世界は君の為にある

秋香犀

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第一部 jacta est alea.

episode.1

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 主を失ったエダーハース城は不気味なくらいに静まり帰っている。廊下を僅かに照らすのはゆらゆらと不規則に揺れる蝋燭の明かりだけで、夜を支配する月と臣下である星たちの姿はなかった。耳を澄まさずとも聞こえた波の音や風の声、足音でさえ、生まれ出たその瞬間から何かに奪われる。
 
 ルートはその日、自分の屋敷を離れ誰も居ないエダーハース城にやってきていた。
 
 その蜂蜜みたいに美しい顔が、不機嫌で彩られている。肩から掛けているアイボリーブラックのコートが足早な風に靡き、淡いオレンジの火に影を落とす。急な呼び出しで碌に整えられもしなかった黒髪がひらりと右目に垂れてきて、雑にかき上げた。同時に放たれた舌打ちは、静かな廊下に響き渡って消える。
 
 やがてルートはとある扉の前で立ち止まった。床を踏みにじるようにして、一つ息を吐く。苛立ちと面倒臭さが最大限に含まれたそれは深く、また舌打ちを打つ。
 指を鳴らすように擦らせれば、着の身着のままやって来ていたルートの装いが整えられていく。髪はいつものようにセットされ、少し緩んだネクタイは透明な手によって締め直される。ズボンに付いた僅かな煤は優しく叩かれて床に落ちた。

 そして、嵌め直された黒のグローブで扉をきっちり四回叩く。音もないノックは扉の向こうで待つ者にしっかりと到着を伝えたようで、わずかな間があってどうぞという声が聞こえた。
 
 「入んぞ」
 
 一応一声かけてから、ルートは扉を開けた。
 ゆっくりと押し開かれた扉の向こうは、かつてこの城の主であった“姫”の部屋だ。もう何十年も使われていない部屋は、たまに掃除が入っているお陰で綺麗に保たれている。
 ルートを呼び出した人物は、城下町が一望できる窓に腰を下ろしていた。風も入らないにも関わらず窓を開けて、星一つ見つけられない灰色の空を見上げている。
 
 気に食わないその背中を睨みつけて、ルートは言葉を待つ。
 
 「相変わらずここは暗いねぇ」
 「……街のランタンが綺麗に見えるだろ」
 
 太陽も月もない空を見上げたまま、その背中は呟いた。間延びした声はまるで他人事のようにも聞こえるし、嘆いているようにも聞こえる。
 ルートは顎で城下街を示してそう言った。
 黒の背中は空から街へ顔を向け、淡い光がぽつぽつと灯る美しい街並みを眺める。確かにこの街は自然光を失った。だが、街中に設置されたランタンは月や太陽に成り替わって明るくこの街を照らしている。
 
 「ハハッ」
 
 カナリ―イエローの瞳に映るちっぽけな街を、あざ笑うかのようにして立ち上がり、その背中を街へ見せる。くだらないと言わんばかりに息を吐いて、熱が冷めた鉄のような瞳がルートを見た。
 
 「この島から我が姫が奪われたのはお前らの失態だよ」
 
 言葉の末尾に至るまで、それは怒りに満ち溢れていた。カナリーイエローが僅かに動くだけで、跪いてしまいそうだ。ぞわりと全身に怖気が奔り、同時にルートの中で火が燃え上がるように高揚する。
 目の前のヤツを征服したいという欲が顔を出すこの瞬間の高揚が、一番嫌いだ。気分が悪くなる。
 
 「その説教は五十二年前に聞いた、そんな古傷抉りにわざわざ来たのかよ」
 「五十三年前だよ。いいかいルート、俺は終わった事を穿り返しに来るほど暇じゃないんだ」
 「へいへい。んで、わざわざこんなトコに呼び出して何の用?」
 
 ルートはそう言いながら、手近にあった椅子を手繰り寄せて腰を下ろした。 
 
 「姫が死んだ」
 「……あっそ」
 
 平坦と投げかけられた言葉を興味なさげに蹴り飛ばしたルートは、その長い足を持て余すように組んで、背もたれに片腕をかけた。
 ちらりと横目に目の前のヤツの恰好を見れば、なるほどと納得する。いつもの趣味の悪い聖職者みたいな装いではなく、まるで結婚式にでも参列するような紳士服を着ていた。胸ポケットには白い花が綺麗に咲いている。
 
 「もっとお悔やみとか掛ける言葉があるでしょう」
 「悲しんでもいねェテメェにお悔やみなんぞ勿体無いだろうが」
 「失礼だなぁ、これでも悲しんでいるんだよ」
 
 冗談めかして肩を竦める男を見て、ルートは吐き捨てるように言葉を返した。

 「はっ、どこがだよ。幸せそうに笑いやがって」
 
 黒い羽根が宙を舞う。子供一人余裕で包み込めてしまう両翼が、窓を覆い隠した。ゆるりと三日月に歪んだカナリーイエローは、誰が見ても愛する女の死を悲しんでいるように見えない。自然と上がる口角を隠そうとする左手の薬指には二つのリングが光っていた。
 



 「大事な大事なオヒメサマの命も、テメェが奪ったんだろ」 
 「……ハハッ、元から俺のモノだったんだよ、奪ったんじゃないさ」
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
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