魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

なかむ楽

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3.ロゼッタと初めての体験

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 煌びやかで広いリビングの大きなソファにちょこんと座ったロゼッタは、ぺこりと頭を下げた。いつもみたいに人参色のおさげは落ちてこないかわりに、巻き髪が一房落ちた。

「部屋の設備の説明をありがとうございました」

 ベルボーイとマシューからの部屋の説明はありがたいようで、そうではなかった。一刻も早くこの部屋の魔術式をくまなく見て回りたかったからだ。

「それはよかった」

 はいどうぞ、とワインを渡してくれたマシューがソファに座り、やれやれとネクタイを緩めた。それでロゼッタは、あれ? と首を捻った。

「マシューさんもお疲れでしょう? わたしもとっても疲れましたし、調べたいことが山ほどあるんですよ。ですから、どうかおかまいなく」

 にへへと笑って帰るのを促すが、彼はワインを飲みながらオットマンに足を乗せる。くつろぎの一時ひとときを優雅に味わうような姿だが、見た目のせいでどことなく艶っぽい。
 ここで少し休憩するほど疲れているなら仕方がないと、ロゼッタは隣の部屋の寝室へ向かい、部屋の中を探検できそうなシュミーズ姿になろうとして背中のボタンに手を回す。

「……うっ。届くのに……脱げない、です」

 急に太るわけない。さっき飲んだスパークリングワインで指がむくんだわけでもない。なぜか華奢に見えるパールボタンが外れない。
 ぐぎぎっと意地になってもボタンは外れないから、スカートをめくってペチコートだけを先に脱いだ。こもっていた熱が逃げて足が快適になったところで、再びボタン外しに挑戦するが、脱げない。

「外してやろうか?」

「あっ、すみません、マシューさん。お手を煩わせ……て? って、どうしているんですか!」

「俺もここで寝るからな」

「はい?」

 彼は今なんと? 耳を疑ってしまったロゼッタは振り返る。ドアを閉めたマシューはジャケットを脱いだベスト姿だ。こんなの他人に見せる姿ではないのは、ロゼッタとて一目瞭然だ。
 足音を立てずにやって来た彼の手が伸びて、きゃっと首を縮こめて目を瞑った。しかし、いっこうに彼の手は伸びてこない。うっすらと目を開けると、笑うのを我慢している姿が飛びこんできた。

「か、からかったんですかっ」

 ロゼッタ・フリューズ、二十二歳。男子にからかわれるのも何年かぶりの体験だ。ボールドウィン教室には、人参色のおさげをからかう年齢の男子はいない。

「いやぁ、想像以上の驚きぶりだったから」

「マシューさん!」

「悪かった」

 笑顔がスッと真摯な表情になったからか、ロゼッタは言葉を失いかけた。優しげなたれ目には、からかう色がない。

「急なこともあって、この部屋の一室しか取れなかった」

 だが、それは裏を返せば、ロゼッタにチャンスが舞い降りたのと同義語だった。
 そう、こんなおしゃれをしているのも、目的があるからだ。

「マシューさん。……は、……は、は」

「くしゃみか?」

「違います! ハニートラップのレッスンをお願いします! そうでした。わたしとしたことが、目の前の魔導具をくまなく隅々まで窓枠を触る姑のごとく観察して研究するところでした。漏らさず残らずに見て回るのはレッスンの後……、ガマンします」

「譲歩の仕方がおかしくないか?」

「そりゃ、マシューさんはとても魅力的な男性だと思います。わたしが知りうる中で最高のイケてるメンズ、イケメン……メンの年齢の定義に入るか不詳ですが、ハイパーイケメンです」

「ちょいちょい気になる言葉があるが、褒められるのは嫌いじゃない。変わった褒め方で褒められてるとは思えないが」

「褒めてますよ。べた褒めです」

「だが、嬢ちゃんは、目の前の男の謎よりも、列車の秘密を知りたいと」

「まあ、それは、そうです」

 魔術師なのだから。尊敬する恩師が開発に携わったのだから。国の優秀な魔術師たちの最高傑作なのだから。

「魔術師の欲求をガマンしてでもやらなきゃいけないことがあるんです」

 ずいっと前に出たロゼッタをじっくり眺めたマシューは眉を上げる。どういう意味かわからないが。

「……使命感、かな?」

「そうです。使命感たっぷりです」

 それならと、マシューはロゼッタの手を取った。キスをされるのかとドギマギして丸メガネの奥の目を丸くさせる。しかし、マシューは艶然と微笑むだけで、なにもしない。
 しばらくその優しげな紫色の瞳を見ていたが、恥ずかしさに負けて目をそらしかけたその時、

「それじゃあ、レッスンと行こうか? 投げ出したくなったらいつでも言ってくれ」

「はい! よろしくご指導お願いします」

「調子が狂うな」

 そう言ったマシューに、指先を軽くキスをされて、かあっと顔に熱が集まり、ロゼッタはたじろぎそうになった。




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