった。

まさかマチミヤが起き上がり、横から殴りかかってくるとは思わなかったのだろう。

そのパンチをまともに喰らい、勇者の体は後方へと大きく吹っ飛んでいった。

その手応えに満足を感じながら、マチミヤは倒れるナナシの元へと駆け寄り、抱き起こす。

「すまん、待たせたな。 ナナシくん。
ようやく目覚めたで。
…………君、えらい顔にされてしもうたな。
顔がパンパンやないかッ!?」

微かに開いたまぶたで、マチミヤの顔を確認し、自然とナナシの顔に笑みが溢れた。

「……ま、マチミヤさんこそ。
だ、大丈夫なんですか? その両腕。
バキバキに折れてるでしょ?」

「なぁに、こんなモンツバでもつけたら治るわ。
……それより、あの不気味な仮面を付けた『厨二病野郎』が、噂の勇者か?」

マチミヤの問いに、ナナシはうなづいた。

一方、勇者の方は首をコキコキと鳴らしながら、ようやく起き上がった。

そして自分を殴り飛ばした赤髪のイケメンをその目に認めると、仮面の奥にある舌で口から垂れた血を舐めとった。

「良いパンチを打つじゃないか。
流石に少し効いたよ」

「おいおい、なんやその仮面は。
どこかの仮装パーティーにでも行く予定があるんか?」

「ああ、お前らを殺してからな」

ドウモトと違ってマチミヤの挑発に乗る様子もなく、勇者はゆっくりとこちらへ歩き始めた。

懐にある刀の鞘には手をかけようともしない。

強者の余裕が、彼にはまだあった。

「おい、ナナシくん。
重症患者の君にこんなことを言うのは気がひけるが、闘えるか?  あのバケモノ、来るで」

「マチミヤさんも、重症患者でしょう?
……もちろんやれます」

橋から見える山脈が、少し輝いてきたような気がした。

夜明けが近いのだ。

山から太陽が顔を出そうとしている。

無事、日の出を拝めるのはどちらになるのだろうか。

今、正真正銘の、最後の戦いが始まろうとしていた。




































































































































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