男装伯爵は元男娼に愛される

秋乃 よなが

文字の大きさ
2 / 48
第一章 伯爵と男娼、出会う

第二話「空色の瞳の美しい少年」

しおりを挟む

「あー、痛ぇ…」

 そして今頃になってようやく、擦りむいた手足に痛みを覚える。

 しかし裏通りの人間が表通りにいるとロクなことにならないことをよく知っているノアは、怪我の痛みをおして立ち上がろうとしたときだった。

「――怪我はないか?」

「っ!」

 思わず近くから聞こえてきた声に驚いて、ノアはその顔を上げた。

 その瞬間、空色の瞳と視線が交じり合う。

 そこにはノアの髪色と似た、煌めく癖のない金色の髪を揺らした美しい男が立っていた。

 ――いや、男と呼ぶには些か繊細な身体つきで、どちらかと言えば青年へと成長を進める少年の姿であった。

「いや、大丈――」

 無事を伝えようとして、ノアははっと我に返る。

 その少年は、誰が見ても明らかに上質なものと分かる服を身に着けていた。そして、少し離れた場所で停められた馬車が、彼が貴族であることをノアに教えていた。

「――道を遮るような真似をしてしまい、大変申し訳ありませんでした」

「………、」

 そう深く頭を下げたノアの態度の変化に、今度は少年が驚いたように目を見開く。

「………」

 ノアは頭を下げたまま、少年の言葉を待った。

 ――裏通りに住む人間は、表通りに住む人間の許可なく頭を上げてはいけない。

 それがこの帝国の、暗黙のルールだった。

 汚いものを見るような目で虐げられ、罵られて、ようやく裏通りへ戻ることを許される。

 それは、いつもノアが裏通りから見ていた、表通りに出てしまった裏通りの人間の行く末だった。

「………」

 しかし、いくら待てども、少年から何かしらの許しを与えられることはなく。

「………」

 その様子を伺うようにゆっくりと顔を上げれば、やはりあの澄んだ空色の瞳と目が合った。

「申し訳ありません」

「…そう畏まらなくてもいい。顔を上げてくれ」

 慌てて顔を伏せたノアにかかった、負の感情を一切感じさせない声。その声につられるように顔を上げれば、少年は薄っすらと笑みを浮かべていた。

「怪我をしているのだろう?君が派手に転がっていくのが馬車の中から見えた」

「…いえ、俺は大丈夫です」

「君が大丈夫だと言っても、私は自分の目で確認したい。危うく君を轢いてしまうところだった責任も感じている。…流石に、ここで怪我の具合を見ることはできないだろう?」

「………」

 裏通りの人間であるノアが、いつまでも表通りにいることなど許されない。

 しかし目の前の、一目で貴族と分かる少年を裏通りに連れてゆくわけにもいかない。

 かと言って、少年がこのまま引き下がるとも思えない。

 ならば、ノアが出す答えなど初めからひとつしかなく。

「さぁ、馬車に乗って。大丈夫。私の屋敷へ行くだけだ」

「………」

 ノアは渋々、少年と同じ馬車に乗り込んだ。

 御者に嫌悪の視線を向けられる覚悟をしていたノアは、意外にもあっさりとした御者の様子に拍子抜けする。そして走り出す馬車の中で、放った布袋や次の客のことを思い出し、そしてこれから自分がどうなるか考えながら揺られていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...