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5-10.事件です、七瀬くん! ①
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それから。二年。そろそろ二人目がほしいなと彩葉は考えるようになっていた。
痛感した。いくらスーパーベテランホームキーパーさんがいても、保育園があっても、夫の協力があっても、育児は体力勝負だ、と。
疲れて、舞衣より先に寝てしまいそうになることもままあった。
二歳になった舞衣に芽生えた強い自我。それに振り回される日々。
体力があるうちに子育てをしたい。女盛りのうちにいっぱい七瀬に愛されたい。
──のだけれど。
舜太郎が筆を折りかける事件があった。師匠に見せた絵を酷評されたのだ。
そのきっかけを作ったのは七瀬だったので、七瀬の落ち込みようは半端なくて、彩葉の声も届かなかった。
育児の合間にこれ以上なく、七瀬は舜太郎に仕え、支えた。
家庭内ですれ違う日々。舞衣は寂しがっていたし、彩葉も寂しいし、なにより七瀬の体調が心配だった。
舜太郎に嫉妬してしまうストレスを、二次創作にぶつけた。折しも、『メリィGOラウンド』のアニメ化が発表された時期だったので、これまで妄想ノートに書き綴っていたジェイ×タロウを書いては投稿サイトで発表し続けては、SNSにもショートショートの二次創作小説を画像にして流した。昔よりも反応があるのが正直嬉しい。それはそれ、これはこれ、である。
やっぱり年下が増えてきたこと、彩葉が同人イベントから遠のいているあいだに、年下の神二次小説作家が増えて、才能と反応の多い少ないで正負の感情が入り交じり、デスボイスが口から吐き出される。
新規ファンは若い層中心なので、ファンと二次創作が増えて嬉しいやら、なんやら複雑だった。
(はぁ~~。わかっちゃいるどぉぉぉ!!)
かちゃっとドアが開いて、自室に入ってきたのは、眠たそうに目を擦る舞衣だった。
「ママ……おしっこ……」
「えらいね。起きれたんだ。一緒に行こうね」
その日も遅くに帰宅した七瀬は、ソファにぐったりと背をあずけていた。
「ななくん、大丈夫?」
「あ、ただいま」
「おかえり。食事は? そのところ、ちゃんと食べてないし、眠れてないでしょ」
あの舜太郎も食欲なく落ち込んでいると聞いた。でも、七瀬は事務仕事を片付けて、来たる展示会などのために動かなければならなくて、忙しくしている。むしろ、後悔を忘れたいためにわざと忙しくしている気がする。そういう働きかたは身体もメンタルも壊しかねない。
「よかったら、話してみて。……夫婦でしょ?」
彩葉は七瀬の隣に座り、大好きな夫からスーツのジャケットを脱がして、端に置く。ほんとうはスーツをくんくん嗅ぎたいくらい、七瀬不足だ。
「あたしだって、アートワークス・B.W.Dreamのメンバーなんだよ? それとも、同じ会社だから話せない?」
詳しくは聞いていない。話したがらなかったから。でも、彩葉の我慢の限界だった。
「話せるよ。彩葉になら、大失敗を聞かせることも、できる」
「聞くよ。だから、全部、吐き出して」
「……うん」
舜太郎がコンテストに向けて、傑作を描いた。七瀬の目から見ても素晴らしい作品だったので、舜太郎の師匠に見てもらい、太鼓判をもらおう、と提案した。
幾多の作品が出品されるコンテストだから、舜太郎に自信をつけてもらいたかったし、自信ある作品だったから、師匠から褒められたら運気があがる。そう思っていたのだが。
絵を見た舜太郎の師匠は、酷評して顔に嫌悪を露わにしていた。『鼻につく』『こんなもの』『嫌いだ』否定の言葉を並べて、切り捨てた。
舜太郎は顔を青ざめさせて、しばらく放心していた。七瀬もまた青ざめて、悲しみで胸が苦しかった。舜太郎の心やプライドの傷に比べればはるかに傷は浅い。
だけど、舜太郎に傷を負わせた原因を作ったのは七瀬だ。
「あの舜太郎が、ほとんど食事をしないんだ。カッとなってすべての絵を燃やすって馬鹿な真似はなさそうだけれど。きっかけを作ったのは俺だから、見守んないと」
「それは」
師匠の気持ちもよくわかる。彩葉も、出てきた若いファンたちの神作品にどれだけ打ちのめされてきたか。嫉妬しても羨ましくても、自分の作品は自分にしか書けないと言い聞かせている。
そして。舜太郎の気持ちもよくわかる。クソリプやサゲ感想、エゴサした時にポツポツ見つかる作品をコケ下ろしたようなコメント。書き手を人間だと思わない輩、原作アンチのボロクソコメント。クソレビュー。二次創作をやめようかと悩んだのは一度や二度じゃない。留まらせたのは、原作リスペクトと優しい感想をくれる人たちの存在。新刊や再販を待ってくれている人たちの存在。
なにより、原作が大好きなこと。嫌いな奴らのせいで、自分が好きなものをやめることはないと。そう言い聞かせてきたし、これからもそう思う。
(そりゃ、二次創作と舜太郎くんみたいな高尚な絵画とは雲泥の差だし、ネットのクソコメと日本画の巨匠からの直接酷評を食らうのは差があるよ)
それに。
(そのきっかけを作ったのはななくんだけれど、そういうクソコメはいつか回り回って耳に届くものだよ。ななくんのせいじゃない。ななくんは悪くない)
でも。
(兄弟同然に育った親友が傷つくのを目の前で見た心の傷は、ななくんのもの。あたしは、あたしにできることをしよう。支え合わなくちゃね、夫婦なんだし)
「……慰めが、ほしい?」
七瀬は力なく首を振る。
「話を聞いてもらっただけで助かったよ」
腰を引き寄せられ、覇気がないメガネの奥の目を覗く。弱りきった七瀬に母性本能がくすぐられる。
「イロ……」
キスをされて首筋を舐められる。舞衣が生まれる前はタンクトップと短パン姿が常の彩葉だったが、今は室内着とパジャマをきちんと着るようになった。舞衣にボタンのかけ外しを教えるために、最近は前ボタンのパジャマを着ている。
頼りないパジャマのボタンをすべて外され、ブラトップになると、授乳が終わったのに小さくならなかった胸に七瀬がくちづけて、頬ですりすりする。
(きもちいいし、ななくんが、かわいい)
久しぶりの感覚が、彩葉の体温をあげる。
「ここじゃ、だめ」
「うん。舞衣に見せたらヤバい。ママをいじめてるってトラウマもんだ」
「寝室で……いっぱいいじめて」
前抱きで抱っこされたままふたりの寝室に向かう。出産後に体重も増えてしまったが、それでようやく標準体重だからか、七瀬にしてみれば軽いものだろう。
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