魔術師ロゼッタの事件簿─色仕掛けなんて無理です!─

なかむ楽

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12.幕間。覆水盆に返らず

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「なぜだ! なぜなんだ!」

 男はブリーチしてある金の髪を搔きむしり、書斎机に並んだ書類や紙束をなぎ倒して、椅子の重厚な革張りの背もたれにもたれてから、絶望に打ちひしがれた。
 真夜中に主人が荒げて騒いでいても、セラドンの狭い邸宅内にいる執事やメイドはやってこない。恩知らずなやつだと普段なら罵っているが、独り占めしたい物の前では誰も来ない方がいい。
 そう、独り占めするつもりだった。

「なぜ、黄金にならないんだ!」

 男は魔術師ではなく、普通の男だ。だから、高い金を支払って、魔力が込められた結晶石がはまった魔導具の腕輪を購入した。
 金にする液体には通じない結晶石の魔力は、簡単に金の板を曲げることもできたし、遠方の物を手元に持ってこさせた。
 単純に魔力が足りないのかと思い、同じ魔導具を大金で取り寄せたが、結果は同じだ。

 イメリアはなにも唱えずに壷に手を当てるだけで、エレクシルに浸した物を黄金に変えたというのに。

「ボス・マクガレーに殺される」

 イメリアは、エレクシルで黄金に変えるのは、一日に二回が限度だと言っていたが、調子がいいと三回から四回も魔術が使えた。
 エレクシルに入れる物に限度はなかった。だが、一センチ以上の厚みがあるとすべて黄金に変わらないし、大きすぎると壷に入りきらない。
 バラの花なら壷に入るだけ、木の板なら厚さ一センチで壷に入りきる大きさにカットした端材五枚まで。それでも、イメリアがセラドンにいる間に作らせたものには限りある。それに、エレクシルは使うたびに量が減るから、減った分だけ足さなければならない。

 工房を大きくするから融資しないかと声をかけて手に入れた大金は、借金返済でマフィアたちがまきあげていった。
 それでも黄金はまだあるし、手元のエレクシルを使ってアデラードの娘と結婚できれば、一生金には困らない。

 しかし、イメリアを殺害した翌日、黒づくめの男たちが屋敷に押しかけてきた。なにごとかと震えていると、恰幅がいい白髪の男が悠然とソファに腰掛けた。彼がマクガレーだとひと目でわかるほどの威圧感が怯えさせる。静かな猛獣に追いつめられた小動物にでもなった気分だった。
『なぜ、こんなに黄金を持っているんだ?』子分たちが屋敷中を荒らして持ってきた黄金を見て、マクガレーは静かに問うた。
 絶対に話すものか! と思っていたが、あまりの恐ろしさにすべて話してしまった。すぐ殺されないように、黄金にできるのは自分の魔力で二日に一回しか成功しないと嘘をついたし、エレクシルは猛毒だとは話さなかった。

 すると、マクガレーは静かに『これからもずっと仲良くしましょうや』と、笑った。
 四日に一度、木の板の黄金を取りに来るからと。もしもできないのなら、美術品詐欺のことを警察に協力するか、耳と鼻を削いで海に沈めると脅された。

 だからアデラードの娘と結婚してマフィアと縁を一刻も早く切りたかった。
 それに、残りの黄金が気にかかる。
 イメリアのように黄金を作り出せなければ、殺される。

 なぜ、イメリアにできて、自分にできないのか。
 まさか。
 イメリアの魔力だったから、フリューズ家のエレクシルが反応したのか?

 取り返しのつかないことをしてしまった。

 初めこそ、おとなしい気性だった女だったが、次第にうじうじとした部分が苛立たせた。いつまでも垢抜けない、ぐずでのろまのくせに、一丁前に嫉妬をする。金払いがよかったから田舎娘でも相手をしてやっていたのに、のぼせやがって。
 エレクシルを独り占めし、公爵令嬢に取り入るため、エレクシルを少し飲ませて殺害した。そして、疑われないように遅れて火災を起こすように魔導具ランタン・ティールを使い、アリバイを作った。

 それでもイメリアがいなければエレクシルで黄金が作れなくなれば話は別だ。

(どうする? 耳と鼻を削がれ海に沈められるのか? いやだ! 僕は公爵令嬢を口説き落として、借金を踏み倒し優雅に暮らすんだ)

「ちくしょう!」

 ライアードは部屋中を荒らしてまわって、ふと思い出した。
 イメリアには王立魔術大学に在籍する妹がいた。名前は覚えてないが、魔術師ならば好都合だ。

 なんとかして、黄金を作り出さねば。
 公爵のガーデンパーティで披露しないと、名誉に傷がつくし、令嬢の花婿候補から外れてしまうだろう。
 社交界の笑いものにだけはなりたくない。

 なんとかして、イメリアの妹を探して黄金を作らさねば。
 マフィアに殺されてしまう。

 これまでうまくやってきた。イメリアの妹も姉同様に愚かな田舎娘に違いない。そうだ。妹には恋人がいないと話していた。
 その妹をたらし込めば。あるいは捕まえて脅せば黄金を生成させる。
 だだっ広い王立魔術大学のどこにいるのかわからないが、人を雇ってさがすなり、呼び出すなりすればいい。



 数日後、ロゼッタ・フリューズが大学を無断欠席していることを知った。メイズベリーに長い黒髪の男を連れて一度帰宅したがすぐにウエストサックスフォードからセラドンへ戻ったのがわかった。

 しかし、その後の消息は掴めなかった。
 ウィガール地区を見張らせても、王立魔術大学に使いをやってもロゼッタ・フリューズが見つけられなくて、男の焦りは募るばかりだった。


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