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You bring happiness to rainy days !①
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「美晴が一流ホテルで式をするなんて思わなかったわ」
「絶対にここって決めてたもの。それとコネも少々」
幼馴染みが私にベールを掛けて、視界を白霞みにさせた。実はコネというのは少し違っていて、彼のお父さんがこのホテルに務めているから使わざるを得ないだけ。けれど、彼との思い出があるホテルで結婚式をしたかったのも偽りはない。
「長かったわね、結婚まで。何度も慰めてあげたけど」
本当に、何度彼女に泣きついたことか。幼馴染み兼、姉妹のような存在だ。
「その節はどうも。今度は私が慰めてあげるよ」
「新婚に独身アラサーの気持ちがわかってたまるかって」
ギュッと手を握り合った。こんなウェットなことをするのは初めてだ。
彼女が大真面目な顔をした。
「ぜっったいに離れちゃダメだからね」
私と彼は、何度か別れようと話し合ったことがある。
嫌いになって別れる、のではない。お互いが好きでも別れる……そんな話だ。
些細なことから発展したわけでもない。
彼が海外へ行くことになったのだ。
私も働き出して1年だったし、念願叶った仕事なだけに結婚も考えていなかった。
超遠距離恋愛が長く続くわけなく、モニターの向こうの彼を見ながら、チャットで別れ話をした。
早かれ遅かれ、別れたのだと思うと、寂しくて胸が押し潰されそうだった。
それから何回か男の人と付き合ったが、長続きはしなかった。
彼が特別すぎて、変わりを探しているにすぎなかった。
それからしばらく恋愛はしなかった。
私は仕事と結婚するんだ。と、思った矢先、仕事先で彼と再会をした。
私のチームが、内装とインテリアを引き受けたオフィスの落成パーティーに出席した。
外資系IT企業だけあって、内装だけでなくインテリアも遊び心を散りばめて、勉強にもなってとても楽しい仕事になった。
「美晴じゃないか」
耳を疑う声が降ってきた。
スーツ姿の彼が人を掻き分けて、私の前までやって来たのだ。
「朔也、どうしてここに?」
彼は商社の海外部署に務めていたはずだ。
「ここの会社の人間だからだよ。日本支社の営業部長」
あの頃より落ち着いた笑顔がそこにはあった。
「でも、会社違うのに」
「いろいろあって、ここの会社にスカウトされたんだよ」
何があると海外企業からスカウトされるようなことになるのか謎だった。
それでも、懐かしさもあって彼と話をしたかった。
「また会えないかな?」
チラリと見た彼の手には指輪はなかった。この誘いに乗ってこなければ、独身でフリーである可能性が高い。
彼女はいるかもしれないけれど、誘いに乗ってこなければ、彼女はいない可能性も高い。すべて仮定で、自分の希望的観測なのだ。
友達にも戻れないほど、私は未練を持っていた。
「いいよ。じゃあ、パーティー終わったら上のバーで待ってるから」
『また』が『今日』だとは思いもよらず、面食らってしまった。昔と変わらない笑顔だが、強引な男に変わってしまったのではないか?
パーティーも終わり、私は会社の子達と飲み直しに行くのを断った。
彼が待つバーへと急いだ。
自意識とプライドが邪魔をして、出来るだけ急いでないように取り繕いながら。
昔のような関係には戻れない可能性がある。都合のいい関係になるのは、この年齢では避けたい。
いらぬ皮算用をグルグル考えながら、最上階に辿り着いた。
「……朔也」
私は少しでも期待していた。
「やっぱり、日本の雨は雰囲気あっていいね。ジメっとするけれど」
彼は窓の外を視線で指した。
季節は梅雨だ。雨が降っていない方が少ない。
「海外でもジメっと蒸し暑い国は沢山あるんじゃない?」
「それはそうだ」と彼は笑った。
大人の男になった彼は、笑顔は変わらない。
周囲に溶け込むように流されれば、嫌でも変わってしまう。私は小狡くなったし、気も強くなった。
話したいことはいろいろ考えたのに、顔を見た途端、それが出て来なかった。
落ち着いたジャズの音も手伝って、2人で雨に溶けている夜景を見ていた。
そっと手を重ねられ、節くれだった彼の指が懐かしくて、けれど、それだけではない温かさにときめきに近いものを感じた。いや、ときめいたのだ。
「インテリアコーディネーター、楽しんでる?」
穏やかに笑う彼は、私を恨んでないようだった。
お互いの近況をぽつりぽつりと話した後、また沈黙が降った。
「手を解かれなくて良かった」
「……そっちこそ、怒る相手がいるんじゃないの?」
素直じゃない言い方しかできなくなっていた。
連絡先も知らない、仕事で繋がるのもたぶん無理だ。彼がずっとここにいるとも思えない。
大学生の私ならどういうだろうか? あるいは、中学生の私なら……。
失うことの怖さ。それをまた体験するのはバカげている。
それでも、今の自分の地続きに彼がいる。
経験は、乗り越える為にしたのだ。
「俺はいないよ。じゃなかったら、日本支社で働こうなんて思わないよ」
「……私もだよ」
口に出かかった言葉を飲み込んだ。こんな都合のいい事があるわけないのだ。
「これも出会いだしさ。……また、付き合えないかな?」
思っていた言葉が出てきたのかと思った。
もっと吟味しなければいけない言葉なのに、彼の顔が滲んでしまった。
忘れられていなかった。それもあるが、彼も同じだったのかと思うと、温かなものが頬を伝った。
「絶対にここって決めてたもの。それとコネも少々」
幼馴染みが私にベールを掛けて、視界を白霞みにさせた。実はコネというのは少し違っていて、彼のお父さんがこのホテルに務めているから使わざるを得ないだけ。けれど、彼との思い出があるホテルで結婚式をしたかったのも偽りはない。
「長かったわね、結婚まで。何度も慰めてあげたけど」
本当に、何度彼女に泣きついたことか。幼馴染み兼、姉妹のような存在だ。
「その節はどうも。今度は私が慰めてあげるよ」
「新婚に独身アラサーの気持ちがわかってたまるかって」
ギュッと手を握り合った。こんなウェットなことをするのは初めてだ。
彼女が大真面目な顔をした。
「ぜっったいに離れちゃダメだからね」
私と彼は、何度か別れようと話し合ったことがある。
嫌いになって別れる、のではない。お互いが好きでも別れる……そんな話だ。
些細なことから発展したわけでもない。
彼が海外へ行くことになったのだ。
私も働き出して1年だったし、念願叶った仕事なだけに結婚も考えていなかった。
超遠距離恋愛が長く続くわけなく、モニターの向こうの彼を見ながら、チャットで別れ話をした。
早かれ遅かれ、別れたのだと思うと、寂しくて胸が押し潰されそうだった。
それから何回か男の人と付き合ったが、長続きはしなかった。
彼が特別すぎて、変わりを探しているにすぎなかった。
それからしばらく恋愛はしなかった。
私は仕事と結婚するんだ。と、思った矢先、仕事先で彼と再会をした。
私のチームが、内装とインテリアを引き受けたオフィスの落成パーティーに出席した。
外資系IT企業だけあって、内装だけでなくインテリアも遊び心を散りばめて、勉強にもなってとても楽しい仕事になった。
「美晴じゃないか」
耳を疑う声が降ってきた。
スーツ姿の彼が人を掻き分けて、私の前までやって来たのだ。
「朔也、どうしてここに?」
彼は商社の海外部署に務めていたはずだ。
「ここの会社の人間だからだよ。日本支社の営業部長」
あの頃より落ち着いた笑顔がそこにはあった。
「でも、会社違うのに」
「いろいろあって、ここの会社にスカウトされたんだよ」
何があると海外企業からスカウトされるようなことになるのか謎だった。
それでも、懐かしさもあって彼と話をしたかった。
「また会えないかな?」
チラリと見た彼の手には指輪はなかった。この誘いに乗ってこなければ、独身でフリーである可能性が高い。
彼女はいるかもしれないけれど、誘いに乗ってこなければ、彼女はいない可能性も高い。すべて仮定で、自分の希望的観測なのだ。
友達にも戻れないほど、私は未練を持っていた。
「いいよ。じゃあ、パーティー終わったら上のバーで待ってるから」
『また』が『今日』だとは思いもよらず、面食らってしまった。昔と変わらない笑顔だが、強引な男に変わってしまったのではないか?
パーティーも終わり、私は会社の子達と飲み直しに行くのを断った。
彼が待つバーへと急いだ。
自意識とプライドが邪魔をして、出来るだけ急いでないように取り繕いながら。
昔のような関係には戻れない可能性がある。都合のいい関係になるのは、この年齢では避けたい。
いらぬ皮算用をグルグル考えながら、最上階に辿り着いた。
「……朔也」
私は少しでも期待していた。
「やっぱり、日本の雨は雰囲気あっていいね。ジメっとするけれど」
彼は窓の外を視線で指した。
季節は梅雨だ。雨が降っていない方が少ない。
「海外でもジメっと蒸し暑い国は沢山あるんじゃない?」
「それはそうだ」と彼は笑った。
大人の男になった彼は、笑顔は変わらない。
周囲に溶け込むように流されれば、嫌でも変わってしまう。私は小狡くなったし、気も強くなった。
話したいことはいろいろ考えたのに、顔を見た途端、それが出て来なかった。
落ち着いたジャズの音も手伝って、2人で雨に溶けている夜景を見ていた。
そっと手を重ねられ、節くれだった彼の指が懐かしくて、けれど、それだけではない温かさにときめきに近いものを感じた。いや、ときめいたのだ。
「インテリアコーディネーター、楽しんでる?」
穏やかに笑う彼は、私を恨んでないようだった。
お互いの近況をぽつりぽつりと話した後、また沈黙が降った。
「手を解かれなくて良かった」
「……そっちこそ、怒る相手がいるんじゃないの?」
素直じゃない言い方しかできなくなっていた。
連絡先も知らない、仕事で繋がるのもたぶん無理だ。彼がずっとここにいるとも思えない。
大学生の私ならどういうだろうか? あるいは、中学生の私なら……。
失うことの怖さ。それをまた体験するのはバカげている。
それでも、今の自分の地続きに彼がいる。
経験は、乗り越える為にしたのだ。
「俺はいないよ。じゃなかったら、日本支社で働こうなんて思わないよ」
「……私もだよ」
口に出かかった言葉を飲み込んだ。こんな都合のいい事があるわけないのだ。
「これも出会いだしさ。……また、付き合えないかな?」
思っていた言葉が出てきたのかと思った。
もっと吟味しなければいけない言葉なのに、彼の顔が滲んでしまった。
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