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第6章 身代わり尚侍
7 真相・裏
しおりを挟む牡丹が現れると、それだけで登華殿がパッと華やぐ。
「淡路だけを連れて来いというのは、随分と秘密の話のようね。さては、昨日のことかしら?」
牡丹を部屋に呼んだのは、土筆だ。話の粗方は、牡丹の耳に入っているらしい。
タマが脇息を差し出すと、牡丹はお腹を気遣うようにして腰を下ろした。
「それにしても、霧立の尚侍がそんなにも御上に想いを寄せていただなんて、全く知らなかったわ。本当に、そんな素振り見せなかったから……」
尚侍は、牡丹が女御となるより前から御上に仕えている。後からきた自分が御上の側を奪ったが故に、こんなことになっしまったのではと、申し訳なく思っているようだ。
しかし、土筆はそれをきっぱりと否定した。
「姉さまが、そのような顔をなさる必要はありません」
「そうね。そうかもしれないけれど……」
「違います、姉さま。真実は、そうではないの。尚侍は御上を慕ってなどいないのよ」
土筆が牡丹の言葉を遮る。
「……貴女は、御上に嘘をついたの?」
咎めるような牡丹の視線。だが、土筆は逸らさなかった。
「姉さま、この世には、『そういうことにしておいたほうが都合が良いこと』があるのですよ」
何が言いたいのかと問うような顔で、無言の牡丹が先を促す。
「そもそも私は、初めて姉さまの部屋を訪れた時からずっと違和感がありました。その違和感の正体が分かったのは、二度目に姉さまの部屋に行った時です」
侵入者と酷い噂話に心配して行った藤壺は、思いの外ノンビリとしていた。
女房たちはいつもと変わらぬ様子で、牡丹の横で衣裳の片付けをしている。その着物に、土筆は見覚えがあった。
「姉さま。もしかして霧立の尚侍から、着物をいただきませんでしたか?」
「着物? いただいていないわ。尚侍からは……」
そこで、牡丹の言葉が止まる。
「尚侍と関係のある方からは?」
「……尚侍のお父様の霧立の宮さまから、女御入内のお祝いにいただいたわ。こちらに来て、しばらくした頃に、尚侍のところから移ってきた女房を通じて。濃紅色で、私の好みの品だったわ」
御上の寵愛を受けている牡丹と近付きたい者は多い。他からもそういう贈り物を貰ったが、霧立の宮のくれたものは、とりわけ趣味が良かったそうだ。
「でも…どうして、そのことを知っているの?」
土筆は、部屋の片隅に置かれた唐櫃を見た。
「あの箱の中には、姉さまに贈ったのと全く同じ着物があります」
牡丹の女房が部屋で畳んでいたものと、全く同じ色と柄のもの。おそらく、左近大夫に仕立ててもらった二着のうち一着だろう。
「姉さまに着物を贈ってくれたのは、霧立の宮さまではありません。着物の贈り主は、尚侍です」
牡丹の上品な顔に「?」の表情が浮かぶ。その疑問に答えることは、牡丹を動揺させると分かっていた。けれど、これを告げるために土筆は牡丹を呼んだのだから、言わねばなるまい。
「尚侍がお慕いされていたのは御上ではありません。霧立の尚侍が心から想っていたのは……姉さま、貴女です」
牡丹の顔が笑みを浮かべたまま固まり、腹を撫でる手がピタリと止まった。
「どういう……意味かしら?」
「そのままの意味です。霧立の尚侍は、姉さまを好いていたのです。だから全く同じ着物を誂えて一つをお姉様に贈り、もう一つを自分の手元に置いた」
「尚侍は、姫さまと揃いのものが欲しかった、ということですか?」
「おそらく姉さまが内裏に来た時から、尚侍は姉さまに憧れ、慕っていたのですよ。少しでも姉さまに近づきたいと思ったのでしょう。この部屋を見て、何思いませんか?」
淡路の質問に、土筆は少しだけ答えをはぐらかした。牡丹と淡路がぐるりと室内を見回す。
「藤壺と少し似ている……気がします」
淡路の言葉に、土筆が正解だと頷いた。
よく見ると、登華殿は藤壺と物の配置や色合い、調度品の意匠とても似ている。
勿論、権勢を誇る権大納言家の娘と、皇室の血筋とはいえ、政治と無縁の父をもつ尚侍では財力が全く違う。豪華さでいえば、牡丹の部屋の藤壺のほうが圧倒的に上だ。故に、パッと見ただけでは気が付かない。
だが、よく眺めれば、この部屋は、尚侍が持てる範囲のもので一生懸命に、藤壺と雰囲気を似せようとしているのが分かる。
牡丹が、「本当ね。今まで、こちらの部屋には来たことがないから、知らなかったわ」と感嘆した。
「でも、牡丹さまを慕っているのなら、どうして御上の子が出来たなどという嘘を? そんなことを言われても、牡丹さまは悲しむだけですよね?」
淡路が納得いかない様子で尋ねた。
土筆は少し考えてから、答えた。
「尚侍は、姉さまにとても憧れていたのよ。おそらく崇拝に近い程に。だから、姉さまに子ができたと知って、自分も同じようにありたい……と願ったのではないかしら」
「それで、御上の子……ですか? 私には、尚侍の気持ちがよく分かりません」
タマが「淡路。子は思い違いだったのですよ」と訂正したが、淡路は厳しい顔を崩さずに反論した。
「でも、御上の子を欲しいと強く願ったのは同じでしょう?」
淡路の指摘は尤もだ。尚侍が何故、子を欲したのか。その心理は正解は、土筆も分からない。
牡丹が変わってしまうようで怖かったのか、少しでも近づきたかったのか。あるいは、もっと現実的に、牡丹の子の乳母にでもなりたかったのか。
いずれも推測の域を出ない。
ただ、きっと許されない想いに、叶わぬ思慕に、切実で、切迫めいた何かがあったのだろうと思う。
「そうね。私にも尚侍の気持ちは分からないわ」
牡丹が静かに言った。
「でも、土筆の言うことが本当なら、霧立の尚侍は、それ程までに強く、私のことを想っていたということよね?」
「えぇ、それは間違いありません。尚侍が内裏を去るのに抵抗したのは、姉さまと離れたくなかったからです。そして離れても尚、陰ながら姉さまを守ろうとした。先だって、内裏に忍び込んだ不審者を殺したのも、おそらく尚侍の手の者です」
「え?! あの不審者のことですか?」
タマが驚きの声を上げた。
「あの時の状況について、時峰さまにも確認しました」
不審者を見つけた女房は、自分のところに忍んで来た男に告げ、男は不審者を追った。そして、すぐに駆けつけた警固の者たちが、不審者を刺殺した。
これが土筆がタマから聞いた事の顛末だ。
だが、この流れは、よくよく考えると少し引っかかる。
あまりにも警固の者たちが駆けつけるのが早くはないか。
初め、土筆は女房が相当な大声を上げ、それを聞きつけて警固の者が駆けつけたのだと思った。だが、女は側の男に告げただけだ。にも関わらず、複数人の警固の者たちが、あっという間に参集し、内裏の中で不審者を仕留めた。
警固の者たちが運よく、余程近くにいたのだろうか。
女房は声を上げていないが、上げたことにしたという。それならばーーと土筆は考えた。ひょっとしたら、駆けつけた男たちも、本来の警固の者ではなかったが警固の者たちということにしたのではないか、と。
そこで時峰に尋ねたら、警固の者たちも確かに来ていた。だが、真っ先に駆けつけたのは、その日の警固を担当していた宿直の者ではなく、他の女房のもとに忍んできた二人の男であった。
その二人のうち、一早く不審者に辿り着いた者が、不審者を仕留めたーーーはずだった。
「時峰さまによると、不審者を仕留めた人間は、未だ不明だそうです」
「不明?」
「女房のところに忍んでいたのだから、身を明かしたくない者もいるでしょう。だから名乗り出ず、役目だけを果たして姿を消したのかもしれません」
時峰はそう言った。だが、土筆の考えは少し違う。
「私はおそらく、この『仕留めた人間』というのが、尚侍の手の者で……そして、藤壺の女房の元に来ていた人間ではないかと思うのです」
「藤壺に来ていた者? 誰かしら?」
「尚侍の下男です」
タマが淡路から聞いた話でも、尚侍は下男を連れて吉野に下がっている。その男だ。
「多分、下男は、尚侍のところから牡丹の元に移ってきた女房のところに、姉さまの近況を聞きに来たのでしょう。尚侍がそう望んだから。ところが、そのときに藤壺の周りを彷徨く不審人物に気づき、簀子から飛び降りて、誰よりも早く不審者を捉えた」
あの日、藤壺から飛び降りたのは、不審者ではない。不審者を刺した男のほうだ。二人の距離が近く、目撃者の女房は混乱した。
刺された男の風体を聞いても藤壺の女房たちは皆、心当たりがないはずだ。
実際には藤壺に来ていた男とは、違う人物なのだから。
「宮中には、姉さまのことを疎ましく思う方もおりますよね? 害をなそうとする者も。尚侍は姉さまのことを心から案じていました。だから彼女はここを離れたくなかった。下女のふりをして、彼女の下男とともに内裏の庭から姉さまを守っていたのです」
尚侍は御上にも繰り返し、牡丹を守れるのか、心変わりをしないのかと問うていた。御上がそれを誓ったからこそ、彼女は手を引くことを決めたのだ。
尚侍は御上から牡丹を奪いたいわけではない。それが出来ないことは分かっている。それでも牡丹を求めて止まない。憧れに近づきたくて、焦がれている。持て余した感情が、今回の騒動に行き着いた。
土筆の説明に、全員が口を噤んだ。
話は理解できたが心情が追いつかない、といったところだろう。
しばらくして、タマがぽつりと呟いた。
「……尚侍の牡丹さまへの想いは、痛々しいほどに真っ直ぐで、無垢なものだったのですね」
「なんというか……霧立の尚侍さまの心情は理解できませんが、私の主をそこまで想い、守ろうとしてくださったことは、ありがたく思います」
淡路が言葉を選びながら、尚侍への感謝を告げる。おそらく、素直な感想だろう。
「そうね。交流はあまり出来なかったけれど、霧立の尚侍には、感謝しなくてはならないわね」
牡丹が、主のいない登華殿をゆっくりと見渡した。
「……この先の彼女の生が、どうか心穏やかであるよう、私も遠くから祈りましょう」
牡丹は静かに言うと、これで話が済んだとみて、「もう戻りましょう」と淡路に言った。
お腹の大きな牡丹を、淡路が手助けして二人で立ち上がる。
部屋を出ていく直前、牡丹が立ち止まって土筆のほうを振り向いた。
「あぁ、そうだわ。土筆、貴女……」
あの人を惹きつける笑顔に、少しだけ困ったような色を足して笑った。
「相変わらず、嘘が下手ね」
それだけ言うと、花の香のような余韻を残して、牡丹は登華殿を去っていった。
二人の姿が見えなくなると、今度はタマが尋ねた。
「……嘘、なんですか? 今の話」
土筆は控えめに首を振る。
「いいえ、嘘じゃないわ」
嘘じゃない。ただ、ちょっとだけ、真相の一部を差し引いて伝えただけ。語っていない部分があるだけ。
「じゃあ、どうして牡丹さまは、あんなことを……?」
土筆は御簾の向こうを見た。
語っていない真相に、思いを馳せる。
土筆が意図的に伏せたこと、それは、尚侍が懐妊したと思い込むに至った原因ーーその相手についてだった。
尚侍の想いは、痛々しいほどに深く強いが、決して、無垢で清らかなものではない。もっとおぞましく、生々しい。
彼女は、「子が出来たかもしれない」と思うだけの身に覚えがあった。
土筆の視線の先には降りた御簾。その向こうに、弘徽殿のちい姫と話をした簀子がある。
あの時、弘徽殿のちい姫は「牡丹は尚侍の部屋に遊びに来るほどに」親しかったのだ、と教えてくれた。でも、牡丹は先程、この部屋には初めて入ったと言った。
では、ちい姫が見たのは誰か。
誰を見て、牡丹だと思ったのか。
上の蔀戸を手のひら一つ分だけ跳ね開けていたとして、ちい姫が指し示した場所からは、いくら背の低い彼女が見上げても、部屋にいる人間の顔までは見えないはずだ。
それなら、ちい姫は何で、その人を牡丹と判別したのだろうか。
おそらく、着物だろう。
相手の人間が、牡丹が着ていたのと同じ着物だったのだ。
もう一つ着物を作ってもらったのは、尚侍が同じ着物を着るためではない。
相手にその着物を着せるためだ。
相手の男に髢でもつけ、牡丹と同じ着物を着せて、練香で同じ香りを纏わせて、そしてーーー
相手はおそらく、あの下男だろう。
男性にしては背丈が低く、土筆や牡丹とそう変わらない。そして尚侍への忠誠心が高い。
相手が男なら、子ができることもあるだろう。
だが、まさか牡丹の格好をした下男が相手だと告げるわけにはいかない。
いや、そもそも尚侍にとっては、その人は真の意味で、相手ではない。彼女の心の中で、相手はあくまで牡丹なのだ。
そこで、苦肉の策で捻り出したのが、「帝」だった。
恋焦がれた牡丹が、愛した人間。だからこそ、唯一、尚侍が容認できる相手。他の男の名など、嘘でもあげたくはない。彼女は、その人以外の名を告げることが出来なかったのだ。
尚侍の恋慕は痛々しくて、真っ直ぐで、そして歪んでいる。
こんなこと、牡丹には話せない。
尚侍にとっても、牡丹にとっても良いことなど何も無い。
尚侍はただ、強く牡丹を想い、彼女を守ろうとした。それくらいの真実でちょうどいい。そうしておいたほうが、いいのだ。
「本当に、姉さまは罪なほどに人を惹きつけなさること」
「え? 何かおっしゃいましたか?」
「ううん。なんでもないの」
土筆は、立ち上がって伸びをした。
「さぁ、御簾をあげてちょうだい」
土筆の指示に、タマが「よろしい……のですか?」のですかと目を丸くする。
「えぇ。もう私に頼まれたことは終わったもの。家に帰る支度をしなくっちゃ」
霧立の尚侍は、再び病状が悪化し吉野に帰っていった。既に、そういうことになっている。早晩、髪を下ろし仏門に入るという噂が流れるだろう。
そういうわけで、土筆は晴れてお役御免なわけだ。
タマがホッと安堵に顔を緩ませると、いつもの元気な調子に戻って言った。
「旦那様にお迎えの依頼をしてまいります!」
張り切るタマに、土筆の心も軽くなった。
◇ ◇ ◇
その日の晩、清涼殿の簀子に二人の男が向かい合って酒を酌み交わしていた。
先日の侵入者騒動が嘘のように、夜の内裏はしんと静まりかえっていた。
「とりあえず無事に解決、といったところですか?」
若い男が尋ねると、もう一人の男が口髭を軽くしごいて笑った。いつもの威厳ある態度で昼御座に鎮座しているときとは違い、随分と寛いでいる。
「いかがでしたか? 花房家の土筆姫は」
「お前の言った通り、なかなか面白い姫だったよ」
「それは、推挙した甲斐がありました」
本当は、この男にとって、『一介の尚侍が自分の子を宿した』などと宣うことは、大した事ではなかった。
面倒ではあるが、その気になれば、握り潰すのは容易い。あの女の狙いがどこにあるか分からない以上、握り潰すことで、どう作用するのかは案じていたが。
今、この男にとって大事なのは、この国と、自分の子を宿した寵姫だ。尚侍の狂気が、寵愛する姫に向くのは避けたい。
「では、土筆姫により真実は暴かれたのですね?」
尋ねると、口髭の男は杯を呷る手を止め、少し考えるような仕草をした。
「いや、違うな。多分、真実は暴いていない」
「暴いていない? でも、解決したのですよね?」
「解決はした。だが、おそらく真相は隠されたままだ」
男が、昨晩の霧立の尚侍とのやり取りを簡潔に説明した。
「なんということ?! それでは、子の父親が誰なのか、全く分からないではないですか」
「実際には、子は宿していなかったそうだがな」
口髭の男が、一応訂正したが、若い男は「そういう問題ではないでしょう」と食い下がった。
「だいたい、何ですか? その、尚侍が貴方のことを好きだという結論は。あの尚侍は、貴方に恋慕の情など抱いていませんよね?」
「私も、そう思う」
「でしたら、何故……」
「そういうことにしておけば良いのだ」
男はハッキリとそう言った。
「実のところ、私にとっては尚侍の子の父親が誰であるかなど関係ない。大事なのは、尚侍に私の子だなどと言わせないこと、私や牡丹に対して妙な気を起こさせないことだ。それさえ確信出来れば、子の父親などどうでもよい」
必要のないことは、潔い程に切り捨てる。その態度はある意味、施政者らしい。
「では、それを確信できたのですか?」
髭の男が「あぁ」と頷いてから、酒に口をつけた。
若い男も同じように酒を呑んだ。人からの貰い物だが、なかなか上等な酒らしい。すっきりとした口当たりが美味だ。
若い男は、少し考えてから尋ねた。
「どうでしょう? 土筆姫は貴方の狙いを理解して、そういう解決を計ったのだと思いますか?」
「そう思う」
口髭の男は迷いなく、きっぱりと言い切った。
「げに賢い姫だ。男でないのが惜しまれる」
「ほう。そんなにも?」
立場上、有能な人間は、多数見ているだろう。彼女たちの父親の権大納言だって、かなりのやり手だ。
その男が、このように褒めるとは珍しい。
「どうしますか? 漏れ伝え聞いたところによると、彼女はさっさと帰り支度を始めているようですが…」
土筆姫は自分の役割は終わったから家に帰りたいと権大納言に打診したという。実際には、尚侍ではないのだから、ここに留まる道理はない。
「問題ない。ちょうど尚侍が欠員したところだ。改めて出仕させよう」
「まぁ、そうなりますよね」
これは、もともと腕試しだ。
彼女がどのような人間で、どの程度の能力を持っているのか、それを見極めるためにちょうど良いと思って、こちらが勝手に与えた、いわば課題のようなもの。
こちらの期待に応えた以上、我々の役に立ってもらわねば困る。
「いっそ、お前が妻に迎えてはどうだ?」
口髭の男に言われ、若い男はギョッとした。
「ご冗談を!? だいたい、土筆姫といえば、藤原時峰が随分ご執心だという噂です」
「藤原時峰?……近衛中将か。そういえば、あの場に呼んでいたな」
「あちこちで浮名を流している男です。あの手練れの色男に熱心に口説かれれば、どんな堅物姫だってイチコロでしょうよ。今ごろ、熱い恋仲に違いありません」
必死に防波堤を張ろうとする若い男に対して、口髭の男は不思議そうに呟いた。
「あれが、手練れの色男…か?」
だが、すぐに「まぁ、良い」と話題を切り替える。
「どちらにしても、お前だって、いつまでも妻の一人も娶らずにフラフラしているわけにはいくまい」
「うへぇ」
結局、自分に話題の矛先が来た。そろそろ退散したほうが良さそうだ。
そそくさと片付け始めると、「帰るのか?」と残念そうな声がした。
「そうですね。そろそろ…ちょっと野暮用もありますので」
「野暮用? どこぞの姫か?」
「まぁ、そんなところです」
口髭の男は、俄に興味を持ったらしい。
「どんな姫だ? お前だって、中将に負けず劣らず色男だ。本気になれば、口説けぬ姫などいないだろう?」
「それは、どうでしょうね」
わざとらしく肩を竦めてみせる。
「身分に問題があるなら、本妻ではなく、妾でもよかろう?」
「身分は妻に迎えても問題ありません。ですが、私は今のところ、男だと認識されていないかもしれませんので……」
「男だと認識されていない? なんだ、それは……」
「桃の精ですよ」
口髭の男が「はぁ?」と盛大に首を傾げた。
あまりに不可解そうな顔をしたのが可笑しくて、クスリと笑う。
「さぁ、それでは私は行きますよ。兄上も、どうぞ愛しの女御の元へお戻りください」
そう告げると、持っていた酒と杯を携えて踵を返す。その背に呼び止める兄の声が響いた。
「あっ、こら。待ちなさい、東宮! もう少し詳しく話を……」
しかし若い男ーー東宮は立ち止まらなかった。
足取りは軽く、鼻歌でも歌ってやりたい気分だ。なんせ、これから花房邸の最奥の間の、桃の木に向かうのだから。
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はじめまして。
最新話(3章)まで読ませていただきました。
私はミステリーが大好きでして、大感激しています。
物語の時代設定が平安時代でありながら
魔法とか妖術とかの特殊能力は無しに、
事実だけをもとに分析し、推理し、真実を明らかにしていく推理小説。
私には新しい出会いで、すごいうれしいです。
平安時代。
あのころは、起きた犯罪の数々は、
おそらくろくな捜査もおこなわれなかったでしょう。
そして結局、モノノケの仕業とか、呪いとかによるものとされてきたのでしょう。
でも。土筆姫は違います。
事件現場の様子や起きた事実だけをもとに、真実を明らかにしていきます。
しかも土筆姫は深窓のお姫様。外出などできません。
なので第2章までは、
現場検証したり、容疑者と対面したりするのは、パートナーの時峰様でした。
お二人は、最高のチームですね!
そして第3章では……
ついに『事件』そのものが、土筆姫と家族の中に侵入してきました。
土筆姫の活躍で真犯人がわかり、動機もわかったけれど
この後もまだ何か起こりそうで怖いです。
時峰様、どうかどうか、大切な人たちを護りぬいてくださいっ。
長々と書いてしまいました。すみません。
これからもずっと応援しています。
感想ありがとうございます!
こちらこそ、このような熱い感想をいただき、大感激しています!!
平安時代でありながら、あくまで「探偵小説」を貫きたいという作者のこだわりも、
外に出られないがゆえに「安楽椅子探偵」にならざるを得ないという設定も、
丸っと感想に込めていただき、「なんて素敵な感想なんだ!!」
と、何度も読み返してしまいます!!
ちょうど、安楽椅子探偵(というより推理小説…)の難しさに
頭を抱えていたところだったので、とても励みになりました。
この先も、「その時代だからこそのミステリー」を意識しつつ書いていけたら、
と思っています。
更新遅めですが、引き続き、気長にお待ちいただけたら幸いです。