11 / 71
3.ロゼッタと初めての体験
11.-5-
しおりを挟む煌びやかで広いリビングの大きなソファにちょこんと座ったロゼッタは、ぺこりと頭を下げた。いつもみたいに人参色のおさげは落ちてこないかわりに、巻き髪が一房落ちた。
「部屋の設備の説明をありがとうございました」
ベルボーイとマシューからの部屋の説明はありがたいようで、そうではなかった。一刻も早くこの部屋の魔術式をくまなく見て回りたかったからだ。
「それはよかった」
はいどうぞ、とワインを渡してくれたマシューがソファに座り、やれやれとネクタイを緩めた。それでロゼッタは、あれ? と首を捻った。
「マシューさんもお疲れでしょう? わたしもとっても疲れましたし、調べたいことが山ほどあるんですよ。ですから、どうかおかまいなく」
にへへと笑って帰るのを促すが、彼はワインを飲みながらオットマンに足を乗せる。くつろぎの一時を優雅に味わうような姿だが、見た目のせいでどことなく艶っぽい。
ここで少し休憩するほど疲れているなら仕方がないと、ロゼッタは隣の部屋の寝室へ向かい、部屋の中を探検できそうなシュミーズ姿になろうとして背中のボタンに手を回す。
「……うっ。届くのに……脱げない、です」
急に太るわけない。さっき飲んだスパークリングワインで指がむくんだわけでもない。なぜか華奢に見えるパールボタンが外れない。
ぐぎぎっと意地になってもボタンは外れないから、スカートをめくってペチコートだけを先に脱いだ。こもっていた熱が逃げて足が快適になったところで、再びボタン外しに挑戦するが、脱げない。
「外してやろうか?」
「あっ、すみません、マシューさん。お手を煩わせ……て? って、どうしているんですか!」
「俺もここで寝るからな」
「はい?」
彼は今なんと? 耳を疑ってしまったロゼッタは振り返る。ドアを閉めたマシューはジャケットを脱いだベスト姿だ。こんなの他人に見せる姿ではないのは、ロゼッタとて一目瞭然だ。
足音を立てずにやって来た彼の手が伸びて、きゃっと首を縮こめて目を瞑った。しかし、いっこうに彼の手は伸びてこない。うっすらと目を開けると、笑うのを我慢している姿が飛びこんできた。
「か、からかったんですかっ」
ロゼッタ・フリューズ、二十二歳。男子にからかわれるのも何年かぶりの体験だ。ボールドウィン教室には、人参色のおさげをからかう年齢の男子はいない。
「いやぁ、想像以上の驚きぶりだったから」
「マシューさん!」
「悪かった」
笑顔がスッと真摯な表情になったからか、ロゼッタは言葉を失いかけた。優しげなたれ目には、からかう色がない。
「急なこともあって、この部屋の一室しか取れなかった」
だが、それは裏を返せば、ロゼッタにチャンスが舞い降りたのと同義語だった。
そう、こんなおしゃれをしているのも、目的があるからだ。
「マシューさん。……は、……は、は」
「くしゃみか?」
「違います! ハニートラップのレッスンをお願いします! そうでした。わたしとしたことが、目の前の魔導具をくまなく隅々まで窓枠を触る姑のごとく観察して研究するところでした。漏らさず残らずに見て回るのはレッスンの後……、ガマンします」
「譲歩の仕方がおかしくないか?」
「そりゃ、マシューさんはとても魅力的な男性だと思います。わたしが知りうる中で最高のイケてるメンズ、イケメン……メンの年齢の定義に入るか不詳ですが、ハイパーイケメンです」
「ちょいちょい気になる言葉があるが、褒められるのは嫌いじゃない。変わった褒め方で褒められてるとは思えないが」
「褒めてますよ。べた褒めです」
「だが、嬢ちゃんは、目の前の男の謎よりも、列車の秘密を知りたいと」
「まあ、それは、そうです」
魔術師なのだから。尊敬する恩師が開発に携わったのだから。国の優秀な魔術師たちの最高傑作なのだから。
「魔術師の欲求をガマンしてでもやらなきゃいけないことがあるんです」
ずいっと前に出たロゼッタをじっくり眺めたマシューは眉を上げる。どういう意味かわからないが。
「……使命感、かな?」
「そうです。使命感たっぷりです」
それならと、マシューはロゼッタの手を取った。キスをされるのかとドギマギして丸メガネの奥の目を丸くさせる。しかし、マシューは艶然と微笑むだけで、なにもしない。
しばらくその優しげな紫色の瞳を見ていたが、恥ずかしさに負けて目をそらしかけたその時、
「それじゃあ、レッスンと行こうか? 投げ出したくなったらいつでも言ってくれ」
「はい! よろしくご指導お願いします」
「調子が狂うな」
そう言ったマシューに、指先を軽くキスをされて、かあっと顔に熱が集まり、ロゼッタはたじろぎそうになった。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる