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馬車に乗ったフェリスは、護衛隊隊長と隊員二名を伴い養老院へ向かった。結婚当初は養護院や養老院などへの慰問はしていなかった。
公爵であり領主の夫・メルヴィルは初夜から別室で、挙式以外に夫婦らしいことをされたことがなかったため、少しでも領主の妻らしいことがしたかったから慰問を始めた。
初めてメルヴィルに会ったのは、フェリスが十二歳で、彼は二十二歳だった。家族のお茶会で、十歳年上の次兄・ジュードから親友だと紹介された、黒髪の眼鏡の美青年に心を撃ち抜かれてしまった。初恋だった。
年の差が大きな叶わぬ片想いだと知りながら、ジュードに頼み込みメルヴィルのそばをうろちょろするようになった。優しくて面倒見のいいメルヴィルは、フェリスを嫌がることなく妹のように可愛がってくれた。
国王である父が決めて婚約したのは、フェリスが十四歳のとき。若くして領主になったメルヴィルは二十四歳だった。彼の家に代々受け継がれてきたサファイアを使った婚約指輪を彼が用意してくれたので、感激したフェリスは婚約式のときに嬉し涙を溢れさせた。その涙も婚約者になったメルヴィルが優しくハンカチで拭いてくれたのが、より嬉し涙を流させた。
十歳も年上の彼に似合う淑女になろうと努力を重ねた。
結婚したのは十八歳。メルヴィルは二十八歳だった。ふたりで結婚指輪を選び、豪華な結婚式も挙げてもらった。
なのに。結婚して二年。
(キスも、手を握ることも……一緒に食事も取らない。わたくしが子供すぎて……魅力がないのかしら。それとも……)
婚約をしてから大人のメルヴィルに少しでも似合うように淑女らしく振る舞い、大人の女性らしい肉体になろうと乳製品を積極的に食べて体操もしたし、ダンスもがんばった。いつまでも若々しく美しい母に美の秘訣をそれとなく聞いて、実践をしたのだ。
メルヴィルは派手な化粧を嫌うから、自然な化粧をし、彼好みだと思う首まで隠す淑やかなドレスを着るようになった。なのに、二年も放置されている。
結婚したからには、メルヴィルの子孫を残すのが妻の役目だし、夫に愛されるのを期待していたのだけれど。
幸せな結婚式から二年、ほとんど家庭内別居になっていた。
(メルヴィルさまは……お父さまの命令で仕方がなくわたくしを……)
悪い考えばかり浮かぶ。そして、深い溜め息ばかり出る。結婚したのに片想いのままだ。
「奥さま。じきに聖ビオラ養老院です」
御者の隣にいる護衛隊長が声をかけたので、フェリスは落ち込むのをやめて、公爵の妻の仮面をつけた。
都市中央から離れた静かな聖ビオラ養老院に着くと、とてもくたびれた老婆が通りに面した門の付近で項垂れているのに気がついた。
誰も老婆を気にかけないのか、それとも汚れがひどいので無視しているのか。
空の車イスを押したフェリスは老婆に歩み寄り、彼女の目線に合うようにしゃがむ。すえた匂いが鼻を刺激したが、いつも通りの笑顔で話しかけた。
「おばあさま。立てますか?」
「誰だい、あんたは。あたしはね、目も悪くてね。疲れっちまったからここで休んでいるのさ」
「おばあさまが休んでおられるのは養老院の門です。どうか、心身を休ませるお手伝いをさせてくださいませんか?」
老婆が頷いたから、車イスに座ってもらい養老院に向かった。老婆を風呂に入れて優しく何度も洗って、清潔な衣服に着替えさせた。
野菜たっぷりの温かいオートミール粥を食べさせてあげた。
その後で老婆と午後の日差しをたっぷり受ける、暖かな庭を散歩した。
こんなに優しくしてもらえたのは初めてだと、老婆が涙を流して喜んでくれたので、フェリスの心が軽くなる。よかった、よけいな負担になっていなくて。
老婆はフェリスの金の髪を留めていた、銀製の髪留めをほしがった。結婚前からつけているお気に入りの髪留めであるが、フェリスは快諾した。
「どうぞ、おばあさま」
生活の足しにするのもいいし、身に着けて心を若返らせてもらうのもいい。
老婆の枯れた手のひらに、外した銀の髪留めを渡して握らせる。老婆はしわくちゃの顔をくしゃくしゃにさせて笑んだから、フェリスも微笑む。初めて笑顔をくれたのがなにより嬉しい。
「それじゃあ、こいつはあたしからのお礼だよ」
老婆はくたびれてボロボロの革の小さなバッグから小瓶を取り出した。ボロボロの革のバッグに似合わない小瓶は、カットが美しいクリスタルのようだ。琥珀色の液体が入っているのがわかる。
「これはね、十日間は欲望がすべて放たれるまでビンビンのビンになる強烈な媚薬だよ。ヒヒヒッ」
「びやく?」
清いフェリスはビンビンのビンも媚薬もわからずにキョトンとする。
お婆さんはシワに埋もれた目を大きくさせてから、フェリスに説明をする。
「あなたさまは領主さまの奥方さまなんだろ? 新婚さんの楽しみといえば、夜の営みじゃあないか。媚薬ってのは、性欲を高める薬の総称だね。この媚薬は身体に悪いものははいっちゃいないから安心おし。古今東西のよりすぐりの物が入った精力剤ってところだね」
そこでようやくフェリスは話を飲み込んだ。
精力剤を飲んだメルヴィルに……と。結婚するにあたり、子作りの教育は受けているが。とてもじゃない。キスすらまともにしたことがないフェリスは真っ赤になって固まってしまった。
「それでは、奥方さま。今日のことは忘れません。ありがとうございました」
老婆は無理やりフェリスに媚薬の小瓶を渡すと、よほよぼと歩いて庭を去っていった。が、フェリスは固まったまま。老婆を追いかけて媚薬を返せなかった。
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