男装伯爵は元男娼に愛される

秋乃 よなが

文字の大きさ
6 / 48
第一章 伯爵と男娼、出会う

第六話「人生の大きな分岐路」

しおりを挟む

「驚いただろう?」

「あ…、申し訳ありません…」

「気にするな。皆、そのような反応をする」

「………」

「三年前に両親を亡くしていてな。若くして、爵位を継ぐことになったのだ。歳は、君と同じ十九になる」

「…では貴方様がご当主、ですか…」

「そうなるな。それからそこに立っているのは執事のクリスだ。クリス、挨拶を」

「――クリストファー・アークライトと申します」

 流れるような動作で一礼をした男――クリスの態度は、まさに優秀な執事たる風格を漂わせている。そして時折見守るようにロイドへ目配せされるその葡萄色の瞳は、その忠誠心を表しているようにも見えた。

「私の話を受けてくれた場合、クリスが君の教育係となる」

「………」

「君の名を教えてくれないか?」

「…ノア、です」

 こんな風に丁寧に名乗られてしまっては、自分もそれに応えなければいけないような気がして。少し居心地が悪そうに名乗ったノアの姿に、ロイドはまたひとつ笑みを零した。

「ノアか。いい名前だ」

「………」

 あれほど心の中に燻っていたロイドへの嫌悪感は、いつの間にか綺麗に消え去っていて。

 ロイドの裏表のなさそうな笑顔にすっかり毒気を抜かれてしまったノアには、ただ戸惑いしか残っていなかった。

「――どうだろう?使用人の話を受けてはもらえないか?」

「………」

「この屋敷には、決して君を虐げるような者はいない。それは私が保証しよう」

「…なぜ、俺なんですか?伯爵家ともなれば、それなりの身分の人間を雇うことができるでしょう?」

 これは純粋な疑問だった。

 なぜ裏通りの人間を雇うなど、わざわざ危ない橋を渡るようなことをするのか。

「俺みたいな、得体の知れない奴を屋敷に入れていいんですか?裏通りの人間ですよ?」

「………」

 ノアの言葉にロイドは、憂いげにその空色の瞳を揺らした。

「――表通りとか裏通りだとか…私はそれで扱いが変わるなど、おかしなことだと思っている」

 おおよそ表通りの人間らしからぬ言葉に、ノアは自分の耳を疑った。

「…私はね、ノア。元々、タイラー家の子供ではなかったんだ。――裏通りの物乞い、だったんだよ」

「―――」

 思わぬロイドの告白に、ノアは絶句するしかなかった。

「正直に言うと、私も完全に君を信用しているわけじゃない」

「………」

「けれど私は、自分の人を見る目を信じている。そして、君との出会いは何かの縁だとも思っている。だから私は、君が信頼に足る人物か。君は、私が信頼に足る人物かどうか。互いに見極める期間を設けるのはどうだろうか?」

「――そこで互いの信頼が得られなかった場合は、この話はなかったことにするという解釈でいいですか?」

「そうだ。結果がどうであれ、君がここで働いている間の報酬はきちんと払うつもりだよ」

「………」

「悪い話ではないと思うが…どうだろう?」

「…期間はどのくらいですか?」

「三ヶ月が妥当なところかな」

「………」

 ロイドの話は、一通り筋は通っていた。

 彼の出生を知れば、あのように躊躇いなくノアに触れていたことにも納得がいく。ノアにとって不利になる条件はどこにもなかったし、断る理由も見当たらなかった。

 ――それに、同じ裏通りの人間というだけで湧いた妙な情が、ノアの中に芽生えていた。

 一度でも、この帝国の陰の世界を生きてきた人間なら信用できるのではないか。

 そう思ったノアが出した答えは――。

「――とりあえず三ヶ月の間、よろしくお願いします」

 そう頭を下げたノアの姿に、ロイドは安堵の表情を浮かべた。

 ――こうしてノアは、人生の大きな分岐路に立つこととなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】 経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。 なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。 「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」 階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。 全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに! 「頬が赤い。必要だ」 「君を、大事にしたい」 真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。 さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!? これは健康管理?それとも恋愛? ――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...