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3.ロゼッタと初めての体験
09.-3-
しおりを挟む衣料品店と仕立て屋。
その違いは、既製品を売っているのが衣料品店。人間が服の規格に合ったものを着る。店員は服を仕入れて売るのが仕事。
仕立て屋は、個人個人に合わせた服を作ってくれる店。お針子や仕立て師がいる店で、魔導衣も扱う。
もちろん、安心価格なのが衣料品店だが、あまり高価な服やドレスを扱ってない。
「あの、マシューさん」
駅構内の仕立て屋に連れ込まれたロゼッタは、挙動不審だ。布の劣化を防ぐために光が射さしこまない店内は、魔導具のランタン・ティールと蜜蝋が灯されていて、落ち着いた雰囲気になっている。店の壁いっぱいの棚に置かれた布が外の音を吸収しているせいか、静かだ。
(場違いなところに連れてこられました。……お金、ないのに)
奥の仕切られた部屋で採寸を終えたロゼッタが戻ると、すでにマシューがデザインと布地を選び終わっていた。
「ここの売れっ子仕立て師、縫製魔術も使えるんだと。魔術がかけられた布や魔術師が織った布でドレス瞬く間に仕立ててもらえる」
「だからって、貧乏人に魔導衣は不要ですよ」
「嬢ちゃん、プロの縫製魔術を間近で見た経験は?」
「ありません」
「だからそんなモッサリとしたワンピースなんだよ」
「ま、魔術師は着飾らなくてもいいんですよ。それに服だけではなにも変わりませんよ」
「任せとけ。着替えたらプロの美容師がうまくやってくれるさ」
「聖白竜列車に乗るだけですよね? どうしてこんな仰々しくなるんです?」
「お貴族サマしか乗車できない列車のドレスコードってやつだ」
「じゃあ、普通の蒸気機関車でいいですよう!」
ロゼッタは叫ぶ。仕立屋のど真ん中で。
だが、それもそこまでだった。プロの仕立て師の縫製魔術に見入ってしまい──。
気がつけば、着ているなにもかも新しい衣服になっていた。人参色の髪に似合う、落ち着いたスモークグリーンの新しい形のバッスルドレスだ。ジゴ袖がふんわりとしていて腕が上げやすくてかわいい。二枚重ねのスカートは見た目よりもうんと軽い。フリルは少ないかわりに、光沢のある生地と刺繍がふんだんに使われている。
冷静になったロゼッタが辞退したため装飾品はパールのネックレスとイヤリングだけで、寂しすぎると仕立て師は少しムッとしていた。
仕立屋の奥の部屋で美容師に眉毛を整え化粧をされ、コテで巻いた人参色の髪を複雑にまとめ髪にされて……。
(プロがしてくれたんだから変じゃないですよね?)
仕立屋の商談室で優雅に珈琲を飲んでいる琥珀色の長い髪の男はなんと言うだろう? 笑うだろうか?
仕立て師に背中をそっと押され、おずおずと部屋の中に入る。パンプスのヒールは低めだが、慣れなくて歩きにくい。
立ち上がったマシューが振り返り、驚いたあと晴れやかに白い歯をこぼした。
「嬢ちゃん…………、見違えたな。シンデレラみたいだ」
「えっ、あの……えっ?」
「俺の見立てに間違いはないし、仕立て師の技もすごいが、嬢ちゃんの素質がいいんだな。きれいだよ」
生まれて初めて他人の異性に褒められて、恥ずかしさで顔が熱くなった。
ちらりと横目で見た鏡に映る向こうの自分は、化粧をきれいにしてもらい、素敵なドレスを着ているのに猫背になっている。
(せっかく褒めて……もらえたんですから、猫背じゃかっこ悪いですよね)
「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて顔上げると、自然に口角も上がった──気がした。けれども、マシューが優しく微笑んでくれているから、ロゼッタは心から笑顔になった。
「俺は心にもないことは言わない主義だ」
差し出された手にロゼッタは淑女のようにそっと手を重ね、店を後にした。
しかし、ロゼッタは笑顔を曇らせた。
昼用のスモークグリーンのドレスの他、夜のドレスと少しカジュアルなワンピース、それからサイズが合ってなかった下着を数枚仕立ててもらった。
仕立て師の営業トークもさることながら、見事な縫製魔術を何度も見たくて、気がつけば買いすぎていた。
聖白竜列車の運搬係が代車に積んだいくつもの箱を運んでくれているのを青ざめて眺めている。
「どうしましょう、マシューさん。お金がありません」
定期預金を解約して用意した小金貨と銀貨は鞄の中に入っているが、買い物のための金ではない。それに、魔導衣を使ったフルオーダードレスと宝飾品、プロのメイクは、値段の予想がつかない。
「浪費するお金なんて、初めから持ってないんです、わたし」
「自分磨きのために使う金は投資だよ、嬢ちゃん。とはいえ、今回は俺が言い出したんだから、金の心配はするな」
「でも、昨日出会ったばかりの人にこんなにしてもらうわけには。かかった費用は……毎月細々とお返しします」
選んだのはマシューだが、購入を決めたのはロゼッタ自身だ。
ぐぬぬと唸るロゼッタを見てマシューは笑った。
「なぁに、経費で落ちる」
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