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5.ロゼッタと口封じの糸
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しおりを挟む「セラドンへは自家用車で走り続けて一日強かかります」
「二十四時間以上、休みなくひとりで運転なんて人間業じゃないぞ。いくらイメリアさんのためだからって、恋敵の元へ急いで送り届ける必要ないだろ」
「イメリアさまの悲しむ顔が見たくなかったんです」
「実は自家用車に秘密があるんですよ、マシューさん。蒸気自動車や蒸気列車のエネルギーは石炭と水ですよね。蒸気で動く物の原理は」
「そのウンチクは長くなるな?」
「……魔術じゃありませんが、好きなのでとても語りたいです」
「じゃあ、また今度」
「残念です。……我が家の自家用車は石炭ではなくて魔術結晶石なんですよ。魔術を蓄えた石のエネルギーがクランクシャフトを動かしてるんです。蒸気よりもものすごい圧力がかかるので、かなりスピードが出ます。かくいう魔術大学クラス対抗自動車猛烈大レースの自動車のエネルギーは魔術結晶石なんです」
「話の後半はいいとして。それって、ガソリン自動車じゃないのか? 魔術結晶石とやらで動くだけで」
「ガソリン自動車もまだ実用レベルではなく、研究中なのにどうして……、あっ」
丸メガネをスチャッとかけ直したロゼッタに、マシューは溜め息を吐く。
「今、その流れいらないからな。話を続ける。その魔術結晶石で動く速い自家用車とやらでも、二十四時間以上かかるんだろ?」
「自動運転にするんですよ。結界の魔術式の応用で、自家用車の半径五十メートルを囲んで、やって来た物がコツンとでも当たれば止まるようにするんです。スピードの分だけ結界の半径を広げれば、田舎の真夜中なら夜行性の動物くらいしか引っかかりませんから、安全性は高いと言えます」
「すごい魔術じゃないか。実用段階じゃないってことは、大きな欠点があるんだな?」
「はい。現段階では魔力をものすごく使うんですよ。魔力をごっそり使うレベルで高コストなんです」
「なるほどな。日中はハリーが運転して、夜中はイメリアさんの魔力で運転していたのか」
「夜中でもぼくは完全に寝てませんよ。ハンドル操作もありますから。火災事故からお屋敷に戻る時はイメリアさまの魔力なしで、ただがむしゃらに運転しました」
「車の事故がなくて幸いだったな。気をつけてくれよ」
これにはマシューも苦笑いだ。
「セラドン滞在中のイメリアさんの様子は?」
「なにか、思い詰めたような感じでした。その一月前にセラドンのライアード伯爵邸へ向かった時は、ひどく怯えて……。別れるのではと心配していました」
心配してどうする。というロゼッタとマシューの心の声はハリーには届かない。
「じゃあ、ひと月前にエ……霊薬を運んだのか。一斗缶を積んだ?」
エレクシルはフリューズ家の秘密だからとマシューは言葉を選んだのだと、ロゼッタは心の中でグッと親指を立てた。ナイスです、と。
「一斗缶? いえ、ワインボトルをダースで運んだだけです」
「それです! ワインボトルにエレんんん……霊薬を詰め替えたんですね。それなら姉さんの力でも運び出せる。はー。考えましたねぇ。さすが姉さん」
「……キャラウェイ卿のパーティの日は十日後だ」
「運んだ翌日、日中に貸衣装でドレスを揃えたイメリアさまはライアード伯爵と夜の喫煙倶楽部へお出かけになりました」
「キャラウェイ卿はアデラード公に話をして、ライアードを紹介したんだ。やつが出席した公の娘誕生日会の日に、不幸にも火災事故か」
「どうしてもあやしいんですよ。姉さんが魔導ランタン・ティールの不始末で火災を起こすとは考えられないんです。そりゃあ、男に尽くしてここまで家の物を売り捌いたのも考えなかった事実なんですけれど……。そもそもティールは火事を起こしにくいから人々に愛されているんですよ」
「事故を起こさないとは言い切れない。人が扱う道具ならば、余計にな」
「それは、そうですけれども。
その日の昼間に姉さんのところにライアードが訪れたんじゃ、ないですか、ハリーさん?」
「あ、ええ。そうです。でも、すぐに帰ってしまいました。ぼくはイメリアさまの魔術で、駐車場にいるように言いつけられたので……どんな様子だったのかわからなくて。役に立てずに申し訳ありません」
☆⋆*.。
その日、イメリアは一日中車椅子かベッドの上でぼんやりすごしていた。ロゼッタはマシューに一緒に食事ができないと告げて、イメリアの介助をしながら姉妹水入らずで食事をした。
イメリアと食事をとるのは、自分の罪を直視しているようでこれまで苦痛だったが、今日は違った。
反応はないが、たくさんお喋りをした。お喋りができた。
マシューがそうさせてくれたのだと、感謝したロゼッタは──
夜中、夜着の上にカーディガンを羽織って、訪れた客室のドアをしつこくしつこくノックをする。
「夜中に結婚前の娘が男の部屋に来るってどういう了見だ」
夜中に思いついた魔術式や命題への答えや、議論を寄宿舎の談話室で繰り広げているロゼッタにとって、
「盲点でした。責任問題ですね、マシューさん」
「その責任は誰が取って、誰が問題にするんだ?」
「それもそうですから、ドアを開けて部屋に入れてください」
「……後悔させてやるからな」
ドアを開けたマシューのシャツがはだけていて、ロゼッタはおおいに驚いた。首にさりげなくつけている細いチェーンのネックレスにどうしてか目が行く。
(はれんちきわまりない!)
気怠げにたれた目がランタンの微かな光を受けているのも、口元のホクロのせいで唇を見てしまうのも心臓に悪い。
「どうぞ、嬢ちゃん。なにか知らんが、お手並み拝見しようか」
ふわりと香るウイスキーの香りがロゼッタを今さら赤くした。
(きわまりない! 色っぽい男の人ってなんなんですか? 前世でどんな徳を積んだらこんな風になるんです?)
遅れて緊張してきた背中に挑戦的な笑みを浮かべたマシューの手が回る。
「恋人だったな、俺たち」
「そ、そうでしたね?」
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