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3章.嘘つきたちの思惑。

09.嘘つきは策略を巡らす

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 ☽・:*



 次の日、わたしが目覚めたのは、日がたっぷり降り注ぐ昼中ひるなかだった。
 体液でカピカピではないから、寝落ちているあいだにセキがお風呂に連れて行ってくれてたのだろう。
 セキのベッドで重たい身体を起こすと、身体にヒモ的ななにかがくっついてるのがわかった。
 隠すべきところを隠せていない、ドM女が着用するプレイスーツだ。しかもレースとフリルでフリフリ。どこでどんな顔をしてお買い上げになったのだろう?
 そして、手首と足首にやや頑丈な枷が巻かれており、右手首と右足首、左手首と左足首を短めの革のバンドが繋いでいる。
 ……どういう状況かわからないだろうが、わたしもわからない。

「きゆ、起きたの? おはよ。もうお昼すぎだけどね」

 デスクでパソコンを睨んでいたセキは、わたしが目覚めたのに気がつき、ベッドまでやってくる。
 自立がほぼ不可の状況を起きたと定義できるであろうか?

 外して。と、言いたかったが、喉が涸れていてうまく声が出ない。セキがスポーツドリンクのペットボトルを向ける。
 気が利くセキならでは。なんて思えるか。この状態で飲めと? 謎の雑技団でもサーカスでもあるまいし、器用に飲めるか!
 怒りが湧いていくわたしを、セキがその膝に乗せてペットボトルの飲み口を口につけてくれた。いや、くれた、じゃない。
 やや零しながらもスポーツドリンクをゴクゴク飲んだ。零れて顎から首を濡らしたスポーツドリンクをセキが舐めてから、ウエットティッシュで拭う。舐めるひと手間を省いてウエットティッシュで拭け!

「これ、外して」
「だめって言ったら?」

 自立もままならないわたしは、押し倒されてしまった。高級なベッドはスプリングを軋ませないで、身体をやんわり沈ませる。

「セックスしたくない。……まだあそこがヒリヒリするし、腰もお尻も痛い!」
「うん。お腹空いてたら体力も削げるだろうからね。なにが食べたい?」
「なんでもいいけど、自分で食べられるものがいい」
「俺が食べさせてあげるよ」
「トイレに行きたい」
「トイレまで抱っこしてあげる」

 きもちわるっ! これはドン引きだ。なぜかセキは変態を飛び越えたヤバいやつになっている。
 ヤバいやつと押し問答をしても埒が明かない。セキは拘束をゆるめる気がないどころか、わたしの手を後ろに回して、バンドを足首と固定しやがりくださった!
 人権は!? ぐぬぬぬ。こんな目に遭わせやがって。絶対に許さん。許してやるものか。絶許だ。

 こうなったら、従順なフリをして拘束をゆるめさせるしかない。人質は誘拐犯と信頼関係を築くことで、拘束をゆるめて程度の自由を許すと何かで読んだ。
 ククク……。今に見てろ。後ろから飛び蹴りをかましてくれる。

「夕方に清掃業者さんと新しいソファが届くから、きゆはおとなしくしてるんだよ。こんなあられもない姿、見られたくないでしょ? 俺も見せたくないしね」

 ローションと酒、体液で汚れたリビングを掃除する清掃業者さんは、どんな気持ちで掃除するのだろうか。考えるだけでも同情を禁じえない。


 それから、胃と腸に優しいリゾーニたっぷりの鶏のクリームスープ、温サラダで食欲が満たされたわたしは、再び寝てしまった。
 睡眠薬でも盛られたのだろうかと眠りに落ちながら考えた。体力がなさすぎて、頭と身体がやたら疲れてるだけだろう。

 再び目を覚ますと、拘束バンドの戒めは少しゆるめられていた。相変わらず右手首と右足首、左手首と左足首は仲良く繋がれている。中腰になれば歩けそうな感じだ。それでも、口や歯を使って取れそうもない金具がわたしの逃げる気を削ぐ。
 起き上がろうとしたが、今度はしっかりセキの抱き枕になっていた。
 そっと抜け出して這って自室へ戻ろうかと考えた。口でカッターナイフをくわえて使えば、この拘束バンドが切れるだろう。
 そうしたら、次とっ捕まった時にガッチガチに拘束されるのは見えている。とにかく服を着ていない状況を打破するのだ。寒くはないけど、被毛を頼りないムダ毛に進化させてしまった現生人類は、布っきれで身体を保護せねば不安なのだ。

「きゆ、どこに行くの?」
「……どうせスマホはセキが持ってるだろうし、返してくれないだろうから、本でも取りに行こうと思ったの」

 肩にぽんっと置かれたセキの手は、隠すべきところを惜しげもなく晒しているわたしの肩よりも冷たく感じた。

「ねぇ、……お風呂。セキ。お風呂入ろ?」

 わたしはセキを見上げる。異常な状況で信頼を得るためじゃなくて、普通にセキの冷えた身体が心配だった。

「古代ローマ人がお風呂好きだったって知ってるよね?」
「きゆの解説つきで映画を見たね」
「温泉地に恵まれていたのもあったし、彼らは入浴をしてコミュニケーションをはかっていたのもあったんだよ。それよりも入浴は病気やケガの治療でもあったんだ。古代ギリシアから受け継がれていた温熱療法なんだよ」
「治療?」
「冷えは万物の病気の元。東洋医学にある思想だし、実際そうだよ。わたし、寒いもん」

 季節は初冬である。プレイスーツオンリーワンスタイルでは、免疫力が落ちる。セキだって手が冷たい。

「しょうがないな」

 こうしてお風呂に入ってゆっくり温まりながら、セックスになだれ込んだのは言うまでもない。
 昨夜とはがらりと違う、わたしをひたすら甘え蕩けさせるセックス。物足りないと思うなかれ。性欲の権化セキは、それはそれは懇切丁寧にわたしを甘やかしながら、しっかりと立派な棒を使った。


 こうしてコミュニケーションをはかれば、明日には拘束具は外されているだろう。バイトのシフトも入ってるし、大学にも行かねばならぬ。

 それは浅い考えだった。
 次の日も別のフリフリプレイスーツを着せられて、しっかり拘束されていた。手首は手首と、足首は足首とつながれていた、わりとスタンダードな拘束だった。
 人類として人間らしい布を身につけたい。布団や毛布などの寝具ではなく、衣服をだ。裸族になりきれなくてもいい。

 そしてセキはわたしになんの断りもなく、バイト先へ少し休むと連絡を入れていた。
 ぶちっと血管がブチ切れそうになったけれど、なんとか堪えた。
 これを機に聞きたいことを聞こうと思ったのだ。怒りにまかせて怒鳴り散らしてやりたかったが、それこそ怒るのはいつでもできる。




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