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4.ロゼッタと地下の秘密
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しおりを挟む蒸気旅客自動車は、田舎町の外れの林の一本道を走る。自動車は蒸気をなびかせて細い黒鉄の柵の門を通り、一世紀ほど前の建築様式の館のエントランスを目指す。開けた空がマシューのたれ目を眩しそうに細くさせていた。
「想像よりも……、これは城だな」
「一世紀前は上流階級だったフリューズ家の別荘だったらしいです。現在はごらんの通り、古さと広さだけが取り柄の我が家です」
庭にはハーブや薬になる植物が育てられているとロゼッタは話した。大きなガラスハウスの中は小規模な雑木林みたいなありさまだが、全体的には小綺麗だ。
自動車からマシューの手を借りて降りたロゼッタは、呼び鈴を鳴らして大きな扉を開けて家に入る。
「ただいま戻りました」
家の奥からエプロン姿の中年女性が落ち着いた足取りでやってきた。白髪の混ざる髪を後頭部でシニョンにしたクレアは老眼鏡の向こうの目を優しいアーチにする。
「まあまあ、ロゼッタお嬢さま。早いお帰りだったんですねぇ」
「すぐ……その、大学があるセラドンに戻ると思うんですけど。お世話をおかけします、クレアさん」
「いいえ、いいえ。イメリアさまもお喜びになりますよ」
「今日は姉さんに会ってもらいたい人がいるので、急遽帰ってきたんですよ。クレアさんにもご紹介しますね。こちらがマシューさんです」
「初めまして、ミズ・クレア。恋人のマシューです」
「えぇっ!? えっ? えっ?」
マシューを見て驚いたクレアの顔には、お嬢さまがチャラ男を連れ帰ってきた! とあけすけに書いてある。
まあそうだろうな、と小さく呟いたマシューの腕を顔が赤くなったロゼッタが引っ張った。
「マシューさん、言っちゃうんですかっ」
「他に自己紹介の肩書きがないからな」
パブの雇われ店長だって立派な肩書きだと思う。だけど、どこのパブか聞かれたら、秘密結社的によくないのかも、とロゼッタはうーんと考えた。
マシューと握手をしているクレアにロゼッタは言う。
「クレアさん。お手数をかけますが、客室を一室用意してもらえますか?」
「そ、そりゃ、はい。ええ、用意します」
クレアの顔には、こんな人をお屋敷に泊まらせて大丈夫なの? と書いてあるが、ロゼッタは見えないようだ。
☆⋆*.。
「たくさん部屋がありすぎて手が回らなくなるからと、小さな談話室を居間がわりにして、他の部屋は閉めてるんです。お泊まりするお客様もありませんから特別な客室もないんですよ。不便をおかけします」
「いや、上等だろ」
「…………たしかに」
古めかしいソファに腰を下ろすマシューを見ていると、上等な家に見えるのだから不思議だ。
リビングのキャビネットにあるあまり高価とはいえない客用のティーセットを取り出して、お茶を入れる。それからロゼッタは、「姉を呼んできます」と、一階奥のイメリアの部屋へ向かった。
ロゼッタはリビングに戻ると、マシューは落ち着いた動作で立ち上がる。
「姉さん、こちらがマシューさんです」
車椅子を押してイメリアを覗き込むが、その優しい緑色の目にはなにも映ってない。ロゼッタは小さく溜め息をついて、マシューを見上げる。
「マシューさん、こちらが姉のイメリアです」
マシューは近づき、イメリアのやつれた手を優しく取り握手をした。彼は反応のない姉を見すぎないように観察している。
今日のイメリアは調子が悪くて、地味で装飾のない濃紺のワンピースに着替えさせ、車椅子に座らせるのも苦労した。切ってしまった髪はロゼッタだと結えないから、代わりに帽子をかぶせてあげた。
「歩けないのは火災の影響か?」
「たぶん。お医者さまはケガひとつないとおっしゃっていました。魔術的な見立てだと身体と魂のズレてしまっていて、手の施しようがないんです。でも、調子がいいと少し庭の散歩ができますし、食事も自分でとろうとしてくれるんですよ」
ここまでイメリアを追い詰めたのは、薄情な妹だとロゼッタは心苦しく思う。美しくて優しかった姉だったのに。
「さっそくで悪いのですが……、姉さん、すこし、力を貸してください」
ロゼッタは鞄から日記を取り出し、取ったイメリアの手を置く。彼女が触っている間は、文字が逃げないどころか、ロゼッタが気づかなかった記述を浮かびあがらせた。そこには、ジョージに対する不信感や不安が綴られている。魔術で隠しているのは、愚痴を書きたかったからなのか?
「エレクシルのことは……銀行家キャラウェイ卿とのパーティの前、ですよね」
パーティから遡ること十日ほど。
『もう売るものがなくなってしまった。あのかたを助けて結婚をするには、エレクシルを持ち出して黄金を売るしかないの? どうしよう、お父さん、お母さん、ロゼ。みんなが守った秘密を私は……』
『ジョージさまがエレクシルを見たいとおっしゃったから、家の地下からエレクシルを運び出してしまったわ。おお、神よ。罪深き私をお救いください』
イメリアは泣きながら日記を綴ったようで、文字のインクが所々滲んでいる。それが、悔しくて、悲しい。
改めて、ライアードへの憎しみが募るが、目を閉じて息をゆっくりと吐いて、感情に流されすぎないように努める。
「我が家に地下があるとは知りません」
「当主はいつもどこにいるんだ?」
「当主……父さんは書斎かガラスハウスの工房によくいました。二階の書斎は受け継がれてきた魔導書や書籍が多く、ガラスハウスの工房は薬を調合する部屋です」
「……書斎に行こう。魔術師ってやつの財産は知識だ、と聞いたことがある。違うか?」
「違いません」
リビングにやって来たクレアにイメリアを頼んだロゼッタは、二階の当主の書斎へマシューと向かった。
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