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第四章 ミカエルの旅
母親の後悔2
しおりを挟む~~~✙~~~✙~~~ 逃げた花婿の母の後悔 ~~~✙~~~✙~~~
(もしくは、宣戦布告)
まあ、ケイト嬢だわ、来たのね。夫も結婚式だけは盲点だったのでしょうね。
それにしても、よくここまで潜り込めたものだわ。
二人が走り去る様を、皆じっと見つめている。誰も動かない。
そして教会から出て行ってしまった。
私は今、息子を失ってしまったのね。義理の娘になるかもしれなかった娘と共に。
五ヶ月前に戻れたら、三ヶ月前でもいいわ。もし、もっと早く相談を受けていたら。
もしばっかり。時は戻らないのよ。
あの日に届いた、カンザス商会会頭であるケイトの父、ボイド・ラングラーからの手紙は、婚姻の申し込みだった。
それを読んだ時の夫の様子は今でも語り草よ。一気に青筋が立って顔が真っ赤になった。手紙の内容を聞いて、私も使用人達も首を引っ込めて息を殺したわ。
あんなにカンカンになっている理由が、一瞬で理解できるものだった。
侯爵家の嫡男で一人息子のダニエルを婿養子に迎えたいと言って来たのだから。
手袋を投げられたようなものよ。いえ、水に浸した白手袋を顔面に叩き付けられたという方が合っているわね。
つまり向こうは絶対にこの婚姻を認めないと言うついでに、喧嘩を売ってきたということ。常識破りではあるけど、結婚を申し込まれて不敬に問うことはできないわ。さすがに大商人。
憎ったらしいこと。
ボイド・ラングラーは、長く叙爵を断わり続けていたのに、一年前に起こった大規模水害からの復興に尽力した功績で、叙爵を渋々ながら受ける予定だった。
かわいがっている一人娘のケイトが爵位を欲しがったから。それはダニエルと結婚するためだった。
平民といえど、教養、マナーは貴族の令嬢にも劣らず、そのまま高位貴族として通用するレベルだそうで、爵位さえあれば、侯爵家に嫁ぐのに問題はないはずだった。
ところがボイドがへそを曲げてしまった。
貴族になって何の利がある。ちょっとした利権と、プライドの代わりに大量の奉仕を求められる。権力なら充分持っているし領地などいらない。
貴族になって、いい事なんてあるか? 娘を隣国の侯爵家にくれてやるために、こんな外れくじを引けって言うのか。というのが彼の言い分。彼の立場に立てば、確かにそうだわね。貴族でいるのも大変なものよ。
それで結局はボイドも一人娘を失うことになったのよ。
年配の、頭と気持ちが頑なになった権力者の、ちょっとした思い込みが、周囲を巻き込む大事に発展するのはよくある事よね。
本人は自分だけが正しいと信じて疑わない。だから質が悪いの。周りからはそれが見えているけど、逆らえない。それこそが権力者ってものでしょうね。
夫もその権力者の一人で、例外ではないわ。ボイドとは真っ向から対立してしまった。同族嫌悪というものでしょうか。どっちも折れる腰を持っていないんだから、分厚い壁と壁が立ちはだかったようなもの。
国をも動かすことができる二人に、若い二人ができることは無いと私は思ったの。誰もがそう思ったはずよ。
だから、私はダニエルに、諦めなさい、侯爵家を継ぐ者としての責務を考えて、と言い聞かせた。
ダニエルは諦めて別れることを選んだ。私が、家を一番に考えるよう、幼い頃からそう育ててきたから。
帰国後はケイトからの連絡を完全にシャットアウトして、一切の情報をダニエルには伝えなかったし、ダニエルの動向は秘匿された。
ケイトが家を捨て、国を飛び出して必死に接触を図ろうとしていたのも、夫が全部ブロックしていた。そして私も彼女に決して会おうとしなかった。
だから外出時も護衛を三人も付けていたし、婚約者になったルイス嬢との時間も少ししか取れなかった。
それでも、ルイス嬢に好感を持っている、とダニエルが言ったときにはホッとしたの。
できれば気の合う御令嬢と添って欲しかったから、いえ、罪の意識を薄めたかったからかしら。
鷹揚でのんびりした佇まいに癒される、だったかしらね。そうよね、そういう人がいいわね。
ルイス嬢には本当にひどいことをしてしまった。謝っても謝り切れないけど、それ相応の償いはさせていただきます。そんな事しかできないの。
ケイト嬢とは一度だけ、ルイス嬢とは二度会っただけだけど、不思議なことに、どこか似ていたわ。
全く印象が違うのに、どこかしら似通ったところがあった。だから夫は彼女を選んできたのでしょう。その眼力には敬服するけど。
私はずっと、剛腕と言われるあなたを、後ろから支えて来たわよね。私には、この数十年の侯爵夫人としての人脈と実績と、それに個人資産があるわ。
私は侯爵家の跡取り息子を失ったけど、ダニエルまで失う気はないの。私は私の好きにさせていただくわ、あなた。
そしてボイド・ラングラーさん。
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