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05.公私の区別
❦・03-31・❦
しおりを挟むビルの高層階にある役員フロアは、とても静かだった。外資老舗の保険会社。重厚感のある廊下は防音性のある絨毯張り。
緊張しながら豪奢なドアをノックし、秘書ルームの奥の部屋に通される。
「失礼します……」
ん?
広々としたスタイリッシュな支社長の応接ソファの上座に、サラッとした金髪青眼で、そのへんのモデルなんかよりも手足の長いイケメンの男がいた。
(ウェイン?? どうして? 本社の筆頭株主なんだっけ? えっと……なんで? ていうか、いつものスーツも尊いけど、スリーピーススーツも五億倍尊いな? かっこよいな?)
「安城くん。よく来てくれたね。ミスター、彼女がデジタルマーケティング部、第六課マネージャーの安城千綾です。安城くん、こちらが我社の筆頭株主のウェイン・セルヴァンス伯爵だ」
ウェインはにっこり微笑む。眩い。イケメン後光が差している眩さだ。
千綾は他人のフリをして会釈をする。と、ウェインが握手を求めてきた。
久しぶりに触れ合ったせいか、下腹部の淫紋がズクンッと疼き、膣に入れている器具を意識してしまい顔が熱くなる。
「社内報であなたのインタビューを読んでから、会いたいと思っていました」
ウェインの他人行儀な喋り方からは、普段の貧相な語彙力がなく、なんとなく知的さすら感じる。そして、醸し出されるイケメンオーラ。さすがは2.5次元イケメン。ルッキズム最高峰の彼氏。三つ巴スーツも尊さの天元突破だ。
「お褒めいただき、光栄です……」
支社長は満面の笑みでふたりのあいだに入る。
「安城さん。セルヴァンスさまと役員室で対談をするのはどうかな。きっと、安城さんにプラスになることが多いと思いますよ」
「あ、の、広報を通さなくてもいいんですか?」
支社長は笑顔のままで千綾を手招きし、こそっと話す。
「セルヴァンスさまの望みだからね。……くれぐれも粗相のないようにね。クビだけじゃすまないかもしれないよ」
そんなに脅さなくても……。と、苦笑いで返す。相手はウェインなんだし。
でも、ケンカ中だった。
そして、器具を入れている現実に気がついた。お手洗いに行って取りたい。それから対談でもなんでもしたい。
が、その暇を与えられずに、ゼネラルマネージャーの個人秘書に特別役員室へ通されてしまった。
始めて入る特別役員室は、シャンデリアが下がるアンティークなインテリアだった。そのハイブランドのソファにかしこまって座る千綾は、ちらりと室内を見渡す。
超高級なインテリアと上質なファブリック。千綾が高校生の頃に、母親が『迎賓館のランチ行ってきたの!』と、鼻息を荒くして話していたので、迎賓館を検索したことがある。その内装の絢爛豪華たるや、国の品格を守りつつゲストを迎えるのにするのにふさわしいものだった。
だが、ここは役員室だ。小型の迎賓館のような場所で、ゆったりとしたソファに座りながら役員たちが会議をするのはなぜなのだろうか。自分たちは机とイスとプロジェクタしかない殺伐とした場所で会議を長時間するのに。これが貧富の差。
でも、ウェインがいると超映えるからヨシッ! と、千綾は心のなかでサムズアップをしている。スマホを取り出せないのが悔やまれる。カメラマンのように写真を撮りまくりたかったのに!
秘書が芳しいコーヒーと高級茶菓子を出して退室すると、ウェインが席を移動し、千綾の隣に座った。
「こうして話し合うのは久しぶりだね」
「う、うん」
目の前にウェインがいる。それよりも監視カメラが気になる。こんな風に会社で座ってはいけないのでは? コンプライアンスとか、ガバナンスとか。
令和の世、えろマンガのオフィスモノだって、勤務中のエロシーンは少なくなってしまった。千綾的にはフィクションくらい、多少のハメをはずしてハメ合ってもいいと思う。ただ、現実にハメ合いするのは給料ドロボーだと憤りすら感じる。不倫ならなおさら。オフィスエロもNTRもフィクションならではのロマンスだ。
だから、現実に恋人がこうして会社に来て、胸を高鳴らせときめかせるのは困ってしまう。発情したらどうするんだ。
「もしかして、監視カメラが気になるの?」
ぎっくぅ。と顔にも態度にも出てしまった。安城千綾。職場では、みんなを見守るよき真面目なマネージャーとして通っているのである。オフィスで、しかもこんな特別役員室などで、デレっとして、手を繋ぎたいなどと考えつつも、オフィスセックス(フィクションの)を妄想しそうになった。
「安心していいよ。映像を変えるのもできるから」
「そんなことできちゃうの?」
「霊的な存在は電気や電子と相性はいいって言ったよね。だから、加工するのも魔術でちょいちょいだよ」
「うーん。わかりにくい説明」
もう少し語彙力の向上を求む。と思う。が、ウェインだからいいか、で片付けてしまう。
「要するに、監視カメラや防犯カメラは気にしなくていいんだね」
「うん。身を守るためとはいえ、世知辛い世の中だよ」
「非力な人を守るためだけじゃないんだよ。濡れ衣を着せられないためのものでもあるから。それに、犯罪予防にもなるでしょ」
「対人間にはね。俺たちみたいな高等な悪魔や淫魔には護符のほうが威力あるかな」
ウェインににじり寄られて、千綾はソファの端へじりじり逃げる。
フィクションであり、実際にオフィスや公的な場所でえっちをしてはいけません。セクハラ厳禁。
「ちいが仕事している姿を見たよ」
「え?」
「魔術越しじゃなくて、この目で見たかったから正攻法をちょっと捻じ曲げて」
「支社長たちに魔術で筆頭株主だと思わせて?」
「前も言ったけど、筆頭株主なのはほんとだよ。日本に遊びに来たついでにここにも寄った的な言い訳をしたんだ。アポイントもちゃんと取ってたんだよ」
「ええ? じゃあ、ほんとうに、仕事してる姿を見たの?」
「うん。他のマネージャーたちもいたから、じっくり見られなかったけどね。楽しそうだった」
急に恥ずかしさと照れが込み上げてくる。こっそり授業参観された思春期の頃を思い出すくらいには、恥ずかしくて、顔に熱が集中していく。
「祓魔師がリモートワークっていうの? で、見られなかったのが残念だよ」
「会って、どうするつもりだったの?」
「ちいを苦しめてるのを見ちゃったら、左遷しかないよね」
にっこり。ウェインの一存で人の人生が左右されてしまう。恐ろしい。
「でも、ちいは乗り越えるって言ってたから、信じるよ」
間近の青い目が真剣だったから、きゅぅんっと胸が切なく高鳴った。
「……ウェイン。近い」
「いいでしょ。俺は、ちいと仲直りしたくて、ここに来たんだよ」
「わたしも……ウェインと仲直りしたかった。……ずっと、嫌な態度取っていて、ごめんなさい」
「俺こそ。ちいの頑張りを知らずに無神経な言葉で傷つけて、ごめんね。仕事をしてる姿を見て、俺の理解が足りなかったって痛感したよ」
千綾はううんと首を振る。ウェインは淫魔で、現代を生きる千綾を知らなくて当然だ。それに、心配してくれての『やめちゃいなよ』だった。譲れないものがあったにしろ、きちんと説明をすればよかった。
「……寂しかったよ。一緒に住んでるのに、ウェインが遠かった。同じ思いに……それ以上にさせていて、ごめ──」
言葉はウェインのキスで塞がれてしまった。侵入してきた彼の舌が言葉も感情も掻き乱す。ときめきと──膣トレ用の器具を入れっぱなしだったのを意識させた。
(どうしよう。なかが、へん……。違和感の塊になってる)
力が抜けたため、腟内をにゅるんっと動き、弱いところに当たってしまっている。小さめのアダルトグッズを思わせる。
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