十二月には光の天使が舞い降りて

なかむ楽

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8.GIFT

26.-3-追悼

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  ・ ❆ ・ ❅ ・ ❆ ・




 生きるのは死ぬことよりも苛酷で熾烈で、だけど、楽しいことや喜びもある。

 二十年近くもかかった長い長い戦いは、幾度となく窮地に立たされた。それでも果敢に立ち向かったのは、憎しみよりも大切なものを守りたいがため。

 たくさんの命を散らした戦いが終結した翌春は、緑よりも瓦礫が多くて寂しいものだった。それでも復興作業をする者たちの眼差しは、希望に満ちていた。

 齢四十を過ぎたわたしは、次世代を育てるために後進する。これからは、若い世代がその目で世界を見て、その身体で感情を得なければならない。同じ悲しみの轍を踏まないように。

 今のところ、新政府には旧反政府組織の顔ぶれが多いが、それも今後は国民選挙で変わっていく。
 年寄りがいない政府は、なにかと血の気が多いかもしれないから、後ろでわたしたち年寄りが口喧しくしていることに決めた。


 若者たちは集まり党を作り、よりよい国を作ってくれるとわたしは信じている。

 旧反政府組織の広告塔になってくれた息子・イヴァンは、どの党にも入党しないと言っていた。
 しかし、大勢の国民はイヴァンがこれからも導くと考えているだろう。皆は導き星を信じて今まで戦ってきたのだ。
 それも国民選挙で決まる。
 誰かが一人で決めず、集まった者が知恵を出し合い、より良くするための議論が行われ、時に仲違いをするのもいい。他者を理解し合うのではなく、受け止め時に流すのは若者には難しいが、わたしは信じている。彼らによって、当たり前の幸せに気がつかない国民が増えるのを。



  ・ ❆ ・



 通常五月祭りが開かれる季節、まだ祭りを開ける余裕がないが、かわりに慰霊祭をすることになった。
 言い出したのはイヴァンだ。広告塔だった息子の影響力は強く、若い力主導で慰霊祭の準備が始められた。
 慰霊祭の今日は、国民への配給品に慰霊用の蝋燭を始めとする品が付属した。
 祈りたい者が祈れるようにと、イヴァンは個人的にわたしに借金を作り、各地区の教会へ司祭や輔祭を手配した。結局、この子は国民を導く宿命の元に生まれている。本人は否定をしたが、遅れてきた反抗期だと思うことにした。


 国営墓地には現代的な慰霊碑が作られた。今日のために書かれた戦没者の名簿を納めてある。
 宗教的な意味合いを控えめにしたのは、これからこの国では、多様な信仰が増えるだろうと配慮したものだ。
 多様な信仰がある国で育ったイヴァンの思いつきだが、悪くない。あの子を世界一平和な国で育てたのは、間違いではなかったようだ。

 青空の下、黒衣の司教が慰霊碑とわたしたち参列者に向け、聖書を読み上げる。

 旧政府側の戦没者の名は、この慰霊碑に納められていない。
 寝返らなかった特権階級者たちも秘密警察も軍部も。これから裁判を待つ旧政府側の元要人たちも。我々、新政府──旧反政府組織──からすれば、彼らは許されざる戦犯なのだ。
 会議の多数決で可決された結果なのだから、国民は従うのみだ。

 粛々とした祈りのなかで、わたしたち参列者は慰霊碑に花と蝋燭の灯火を捧げる。

 この慰霊碑には、亡命途中に命を落とした者の名簿も収められている。先輩、後輩、同輩……。あの暗くて寒かった十六人部屋で仲がよかったクルト、ヨハン、カティリナ、ニコラス……。死体のない彼らは名をここに。
 そこにはヴァレリーの名前はない。

 彼は政府側に名を連ねたまま逝ったから、この慰霊碑ではなく、戦犯者として教会へ名簿を預けてある。

 国を導いたわたしの夫であり、イヴァンの父親が戦犯者だと国の誰もが知っている。誰かの父が、兄弟が、友が旧政府側であったから、特例は許されない。
 それに、それでいい。
 敵になった同胞をいつか赦せるようになる。
 死は平等だが、感情はまた別だ。
 家族を愛する自由がある国ですら、不仲な家族は多い。戦没者への祈りは強制するものではない。
 心は自由だ。

 大掛かりな慰霊祭が終わったあと、わたしたちは家族だけで集合墓地のはずれへと足を運んだ。
 わたしとイヴァン。花を持ってくれているのはヨナスの養女むすめのエルザ。その後ろにはヨナス。
 ヨナスは初めの頃こそエイリアス・ドゥの使者兼わたしの身辺警護をしていたのだが、『雇い主くらい自由に選ぶ』と、半ば強引に雇用契約を結んできた。
 雇い主のわたしの意見はないがしろだが、優秀で寡黙すぎる男を雇ってやれる変わり者はわたしくらいだと、受け止めた。

 そんなヨナスが戦地から女児を拾って来た時には声を上げて驚いた。寡黙すぎる独身男に育児などできるかと見守っていた。ヨナスは女児にエルザと名をつけて、甲斐甲斐しく世話をしていたのにも、正式に養女にしたのにも驚いた。

『昔、野良猫が猫の世話をしていたな』

『そんなことを思い出さなくてもいいだろう』

『野良猫と猫が家族になれるのなら、鳩と人の子だって家族になれるさ』

 エルザが成長をわたしも見守るうちに、伯母のような気になってきたし、あの子の視線を追いかければ、遠くない将来、本当の家族になれる予感がする。
 その視線の先はわたしに似てしまったせいで、鈍感なのが残念だ。


 墓地のはずれの、名を刻んでいない墓石に到着した。
 名目上、わたし個人の生前墓地だ。それが大きな嘘であるのを、わたしに近い場所にいる人間なら誰でも知っている。わたしは死んだらこの墓に入るので、嘘とは言いきれないから開き直った。

 丁寧に埃を払っても、強い春風が新たに砂塵を乗せてしまうし、捧げた花は飛んでしまいそうに花びらを揺らしている。山間の小さな国の春の風は嵐のように力強い。
 土埃が舞う中、わたしもイヴァンもここで静かに黙祷する。

 この墓石の下には、誰もいない。
 埋めたのは眼鏡と、彼が褒賞にもらった他国製の腕時計だけ。

 あの国で名無しの男ジョン・ドゥとして処理された彼をここに連れてきてあげるのはほとんど無理だった。
 彼は大勢の見知らぬ他人たちと合葬をされて、混ざってしまっていた。鑑定をして探してもよかったが、彼だけ特別扱いはできない。

 だってそうでしょう。クルト、ヨハン、カティリナ、ニコラス……、先輩たちと同輩たち、後輩たち。共に戦い散った仲間たち。彼らは祖国の土で安眠できていない。

 この墓碑はかたちだけ。
 愛した彼と彼らの精神は常にわたしともにある。
 けれど、弔いは別だ。

 山々から降りてくる春の風。特に今日は強かった。力強い風古い空気を一掃するかのようだ。

「……かあさん。お父さんはどんな人だった?」

 イヴァンがわたしに問う。
 強い風に飛ばされそうな軍帽をぎゅっと押さえるイヴァンは、もうすっかり青年も板についていて、ほんの少し頼りがいが見える。
 わたしよりも遥かに背が高いのは、まるで彼のよう。残念なことに顔はわたしに似ているけれど、目の色はヴァレリーと同じオリーブ色だ。

 エイリアス・ドゥから彼の朋友の名を授かった、戦う運命を背負った可哀想な子。背負わせたのはわたし。留学先で安穏と暮らす選択肢もあったのに、戦う運命を背負うのを選んだのは息子自身だ。
 未成年のうちに広告塔にまつりあげられ、平和な留学先から戦いが激化した頃になんの権も持たない准将として一兵卒に混じり、戦果をあげ、若年層の導き星になった。
 そんなイヴァンは、この秋からA国の大学へ留学をする。若いフラットな視線で世界を見て回る。エルザは待つと言っていたが、男を待ってもいいことはないとだけ、お節介を言った。
 わたしもかつて、愛する男を待っていた。

「あなたのお父さん……。そうね……」

 わたしは幼い頃のヴァレリーしか知らない。彼はどんな人物だったのかほぼ知らない。書類上と日記で足跡を知ることはあっても、彼がなにに感動し、なにを見て喜び、悲しむのか。なにを好んでいたのか、何か知らない。
 大人になった姿は、リチャード・スミスを演じていた偽物の期間と濃厚な三日間しか知らない。
 だから今までイヴァンにはなにも教えてあげられていないし、聞かれなかった。

「……サンタクロースみたいな人、だったかな?」

 そう笑うと、イヴァンはオリーブ色の目を丸くした。

「ええ?」

「ふふっ。知らないの、イヴァン。ママはサンタにキスをするのよ」

「歌じゃないか」

「さあ、エルザが春風で飛んでしまわないうちに、我が家に帰りましょう」

「エルザ。もし飛びそうなら俺に掴まって。絵本の魔法使いみたいに飛んだら楽しそうだよな」

「もうっ、おばさまもイヴァンさまもからかわないでください」

「からかってないよ、エルザ。なにかするなら一人より二人がいい。……それなら俺はエルザがいい。だから……一緒に留学をしないか?」

「……イヴァン。順番が違うだろう」

 寡黙なヨナスが口をムッと曲げた。嫁がせるのが惜しい男親がわたしの頬をあげさせる。
 最初の敵に根をあげる根性なしには、わたしもエルザをあげられない。



 そうしてわたしたちは喋りながら、墓地を後にする。
 礎になった人たちにしばらくの別れを。当面は、国が揺れ動くだろうから、わたしは内外から補助をしてあげなきゃならない。
 みんなの敵討ちをすれば終わりではない。この空の下で暮らす人々には人生の続きがある。
 これからは尽力を惜しまずに、家族が笑って暮らせるのが当たり前の国にする手助けをする。まずは、身近なところからが目標だ。

 平和を夢見たエイリアス・ドゥとその友人たちの意志を受け継いだのだから、きちんと次代にも継がせなければ。
 その手助けは容易ではないだろうが、ヴァレリーが約束を果たしてくれたから、わたしは約束を破ることは出来ない。
 まだまだ頑健で現役の絵本作家へ恩返しを。彼の友人の名を汚さぬように。

 けれど、ヴァレリー。
 わたしたちが望んだ平和な世の中に、あなたはいない。
 でも、わたしはまだそっちに行けない。
 わたしには愛しい家族がいるから。
 ひとりぼっちじゃないから。
 もう家族をひとりぼっちにできないから。


 もう少し待っていて。


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