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第十章 男装伯爵と元男娼、想い合う
第四十六話「元男娼の想い」
しおりを挟むハリー・パクストンが複数の罪で逮捕されたと報告を受けてからしばらく。いつもと変わらない穏やかな時間の中で、ノアは今日も一日を終えようとしていた。
「…ああ、今日は身体がすっかり硬くなってしまったな」
執務を終えて自室に戻るなり、ロイドはぐっとその身体を伸ばす。それを横目で見ながら、ノアは慣れた手付きで紅茶を淹れていた。
「今日は朝からずっと書斎に籠り切りだったからな。これほど長い時間、書類と睨み合っていれば身体も痛くなるだろ」
「ここ最近、外出が多かったからな。書類が溜まっていたんだ、仕方ないさ」
香りのよい紅茶をテーブルの上に置けば、ロイドがそれを見て嬉しそうに目を細め、椅子に座る。
その仕草が餌を待っていた猫のようで、ノアは小さく微笑んだ。
「あの肥満野郎、一応は貴族の端くれだったんだな。逮捕されたせいであいつの仕事がこっちに回ってきて、こんなにロイドが忙しくなるなんて思ってなかった」
「もともとタイラー家と同じ分野を生業としていた人だからね。顧客が流れてきてもおかしい話ではないよ。まあ、事業が潤うという点では、あの男様々ではあるかもしれないな」
「…あんなやつに感謝なんかするなよ。顧客がこっちに流れてくるのだって、ロイドが誠実に働いてきたって証拠だろ」
「ふふ、そんな露骨に嫌そうな顔をするな。でも、そう言ってくれて嬉しいよ」
嫌いなものは嫌いだと、まるで子供のように素直な反応を見せるノアを見てロイドが笑う。
「――出会った頃より、穏やかに笑うようになったな」
「え?」
よほど優しい声を出していたのだろう、驚いた顔でロイドがノアを見上げた。
「なんて言うんだ?こう…気を張り詰めている感じがなくなった。余裕が出てきたように思える」
「私が、か?どうだろうな、自分ではよく分からないな。…ああ、でも―――」
ロイドがカップをテーブルに置く。
「ノアがいるときは、一人で頑張ろうとしなくてもいいってことには気づいたな」
「っ、」
そして頼りにしていると言わんばかりの笑みを向けられて、ノアは思わず言葉に詰まった。
「ノアならどんな私でも受け止めてくれる。そう思ったら、ほどよく肩の力が抜けた気がする」
「…っ、なんだそれ…っ」
「――ノア?」
苦しそうな声が聞こえたと思った次の瞬間、ロイドはすっぽりとノアの腕の中に閉じ込められていた。
「本当にもう…なんなんだよ、それ…」
「ノ、ノア?」
いつもと違う様子のノアに、ロイドは戸惑いながらその名を呼ぶ。
それでも、抱きしめられた腕を振りほどくような素振りは一切ない。
「……それ、分かって言ってるのか?」
「っ、何が…?」
やけに熱っぽい溜息が耳元をくすぐって、ロイドは思わず身を捩った。
「――その言葉、すごい殺し文句に聞こえるんだけど?」
「こ、ころ…!」
「ああ、もうなんか色々考えてたけど、やめた」
「な、何をやめたんだ…!」
思わず意識してしまうほど、身体に直接響くような男らしいノアの声に、ロイドの顔は赤くなるばかり。
「……なぁ、」
「ど、どうした…!」
「俺、もう種馬として使い物になりそうにないわ」
「え…?」
「もう、――ロイドにしか欲情しない」
「な…っ、」
「…好きだ」
「っ、」
その一言に甘い痺れが身体中を駆け巡って、ロイドは自分の心が震えたのを感じた。
「…ロイドは?俺のこと、どう思ってる…?」
「―――、」
妙に掠れたノアの声に、ロイドの身体がぞくりと粟立つ。
そしてお互いの額を合わせて見つめ合えば、ノアの宵色の瞳に今自分だけが映っていることにどうしようもない満足感が溢れるのを、ロイドは感じていた。
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