6 / 123
シャノワール・王妃様の相談所 :第一章 やせ細っていく婚約者
最悪の未来予想
しおりを挟む
その時のことを思い出したのか、ポロポロと涙を流し始めた。
香が薄くなり、少し頭がすっきりしてきた。ここまで話したら、もう強い薬での追い込みは不要と判断したのだろう。気持ちが落ち着くハーブティーを勧め、二人でしばらく無言で飲んだ。しばらくして落ち着いたのか、涙をハンカチで拭い話し始めた。
「朝になって、マーサは乱れた寝具を始末し、私の面倒を見てくれました。そして兄から渡されたという薬を飲ませてくれました。避妊薬だそうです。
私は状況を飲み込めず、1日中ぼんやりと寝て過ごしました。熱があったので医者に往診してもらい、マーサがひと晩中付き添ってくれました」
「タロットの落雷の塔は、つまりそういうことだったのね」
とイリスがタロットカードを触りながら言った。
兄への愛と倫理観とがひっくり返る出来事だ。貴族の令嬢としての立場も非常にまずいものになるし、高位貴族に嫁ぐことが難しくなる。ビクターは名門の侯爵家嫡男で、純潔の印を初夜に提示する必要があるだろう。
「次の日、兄が見舞いにやってきました。私にとっては兄の姿をした見知らぬ男であり、怖くてたまらないので震えが止まらずにおりました。
すると、
『こんなに震えて。まだ体調が戻らないんだね。体は辛くないか?』
まるで今までの兄のようで、余計に混乱していると、額に軽くキスをして、
『無理させる気はないから安心してお休み』
と言って髪を優しく撫でました。
まるで新婚の花嫁をいたわる夫のようで、鳥肌が立ちましたが、事情を知らない侍女たちは、相変わらず仲の良いご兄妹ですね、と微笑ましげに見ていました」
イリスも利きながらぞくっとした。本当に新婚の夫のようだ。
「ビクターと会う日の前夜、再び兄が寝室にやって来てこう言われました。
『ビクターとは結婚できないよ。お前はもう私のものだ。乙女ではないお前を、あの候爵家は受け入れない。明日、ビクターには体調を理由に、結婚の予定を延ばしたいと言いなさい』
私はどうしようも無くて、その通りにしたのです」
「でも、状況を変えようと足掻いたのではない?チャリオットが出ているわ。残念ながら逆位置なので、うまくはいかなそうだけれど」
「ええ、友人の家に滞在させてもらったり、部屋に鍵を付けたり、思いつくことをしました。
でも、すぐに連れ戻されてしまいます。結婚準備があるのだからね、とわがままを言う妹に手を焼く兄を演じると、皆それを信じてしまいます。
友人の家を一巡する頃には、忙しいお兄様に迷惑をかけてはだめよ、と追い返されるようになってしまいました」
「鍵はどう」
「鍵は逆効果にしかなりませんでした。
兄が業者に声をかけると、仮の当主である兄に、すんなりとスペアキーが渡され、これで密室にできると喜ばれてしまいました」
それは、そうだわね。業者も疑わないだろう。
「両親がこちらに戻ってきた時、助けを求めようとしました。でも四人で過ごす間は、普段通りの仲の良い家族で、何か悪い夢を見ていたような気分になります。
母と二人きりになる時間を設けたけれど、話そうとしても声が出なかった。悲しませたくないし、このことを聞いた母が、私をどう思うか怖かった」
人に話せることではないだろう。今日初めてこの話をして、少しは気持ちが楽になっただろうか。
「一ヶ月ほどで領地に戻る時、体調が優れないので、療養のため一緒に連れて行って欲しいと頼んだけれど、復興で忙しい領地では休まらないと、置いていかれてしまいました」
「そう。チャリオットは空回りを示してもいるのよね。でも色々と頑張ったのね。あなたは強いわ」
「いいえ、結局何もできないまま関係を続け、婚約者には嫌な態度を取り続けている私は最低です」
「タロットが示す現在の周囲の状況は、愛情と思いやり、あなたのことを心配しているような感じよ。周囲は心配してくれていると思うのだけど、そこからの打開策は見つからないかしら」
アンヌ嬢が力なく首を横に振った。
「数日前、兄の結婚の話を聞きました。両親が戻ってきた時に話をまとめたそうです。お相手は兄が夜会で見初めたというバーム子爵家令嬢のケイト様。これから公になると思います。結婚後数年は領地で生活する予定だそうです。私、これで解放されると思ったのです」
少し目に光が戻って来た。それなら、逃げられるのでは?イリスも少し身を乗り出して、続きを促した。
「母から聞いたのですが、そこに私も同行する予定だというのです。
すっかりやつれた私に驚いた両親が、最近の私の様子を周囲の者に聞いて回り、体調が悪いこと、友人宅を泊まって回るなどの不審な行動が続いていること。ビクターとの関係がギクシャクしている様子から、結婚を嫌がっていると考えたようです。体調の不良を理由に婚約解消させ、のんびり療養させてやりたいと考えていると」
力が入っていたイリスも、肩を落とした。
「そう言えば、母にビクターとの結婚式のことを聞かれましたが、今の状況で言えることなどなく、そのうち話し合うから、とだけ言っておいたのです。確かに、嫌で先延ばしにしているように見えたでしょうね」
「近い未来に陰謀のようなものが読み取れるのだけど、これは何かしらね。思い当たることはある?」
と聞くと、アンヌ嬢がビクッとした。
「兄は領地で自分の子供を産めと言い出しました。ケイトにも妊娠させ、生まれた子供を交換して自分の子として育てる。それまでは絶対に妊娠しないよう、必ず薬を飲むようにと。領地に引っ越したら薬がいらないから、今と違って毎日でも一緒に過ごせると笑っていました」
最悪な話だわ、と思い無言になってしまった。
タロットの未来は審判の逆位置と月。どちらも不穏な未来を暗示している。
香が薄くなり、少し頭がすっきりしてきた。ここまで話したら、もう強い薬での追い込みは不要と判断したのだろう。気持ちが落ち着くハーブティーを勧め、二人でしばらく無言で飲んだ。しばらくして落ち着いたのか、涙をハンカチで拭い話し始めた。
「朝になって、マーサは乱れた寝具を始末し、私の面倒を見てくれました。そして兄から渡されたという薬を飲ませてくれました。避妊薬だそうです。
私は状況を飲み込めず、1日中ぼんやりと寝て過ごしました。熱があったので医者に往診してもらい、マーサがひと晩中付き添ってくれました」
「タロットの落雷の塔は、つまりそういうことだったのね」
とイリスがタロットカードを触りながら言った。
兄への愛と倫理観とがひっくり返る出来事だ。貴族の令嬢としての立場も非常にまずいものになるし、高位貴族に嫁ぐことが難しくなる。ビクターは名門の侯爵家嫡男で、純潔の印を初夜に提示する必要があるだろう。
「次の日、兄が見舞いにやってきました。私にとっては兄の姿をした見知らぬ男であり、怖くてたまらないので震えが止まらずにおりました。
すると、
『こんなに震えて。まだ体調が戻らないんだね。体は辛くないか?』
まるで今までの兄のようで、余計に混乱していると、額に軽くキスをして、
『無理させる気はないから安心してお休み』
と言って髪を優しく撫でました。
まるで新婚の花嫁をいたわる夫のようで、鳥肌が立ちましたが、事情を知らない侍女たちは、相変わらず仲の良いご兄妹ですね、と微笑ましげに見ていました」
イリスも利きながらぞくっとした。本当に新婚の夫のようだ。
「ビクターと会う日の前夜、再び兄が寝室にやって来てこう言われました。
『ビクターとは結婚できないよ。お前はもう私のものだ。乙女ではないお前を、あの候爵家は受け入れない。明日、ビクターには体調を理由に、結婚の予定を延ばしたいと言いなさい』
私はどうしようも無くて、その通りにしたのです」
「でも、状況を変えようと足掻いたのではない?チャリオットが出ているわ。残念ながら逆位置なので、うまくはいかなそうだけれど」
「ええ、友人の家に滞在させてもらったり、部屋に鍵を付けたり、思いつくことをしました。
でも、すぐに連れ戻されてしまいます。結婚準備があるのだからね、とわがままを言う妹に手を焼く兄を演じると、皆それを信じてしまいます。
友人の家を一巡する頃には、忙しいお兄様に迷惑をかけてはだめよ、と追い返されるようになってしまいました」
「鍵はどう」
「鍵は逆効果にしかなりませんでした。
兄が業者に声をかけると、仮の当主である兄に、すんなりとスペアキーが渡され、これで密室にできると喜ばれてしまいました」
それは、そうだわね。業者も疑わないだろう。
「両親がこちらに戻ってきた時、助けを求めようとしました。でも四人で過ごす間は、普段通りの仲の良い家族で、何か悪い夢を見ていたような気分になります。
母と二人きりになる時間を設けたけれど、話そうとしても声が出なかった。悲しませたくないし、このことを聞いた母が、私をどう思うか怖かった」
人に話せることではないだろう。今日初めてこの話をして、少しは気持ちが楽になっただろうか。
「一ヶ月ほどで領地に戻る時、体調が優れないので、療養のため一緒に連れて行って欲しいと頼んだけれど、復興で忙しい領地では休まらないと、置いていかれてしまいました」
「そう。チャリオットは空回りを示してもいるのよね。でも色々と頑張ったのね。あなたは強いわ」
「いいえ、結局何もできないまま関係を続け、婚約者には嫌な態度を取り続けている私は最低です」
「タロットが示す現在の周囲の状況は、愛情と思いやり、あなたのことを心配しているような感じよ。周囲は心配してくれていると思うのだけど、そこからの打開策は見つからないかしら」
アンヌ嬢が力なく首を横に振った。
「数日前、兄の結婚の話を聞きました。両親が戻ってきた時に話をまとめたそうです。お相手は兄が夜会で見初めたというバーム子爵家令嬢のケイト様。これから公になると思います。結婚後数年は領地で生活する予定だそうです。私、これで解放されると思ったのです」
少し目に光が戻って来た。それなら、逃げられるのでは?イリスも少し身を乗り出して、続きを促した。
「母から聞いたのですが、そこに私も同行する予定だというのです。
すっかりやつれた私に驚いた両親が、最近の私の様子を周囲の者に聞いて回り、体調が悪いこと、友人宅を泊まって回るなどの不審な行動が続いていること。ビクターとの関係がギクシャクしている様子から、結婚を嫌がっていると考えたようです。体調の不良を理由に婚約解消させ、のんびり療養させてやりたいと考えていると」
力が入っていたイリスも、肩を落とした。
「そう言えば、母にビクターとの結婚式のことを聞かれましたが、今の状況で言えることなどなく、そのうち話し合うから、とだけ言っておいたのです。確かに、嫌で先延ばしにしているように見えたでしょうね」
「近い未来に陰謀のようなものが読み取れるのだけど、これは何かしらね。思い当たることはある?」
と聞くと、アンヌ嬢がビクッとした。
「兄は領地で自分の子供を産めと言い出しました。ケイトにも妊娠させ、生まれた子供を交換して自分の子として育てる。それまでは絶対に妊娠しないよう、必ず薬を飲むようにと。領地に引っ越したら薬がいらないから、今と違って毎日でも一緒に過ごせると笑っていました」
最悪な話だわ、と思い無言になってしまった。
タロットの未来は審判の逆位置と月。どちらも不穏な未来を暗示している。
127
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる