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06.嘘でしょ?これがハッピーエンド??<終>
しおりを挟む「これまで愛を紡げなかったのは、愛しい人がいなくなるのが怖かった俺の心の弱さの顕れだ。
物心つく頃に流行病で王配──実父は命を落とし、女王だった母は宰相だった男と再婚。聡明で心身ともに強く美しく優しかった母は、徐々に身体を悪くしていった。母が身罷ると、痩せこけた無力な俺は森に捨てられた。
育った豊かな森が俺のすべてだった。
刺客に森に火を着けられた時、初めて激高した。この森の動物たち、木の葉一枚、土塊ひとつ俺の世界だ。
もう、俺の世界から何一つ欠けさせたくなかった」
柳眉をひそめて苦しそうに吐き出した彼自身の話。誰かから聞いた話じゃない、彼の言葉。大切な人と世界を失いたくないと抗っていた事実は、お気楽な童話白雪姫じゃない、エレウシスが生きた道。
幾度となく刺客を倒したエレウシスを騙したおじいさんは、北の離宮で隠居していた彼の祖父だった。
王座を簒奪した男の魔力を微塵も感じなかったと話した。それはそうだ。義父は死したばかりの祖父そのものに取り憑いていたのだから。
散々探したと涙ながらに語った祖父とワインを酌み交わした後、祖父の身体が青い炎に包まれ、義父の幽体が姿を現した。毒薬をエレウシスが煽り倒れるまで見届けた、執念深さ。
エレウシスの意識が遠のくさなか、魂だけになった祖父は約束をした。救国の乙女を導くと。
「救国の乙女など俺は望んではいない」
彼の真剣な表情に射抜かれて、再び胸が高鳴る。
「俺が望むものは、俺の世界だ。俺の世界はおまえだ。難攻不落のアイギスローズ。おまえになら誓える、愛していると」
くちづけられた先から熱くなる。爪の先、手の甲、腕──。キスを繰り返され、胸がいっぱいになって返事ができない。
「エレウシス、もう、いいから」
「おまえの言葉が違っている。わからないのか、アイギス」
エレウシスの美しい蒼い瞳が命令する。正直に気持ちを話せと。
「……初めて会った時から……好き、です」
初めての告白くらい、もっとマシなシチュエーションでしたかったよ。
この強引さがなかったら、いつまでたっても告白できなかっただろうけど。
「毎日幾度も誓って、閨でも愛しかさえずれないようにしてやる。おまえに拒否権はない」
「そういう不健全なのはよくない」
「なにが不健全なものか。愛し合っている男女なのだから健全だ」
ふと笑う目が笑っていない!
本能が逃げろと警鐘をガンガン鳴らしている。
後ずさるわたしの手首に、クラバットがキュッと結ばれた。どれだけ力を入れても外せない。
「解けない!?」
「おまえが拘束魔法を破るのがわかっていたから妖精たちに特別に織らせた」
「人間じゃ解けない神聖具になってる!」
人間扱いされてない!
「明日にでも式を挙げる。その後で〈花降る王国〉でも式を挙げよう。素直になれ」
美貌のエレウシスがわたしを蕩けさせるように微笑む。
愛してるけど結婚は無理。あんたはもっと賢い選択をしろ。──強情にも程がある、アイギスローズ。情けなくなるくらい、こんな性格が捻じ曲がった年下の男が好きなんだ。
「それならちゃんと言って」
エレウシスがおとぎ話みたいなキラキラの魔法でわたしの瞼をおろさせる。
唇に感じる大好きな体温が何度も何度もキスを繰り返す。
「愛している、アイギス」
翌朝目を覚ますと、まったく見覚えがない天井が見えた。大きな天蓋付きベッドの支柱は鳥籠のよう。
寝ぼけ眼を擦ることなく、女官たちにあれよあれよと化粧をほどこされて繊細なレースの白いドレスを着せられた。
「似合っているな。さすがは俺の花嫁だ」
「……理解が追いつかないんだけど」
ようやく来たエレウシスの胸ぐらを掴む勢いで、わたしは鳥籠のような檻をガシャンと掴む。
「寝ている間に王宮に運んだ。感謝しろよ」
「そんなこと聞いてるんじゃないっ」
部屋にしずしずと正装の高位の神官たちが入ってくる。
「まさか……、ここで式を挙げる気?」
「当然だ。おまえの親兄妹には結婚の承諾を得ている」
見せられた文書には、結婚を認めたとお父様の直筆サイン付きで書かれていた。
「こんなもの、いつ?」
「初めて会った時に」
「嘘でしょ!?」
「初めてキスをした時からおまえを何がなんでも俺のものにすると決めていた」
そう言われてしまうと強く反対ができない。わたしもその時からエレウシスと離れたくなかったのだから。
「愛している、アイギスローズ。我が真の名に誓っておまえだけを一生愛すると誓う」
「わたしはエレウシスを置いていかない。だから……ここから出してくれる、よね?」
その返事は類稀なる美貌の傲岸不遜な笑顔だった。
狩りに行く自由がないのは決定だ。
「さあ? アイギスが利口であればどうなるかわかるだろう?」
「そんな悪党みたいな言葉を夫になる人が使っちゃいけないと思います!」
ちょっと待って。これってハッピーエンドなの!?
〈了〉
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