公爵令嬢イリスをめぐるトラブル 

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シャノワール・王妃様の相談所 :第一章 やせ細っていく婚約者

最悪の未来予想

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 その時のことを思い出したのか、ポロポロと涙を流し始めた。

 香が薄くなり、少し頭がすっきりしてきた。ここまで話したら、もう強い薬での追い込みは不要と判断したのだろう。気持ちが落ち着くハーブティーを勧め、二人でしばらく無言で飲んだ。しばらくして落ち着いたのか、涙をハンカチで拭い話し始めた。

「朝になって、マーサは乱れた寝具を始末し、私の面倒を見てくれました。そして兄から渡されたという薬を飲ませてくれました。避妊薬だそうです。
 私は状況を飲み込めず、1日中ぼんやりと寝て過ごしました。熱があったので医者に往診してもらい、マーサがひと晩中付き添ってくれました」

「タロットの落雷の塔は、つまりそういうことだったのね」

 とイリスがタロットカードを触りながら言った。

 兄への愛と倫理観とがひっくり返る出来事だ。貴族の令嬢としての立場も非常にまずいものになるし、高位貴族に嫁ぐことが難しくなる。ビクターは名門の侯爵家嫡男で、純潔の印を初夜に提示する必要があるだろう。

「次の日、兄が見舞いにやってきました。私にとっては兄の姿をした見知らぬ男であり、怖くてたまらないので震えが止まらずにおりました。
 すると、
『こんなに震えて。まだ体調が戻らないんだね。体は辛くないか?』
 まるで今までの兄のようで、余計に混乱していると、額に軽くキスをして、
『無理させる気はないから安心してお休み』
 と言って髪を優しく撫でました。
 まるで新婚の花嫁をいたわる夫のようで、鳥肌が立ちましたが、事情を知らない侍女たちは、相変わらず仲の良いご兄妹ですね、と微笑ましげに見ていました」

 イリスも利きながらぞくっとした。本当に新婚の夫のようだ。

「ビクターと会う日の前夜、再び兄が寝室にやって来てこう言われました。
『ビクターとは結婚できないよ。お前はもう私のものだ。乙女ではないお前を、あの候爵家は受け入れない。明日、ビクターには体調を理由に、結婚の予定を延ばしたいと言いなさい』
 私はどうしようも無くて、その通りにしたのです」


「でも、状況を変えようと足掻いたのではない?チャリオットが出ているわ。残念ながら逆位置なので、うまくはいかなそうだけれど」

「ええ、友人の家に滞在させてもらったり、部屋に鍵を付けたり、思いつくことをしました。
 でも、すぐに連れ戻されてしまいます。結婚準備があるのだからね、とわがままを言う妹に手を焼く兄を演じると、皆それを信じてしまいます。
 友人の家を一巡する頃には、忙しいお兄様に迷惑をかけてはだめよ、と追い返されるようになってしまいました」

「鍵はどう」

「鍵は逆効果にしかなりませんでした。
 兄が業者に声をかけると、仮の当主である兄に、すんなりとスペアキーが渡され、これで密室にできると喜ばれてしまいました」

 それは、そうだわね。業者も疑わないだろう。

「両親がこちらに戻ってきた時、助けを求めようとしました。でも四人で過ごす間は、普段通りの仲の良い家族で、何か悪い夢を見ていたような気分になります。
 母と二人きりになる時間を設けたけれど、話そうとしても声が出なかった。悲しませたくないし、このことを聞いた母が、私をどう思うか怖かった」

 人に話せることではないだろう。今日初めてこの話をして、少しは気持ちが楽になっただろうか。

「一ヶ月ほどで領地に戻る時、体調が優れないので、療養のため一緒に連れて行って欲しいと頼んだけれど、復興で忙しい領地では休まらないと、置いていかれてしまいました」

「そう。チャリオットは空回りを示してもいるのよね。でも色々と頑張ったのね。あなたは強いわ」

「いいえ、結局何もできないまま関係を続け、婚約者には嫌な態度を取り続けている私は最低です」

「タロットが示す現在の周囲の状況は、愛情と思いやり、あなたのことを心配しているような感じよ。周囲は心配してくれていると思うのだけど、そこからの打開策は見つからないかしら」

 アンヌ嬢が力なく首を横に振った。

「数日前、兄の結婚の話を聞きました。両親が戻ってきた時に話をまとめたそうです。お相手は兄が夜会で見初めたというバーム子爵家令嬢のケイト様。これから公になると思います。結婚後数年は領地で生活する予定だそうです。私、これで解放されると思ったのです」

 少し目に光が戻って来た。それなら、逃げられるのでは?イリスも少し身を乗り出して、続きを促した。

「母から聞いたのですが、そこに私も同行する予定だというのです。
 すっかりやつれた私に驚いた両親が、最近の私の様子を周囲の者に聞いて回り、体調が悪いこと、友人宅を泊まって回るなどの不審な行動が続いていること。ビクターとの関係がギクシャクしている様子から、結婚を嫌がっていると考えたようです。体調の不良を理由に婚約解消させ、のんびり療養させてやりたいと考えていると」

 力が入っていたイリスも、肩を落とした。

「そう言えば、母にビクターとの結婚式のことを聞かれましたが、今の状況で言えることなどなく、そのうち話し合うから、とだけ言っておいたのです。確かに、嫌で先延ばしにしているように見えたでしょうね」


「近い未来に陰謀のようなものが読み取れるのだけど、これは何かしらね。思い当たることはある?」
 と聞くと、アンヌ嬢がビクッとした。

「兄は領地で自分の子供を産めと言い出しました。ケイトにも妊娠させ、生まれた子供を交換して自分の子として育てる。それまでは絶対に妊娠しないよう、必ず薬を飲むようにと。領地に引っ越したら薬がいらないから、今と違って毎日でも一緒に過ごせると笑っていました」

 最悪な話だわ、と思い無言になってしまった。

 タロットの未来は審判の逆位置と月。どちらも不穏な未来を暗示している。

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