俺様白雪王子と不可避なハッピーエンド

なかむ楽

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05.おとぎ話じゃない現実

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「なにが『会いましょう』だ」
 
 領主の座(もう王座でいいのだろうけど)から立ち上がった彼は束縛の魔法をかけてきた。なにしやがりくださるんだ、この束縛魔め。
 わたしはマントで払って光る魔法の縄を振り解く。エレウシスオリジナルの魔法だったけど、何度も食らううちに解析した。本日も最強を更新。
 
「アイギス。勝手は許さない」
 
 コツコツと足音を立てて近づくエレウシスから、不穏な魔力と闘気を感じてすごんでしまう。ここで負けたらわたしの 自由がなくなってしまう。
 
「家に帰りがてら、妖精リーダーたちに教えてもらった白竜を狩りに行くの」

「許した覚えはない」

「許可なんかいらないでしょ。わたしは元々〈花降る国〉の王女だよ」
 
 白雪姫の逆パターンなんだから、最終的に結婚なのは確定してる。でも、なにかにつけて束縛が激しいエレウシスとはマトモな結婚生活が想像できない。
 未婚で非処女になった王女のわたしは、領地を持たない城主として気楽に独身を満喫するんだ。
 
「おまえは俺と王都へ行くんだ。嫌とは言わせない」
 
 ひょいっと担がれて、抵抗も虚しく控えの間の長椅子におろされた。この一年でエレウシスは健やかな筋肉を身につけて、わたしくらい持ち上げられる美丈夫になった。初めからヒョロガリではなかったけれど、先陣をきって戦っていた将なだけに、彼も強くなっている。わたしほどじゃないけど。
 長椅子に縫い止めるように組み敷かれても、わたしは彼を睨み続ける。
 
「もう避妊魔法を使うな」

「それはできない相談。わたしを笑いものにする気?」

「俺を拒絶するな。……思えば初めから俺を拒否していたな」

「実力もわからないのにすごい高慢チキなら、誰でも拒否するでしょーが」

「俺を拒絶した女はおまえが初めてだった」
 
 おー。今日も天井知らずの傲岸不遜。
 顔が良くて頭もいい。魔力と体力は騎士なみだけど、彼には七つの祝福の権化たる妖精の加護があるから、ほぼ無敵だ。無敵の彼が尊大な態度なのは許される……のか?
 この態度さえなければ非の打ち所がないのに、この態度のせいでハピエンが想像できない。
 
「初めて会った時に、女って言われて舞い上がったんだ。いい夢を見させてもらった」
 
 わたしは額に手を当てて顔を隠す。見ないで、こんな顔。
その手をエレウシスに掴まれて顔を覗かれた。蒼い瞳に映るわたしは、やっぱり情けない顔をしている。
 
「どこからどう見てもおまえは女だろう。いや、崇高な美姫だ」

「美女に育てられて美の基準がおかしくなってんじゃないの?」

「月の女神のような月の光の金の髪、小作りな顔にあるアメジストを溶かした大きな瞳。戦場いくさばを駆け、狩場を駆けていた男装の月の女神そのもの。おかげで、おまえの何もかもを知るのは俺だけで済んだ。男装は懸命な判断だったな」
 
 褒められてるような貶されてるような口説き文句でも、エレウシスが言うとたちまち愛の言葉だと錯覚するから、始末が悪い。
 熱っぽく見つめられて、鼓動が早く打ち鳴る。慣れたと思っても、見つめられるたびに泣きたい気持ちで胸をかきむしられる。
 
 初めてのキスで魂に触れられて、文字通り魂を抜かれた。反対に、エレウシスの剥き出しの魂に触れ、その清らかさに驚き、虜になった。
 それから行動を共にするようになって、どんどん惹かれていった。わたしの意思なのか、物語の意思なのかわからなくて、悩みに悩んだ。
 だけど、エレウシスといると心地いいのは、わたしだけの感情だ。……過剰な束縛でさえ、好意的に捉えてしまうくらいには愛している。
 
「あんたは抱ける手身近な女がほしいのだと」
 
 何度も陥った嫉妬交じりの懐疑的な思考。血と勝利に酔ったなら、なにもわたしじゃなくてもいいのでは、と。身元がしっかりした娼婦の役目は、わたしじゃなくてもいい。でも、わたしが嫌だった。
 みんなの白雪王がわたしにだけ見せる表情を独占していたかった。
 
 嫉妬にまみれた女々しい理由を口に出さずに念話で伝える。エレウシスはけぶるまつげを上げて、わたしを見つめてふっと笑む。
 
「口に出さないのはアイギスのプライドか? そんなもの丸めて火にくべてしまえ」

「なんだと?」

「くだらないことを吹聴した誰かより、俺を信じろ」
 
 彼は首を楽にするようにクラバットを解き、ボタンを少し開ける。逞しくなった首とちらりと見えている胸元が色っぽい。
抱き起こされたわたしは、恭しく手を取られて少し緊張した。
 
「最強の女だとは思えない美しい手だな」

「最初に魔法を覚えたから。でも、戦場を知らない姫君たちの手はもっと白くて細くて血にまみれてないよ」

「誰が他人と比べろと言った? 俺はアイギスローズの手が美しいと言ったんだ。俺の言葉を信じろ」
 
 ぎらりとした劣情混じりの瞳に睨まれて、ぐっと言葉が詰まる。信じたくなる。信じれる。幾度朝を迎え、夜を共にしたのだから。
 エレウシスはわたしの爪の先、指、手の甲にキスをしてから、その黒髪に隠れた額に手をつける。哀願するように。
 
「告白しよう、アイギスローズ」
 
 
 
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