26 / 27
8.GIFT
26.-3-追悼
しおりを挟む・ ❆ ・ ❅ ・ ❆ ・
生きるのは死ぬことよりも苛酷で熾烈で、だけど、楽しいことや喜びもある。
二十年近くもかかった長い長い戦いは、幾度となく窮地に立たされた。それでも果敢に立ち向かったのは、憎しみよりも大切なものを守りたいがため。
たくさんの命を散らした戦いが終結した翌春は、緑よりも瓦礫が多くて寂しいものだった。それでも復興作業をする者たちの眼差しは、希望に満ちていた。
齢四十を過ぎたわたしは、次世代を育てるために後進する。これからは、若い世代がその目で世界を見て、その身体で感情を得なければならない。同じ悲しみの轍を踏まないように。
今のところ、新政府には旧反政府組織の顔ぶれが多いが、それも今後は国民選挙で変わっていく。
年寄りがいない政府は、なにかと血の気が多いかもしれないから、後ろでわたしたち年寄りが口喧しくしていることに決めた。
若者たちは集まり党を作り、よりよい国を作ってくれるとわたしは信じている。
旧反政府組織の広告塔になってくれた息子・イヴァンは、どの党にも入党しないと言っていた。
しかし、大勢の国民はイヴァンがこれからも導くと考えているだろう。皆は導き星を信じて今まで戦ってきたのだ。
それも国民選挙で決まる。
誰かが一人で決めず、集まった者が知恵を出し合い、より良くするための議論が行われ、時に仲違いをするのもいい。他者を理解し合うのではなく、受け止め時に流すのは若者には難しいが、わたしは信じている。彼らによって、当たり前の幸せに気がつかない国民が増えるのを。
・ ❆ ・
通常五月祭りが開かれる季節、まだ祭りを開ける余裕がないが、かわりに慰霊祭をすることになった。
言い出したのはイヴァンだ。広告塔だった息子の影響力は強く、若い力主導で慰霊祭の準備が始められた。
慰霊祭の今日は、国民への配給品に慰霊用の蝋燭を始めとする品が付属した。
祈りたい者が祈れるようにと、イヴァンは個人的にわたしに借金を作り、各地区の教会へ司祭や輔祭を手配した。結局、この子は国民を導く宿命の元に生まれている。本人は否定をしたが、遅れてきた反抗期だと思うことにした。
国営墓地には現代的な慰霊碑が作られた。今日のために書かれた戦没者の名簿を納めてある。
宗教的な意味合いを控えめにしたのは、これからこの国では、多様な信仰が増えるだろうと配慮したものだ。
多様な信仰がある国で育ったイヴァンの思いつきだが、悪くない。あの子を世界一平和な国で育てたのは、間違いではなかったようだ。
青空の下、黒衣の司教が慰霊碑とわたしたち参列者に向け、聖書を読み上げる。
旧政府側の戦没者の名は、この慰霊碑に納められていない。
寝返らなかった特権階級者たちも秘密警察も軍部も。これから裁判を待つ旧政府側の元要人たちも。我々、新政府──旧反政府組織──からすれば、彼らは許されざる戦犯なのだ。
会議の多数決で可決された結果なのだから、国民は従うのみだ。
粛々とした祈りのなかで、わたしたち参列者は慰霊碑に花と蝋燭の灯火を捧げる。
この慰霊碑には、亡命途中に命を落とした者の名簿も収められている。先輩、後輩、同輩……。あの暗くて寒かった十六人部屋で仲がよかったクルト、ヨハン、カティリナ、ニコラス……。死体のない彼らは名をここに。
そこにはヴァレリーの名前はない。
彼は政府側に名を連ねたまま逝ったから、この慰霊碑ではなく、戦犯者として教会へ名簿を預けてある。
国を導いたわたしの夫であり、イヴァンの父親が戦犯者だと国の誰もが知っている。誰かの父が、兄弟が、友が旧政府側であったから、特例は許されない。
それに、それでいい。
敵になった同胞をいつか赦せるようになる。
死は平等だが、感情はまた別だ。
家族を愛する自由がある国ですら、不仲な家族は多い。戦没者への祈りは強制するものではない。
心は自由だ。
大掛かりな慰霊祭が終わったあと、わたしたちは家族だけで集合墓地のはずれへと足を運んだ。
わたしとイヴァン。花を持ってくれているのはヨナスの養女のエルザ。その後ろにはヨナス。
ヨナスは初めの頃こそエイリアス・ドゥの使者兼わたしの身辺警護をしていたのだが、『雇い主くらい自由に選ぶ』と、半ば強引に雇用契約を結んできた。
雇い主のわたしの意見はないがしろだが、優秀で寡黙すぎる男を雇ってやれる変わり者はわたしくらいだと、受け止めた。
そんなヨナスが戦地から女児を拾って来た時には声を上げて驚いた。寡黙すぎる独身男に育児などできるかと見守っていた。ヨナスは女児にエルザと名をつけて、甲斐甲斐しく世話をしていたのにも、正式に養女にしたのにも驚いた。
『昔、野良猫が猫の世話をしていたな』
『そんなことを思い出さなくてもいいだろう』
『野良猫と猫が家族になれるのなら、鳩と人の子だって家族になれるさ』
エルザが成長をわたしも見守るうちに、伯母のような気になってきたし、あの子の視線を追いかければ、遠くない将来、本当の家族になれる予感がする。
その視線の先はわたしに似てしまったせいで、鈍感なのが残念だ。
墓地のはずれの、名を刻んでいない墓石に到着した。
名目上、わたし個人の生前墓地だ。それが大きな嘘であるのを、わたしに近い場所にいる人間なら誰でも知っている。わたしは死んだらこの墓に入るので、嘘とは言いきれないから開き直った。
丁寧に埃を払っても、強い春風が新たに砂塵を乗せてしまうし、捧げた花は飛んでしまいそうに花びらを揺らしている。山間の小さな国の春の風は嵐のように力強い。
土埃が舞う中、わたしもイヴァンもここで静かに黙祷する。
この墓石の下には、誰もいない。
埋めたのは眼鏡と、彼が褒賞にもらった他国製の腕時計だけ。
あの国で名無しの男として処理された彼をここに連れてきてあげるのはほとんど無理だった。
彼は大勢の見知らぬ他人たちと合葬をされて、混ざってしまっていた。鑑定をして探してもよかったが、彼だけ特別扱いはできない。
だってそうでしょう。クルト、ヨハン、カティリナ、ニコラス……、先輩たちと同輩たち、後輩たち。共に戦い散った仲間たち。彼らは祖国の土で安眠できていない。
この墓碑はかたちだけ。
愛した彼と彼らの精神は常にわたしともにある。
けれど、弔いは別だ。
山々から降りてくる春の風。特に今日は強かった。力強い風古い空気を一掃するかのようだ。
「……かあさん。お父さんはどんな人だった?」
イヴァンがわたしに問う。
強い風に飛ばされそうな軍帽をぎゅっと押さえるイヴァンは、もうすっかり青年も板についていて、ほんの少し頼りがいが見える。
わたしよりも遥かに背が高いのは、まるで彼のよう。残念なことに顔はわたしに似ているけれど、目の色はヴァレリーと同じオリーブ色だ。
エイリアス・ドゥから彼の朋友の名を授かった、戦う運命を背負った可哀想な子。背負わせたのはわたし。留学先で安穏と暮らす選択肢もあったのに、戦う運命を背負うのを選んだのは息子自身だ。
未成年のうちに広告塔にまつりあげられ、平和な留学先から戦いが激化した頃になんの権も持たない准将として一兵卒に混じり、戦果をあげ、若年層の導き星になった。
そんなイヴァンは、この秋からA国の大学へ留学をする。若いフラットな視線で世界を見て回る。エルザは待つと言っていたが、男を待ってもいいことはないとだけ、お節介を言った。
わたしもかつて、愛する男を待っていた。
「あなたのお父さん……。そうね……」
わたしは幼い頃のヴァレリーしか知らない。彼はどんな人物だったのかほぼ知らない。書類上と日記で足跡を知ることはあっても、彼がなにに感動し、なにを見て喜び、悲しむのか。なにを好んでいたのか、何か知らない。
大人になった姿は、リチャード・スミスを演じていた偽物の期間と濃厚な三日間しか知らない。
だから今までイヴァンにはなにも教えてあげられていないし、聞かれなかった。
「……サンタクロースみたいな人、だったかな?」
そう笑うと、イヴァンはオリーブ色の目を丸くした。
「ええ?」
「ふふっ。知らないの、イヴァン。ママはサンタにキスをするのよ」
「歌じゃないか」
「さあ、エルザが春風で飛んでしまわないうちに、我が家に帰りましょう」
「エルザ。もし飛びそうなら俺に掴まって。絵本の魔法使いみたいに飛んだら楽しそうだよな」
「もうっ、おばさまもイヴァンさまもからかわないでください」
「からかってないよ、エルザ。なにかするなら一人より二人がいい。……それなら俺はエルザがいい。だから……一緒に留学をしないか?」
「……イヴァン。順番が違うだろう」
寡黙なヨナスが口をムッと曲げた。嫁がせるのが惜しい男親がわたしの頬をあげさせる。
最初の敵に根をあげる根性なしには、わたしもエルザをあげられない。
そうしてわたしたちは喋りながら、墓地を後にする。
礎になった人たちにしばらくの別れを。当面は、国が揺れ動くだろうから、わたしは内外から補助をしてあげなきゃならない。
みんなの敵討ちをすれば終わりではない。この空の下で暮らす人々には人生の続きがある。
これからは尽力を惜しまずに、家族が笑って暮らせるのが当たり前の国にする手助けをする。まずは、身近なところからが目標だ。
平和を夢見たエイリアス・ドゥとその友人たちの意志を受け継いだのだから、きちんと次代にも継がせなければ。
その手助けは容易ではないだろうが、ヴァレリーが約束を果たしてくれたから、わたしは約束を破ることは出来ない。
まだまだ頑健で現役の絵本作家へ恩返しを。彼の友人の名を汚さぬように。
けれど、ヴァレリー。
わたしたちが望んだ平和な世の中に、あなたはいない。
でも、わたしはまだそっちに行けない。
わたしには愛しい家族がいるから。
ひとりぼっちじゃないから。
もう家族をひとりぼっちにできないから。
もう少し待っていて。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
殺されるのは御免なので、逃げました
まめきち
恋愛
クーデターを起こした雪豹の獣人のシアンに処刑されるのではないかと、元第三皇女のリディアーヌは知り、鷹の獣人ゼンの力を借り逃亡。
リディアーヌはてっきりシアンには嫌われていると思い込んでいたが、
実は小さい頃からリディアーヌ事が好きだったシアン。
そんな事ではリディアーヌ事を諦めるはずもなく。寸前のところでリディアーヌを掠め取られたシアンの追跡がはじまります。
卒業まであと七日。静かな図書室で,触れてはいけない彼の秘密を知ってしまった。
雨宮 あい
恋愛
卒業まであと七日。図書委員の「私」は、廃棄予定の古い資料の中から一冊の薄いノートを見つける。
「勝手に見つけたのは、君の方だろ?」
琥珀色の図書室で、優等生な彼の仮面が剥がれ落ちる。放課後の密室、手のひらに刻まれた秘密の座標、そして制服のプリーツをなぞる熱い指先。日曜日、必死にアイロンを押し当てても消えなかったスカートの皺は、彼に暴かれ、繋がれてしまった心と肉体の綻びそのものだった。
白日の下の教室で牙を隠す彼と、誰にも言えない汚れを身に纏う私。卒業証書を受け取る瞬間さえ、腰元に潜む「昨日の熱」が私を突き動かす。
清潔な制服の下で深まっていく、二人にしか分からない背徳の刻印。カウントダウンの果てに待つのは、残酷な別れか、それとも一生解けない甘い呪縛か――。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【完結】婚約者なんて眼中にありません
らんか
恋愛
あー、気が抜ける。
婚約者とのお茶会なのにときめかない……
私は若いお子様には興味ないんだってば。
やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる