氷の貴婦人

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第二章 キースの寄宿学校生活

初めての母との会話

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「ただいま。ソフィ、何か楽しいことでもあったの?
 すごく嬉しそうだけど」

 夫のニコラスがコートを執事に預けながら、出迎えたソフィに話しかけた。

「おかえりなさい。あなた」

 ハグしてから一緒に夫妻の私室に向かう。

「今日ね、キースが訪ねてきたの」

「えっ、伯爵夫妻とかい?」

「いいえ、一人でよ。これから学校に入学するのですって。寄宿学校だそうよ」

 ニコラスは伺うように彼女の顔を見る。
 産まれてからこれまで、一切の関わりを避けて来た子供なのだ。会ったとして、一体何を話したのか見当も付かない。

「君は彼と会ったんだね。なぜ? 今までは、面会の打診が来ても断っていただろう」

「庭から忍び込んで来たのよ。まだ十一歳だから、生け垣の空いたところから潜り込めるのね」

「それで?」

「少し話を、したの」

 そう言って口元に微笑みを浮かべた。昔、彼女の浮かべていた冷たい微笑みを。

 一瞬見惚れた。八年前、初めて出会った頃の彼女の微笑みだった。

 それから心配になった。

「ソフィ、大丈夫かい。どんな話をしたのか、僕にも話してくれないか」


 ニコラスは、付き従う侍従に、夕食は私の私室に運んでくれ、二人で話したい事があるので、軽いものでいい、と伝えた。

 二人きりの夕食の支度が整うと、ニコラスは、まずはいつもの言葉を口にした。

「我が家の天使達は、元気にしていたかい?」

「ものすごく元気よ。マリベルとルースは花束を作って、その後、噴水で水遊び。
 ハーシーは花園の中に隠れて遊んだ後、姉達と一緒に噴水に飛び込んだわ。
 3人ともおやつをいただいた後、お昼寝したの」

「いつも通りだね。楽しそうで良かった」

 笑いながら、赤ワインを一口飲む。今日は暑いから、軽めの物を冷やしてある。誰のチョイスだろう。気が効いている。

「あなたの言葉も、いつも通りね。いつもと違うのはここからよ。
 噴水遊びの時には、キースは忍び込んでいたようで、三人が遊んでいるのを見ていたって言ってたわ。茂みを直さなくては」

 ソフィはいつもと同じようでいて、時々見せる表情が微妙に違う。

「ねえ、それでキースは何をしに来たの?」

「寄宿学校に行く前に、一度会いたかったのですって」

「それで何を話したの?」

 ソフィはしばらく黙ったままでいた。静かに食事をして、ワインを飲み、デザートの温かいチェリーパイを食べ始めた頃、ポツリといった。

「初めてあの子に気持ちが動いたの。それが憎しみだった」

 ニコラスは自分のチェリーパイをソフィの前に推しやり、椅子を引っ張って行って横に座った。

「それで、どうしたの」

「そのままをあの子に話したわ。そしたらね、どうしてですかって聞かれたの」


 ◇ ◇ ◇


 キースは初めて母親と話をした。夢のようだった。
 居るのは知っていたけれど、顔も、声も全く知らない、幻の人物。冷たい湖に時々姿を現すと噂される、謎の生物のようなものだ。

 物心が付いた頃から母は居なかったし、そういうものだと思って育ったので、特に困ることは無かった。
 祖父母が可愛がってくれるし、大抵の大人に可愛がってもらえる。容姿のおかげだということは、わかっている。おかげで寂しい思いはしたことが無い。

 6歳頃だろうか。周囲の大人の話が理解できるようになり、父が母にひどいことをして、病気にさせてしまった、という事を知った。

 祖父母に聞いたら、初めは渋っていたけど、その内何処かから聞くだろう、と言って話してくれた。

 お母さんと結婚するのに、他の女性とも結婚の約束をして、子供が産まれた。僕の数日年上の兄だそうだ。

 それを聞いて悲しくなって、お母さんは病気になった。その説明に深く納得した。
 そのころ僕も、二人の女の子に、両方共好きって言ったら叩かれた。

 今は十一歳なので、もっと色々な事まで知っていて、それがどんなにひどいことか分かるが、6歳の時でさえ酷いと思った。

 でも、僕には関係ないんじゃないか? とも思った。

 それが、ずっと疑問だったのだ。
 その頃よりずっと大人になった僕は、一度母に聞いてみたくて、この日庭に忍び込んだ。そして、母が一人になった時を見計らい、姿を現して問いかけた。母は、特に動じることもなく僕を見つめていた。


「お母様、お父様は酷いけど、それは僕のせいではありませんよね」

「そうね」

「だったらなぜ、全く構ってくれなかったのですか?」

 母は、少し考えてから言った。

「考えたこと無かったわ。だから分からない」
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