氷の貴婦人

文字の大きさ
15 / 56
第一章と二章の間

ソフィの二度目の恋

 今夜の夜会はモートン侯爵家で開催される。話題の絵画が披露されると評判の夜会で、是非にと言うソフィに付き合って俺も出席することになった。

 母が張り切って、淡い水色のシフォンのドレスを用意した。淡い紫と、濃い紫の花がちりばめられていて、オンディーヌをイメージしたドレスだそうだ。
 確かに、そんな神秘的な雰囲気があるきれいなドレスで、それに合わせて、髪も古風な雰囲気にまとめている。
 それらは、ソフィの薄い茶色の目と、艶のある茶色の髪、時折見せる神秘的な雰囲気にとてもよく似合っている。

 妹をエスコートして会場に入ると、一斉に人々の目が彼女に向けられた。
 グレッグが、ソフィの手を軽く握り、大丈夫かと聞くと、ソフィは微笑んで大丈夫よと答えた。

 でも、グレッグは知っていた。絶対に大丈夫じゃあない。
 周囲の男達が食い入るようにこちらを見ている。今夜、この夜会に出席することが決まった後から、招待を希望する男達が押し寄せたそうだ。
 だから、今夜は男の数が妙に多いのだ。

 今までも、俺のところに様々な申し入れがあった。離婚前から頻繁にあったが、昨今はその比ではない。
 仕事に差し支えるレベルだ。

 俺の外交官としての仕事の中にも、それが入り込み始めている。
 隣国の大使の息子、他国の王侯貴族からの打診を、担当をうまく変更してもらい、耳に入っていないふりで逃げ回っている。

 友達になりたいとか、会わせてくれとか、結婚の申し込みとか。


 だが前回の紹介が大失敗だったので、今度は迂闊なことは出来ない。

 兄として、ものすごく責任を感じているのだ。

 軽くパニック状態の俺と比べ、ソフィは落ち着いている。氷の貴婦人の名を返上したかのような、華やかな笑顔を浮かべ、それはそれは艶やかだ。

 そして、ふとした瞬間に、また氷の貴婦人の顔に戻る。なんとなく人間離れした、半分違う世界に身を置いているような、不安定な雰囲気。

 その不思議な揺らぎが男にはたまらない。

 そう思っていたら、その効果は女性にも有効だったようで、女性がわんさかと妹の周りを取り囲むようになっていた。

 男達はその円の外側を囲んでいる。
 まるで円舞を踊っているかのようだ。
 そして円の中心はソフィ。 と、俺か父だ。

 他の奴には任せられない。だがいつまでもそういうわけにもいかない。

 隣に立つソフィに小声で問いかけた。

「なあ、誰か気に入った男はいるのか?」

「まだ考えていないわ」


 そうする内に、一人がこちらに向かってきた。我も我もと、その後ろに続いてこちらに向かってくる。

 うんざりしながら待っていると、この夜会の主催者、モートン侯爵がやってきて、俺達を救い出してくれた。

 主催者への挨拶は大切だもの。割り込んで揉めるなんてことは起こらない。

 それだけ、いつもは揉めているのだ。
 話しかけたい男同士の揉め事や、男を追い払おうとする女達、対、男達。

 それが最近の夜会の華でもある。

「今夜もお美しいですな。ソフィ嬢。
 楽しんでいってください」

 そう言うと息子を紹介してくれた。俺より5歳下のニコラスだ。年が離れているので、一緒に遊んだことはないが、評判がいいと聞いている。

 しかしなあ。
 彼の表情は、ソフィにぞっこんです、とデカデカと書かれているような、うわずったものだった。

 父親である侯爵も、軽く背を叩き、しゃんとしなさい、と叱っている。

 ピシっと姿勢を正し、貴族子弟らしい様子を取り戻してから、自己紹介をして、ソフィの手を取り口元へ持って行く。
 軽く唇を近付け、顔をあげるとブワっと真っ赤になった。

 ソフィはあの曖昧な冷たい表情をしている。
 すっと彼の顔を見ると、彼女は精霊から人間に戻ったかのような、目覚ましい変化を見せた。

「まあ、真っ赤ですわ。大丈夫?」

 そう言って軽やかに、艶やかに笑った。兄ながら見とれてしまったので、侯爵親子はノックアウトだな。

 そう思っていたら、急に子息が喋り始めた。ソフィの両手を握ったままだ。

「僕と。結婚してください」

 大きな声で言い切り、そこから延々と十数分しゃべり続けた。

 始めましての挨拶の次の言葉が、プロポーズだって!

 真っ赤な顔のまま、必死で喋っている。
 侯爵が、肩を軽く揺すって止めようとしているが、全く気がつかない様子だ。

「おい、ちょっと落ち着け。いきなりそれは失礼だろう。聞こえているか?」

 いいや、全く聞こえていないだろう。


 ソフィは、始めポカンとしていたが、次第にニコニコと笑顔になっていった。

「面白い方ね」

 彼がやっと正気を取り戻した頃、彼女は頷いた。

「ソフィ、そんなに簡単に決めていいのか?」

「いいのよ。こんなに一生懸命な目で私を見つめてくれたのは、彼が初めてだもの」

 確かに、こいつはソフィを思いっきり、大事にしてくれそうだ。

 モテすぎて、女性をどこか軽く扱うようになっていたアトレーを思い出して、納得してしまった。
 きっと、ソフィはこんな風に、熱く見つめられた事がなかったのだろう。幸せな婚約者時代にも。

 この夜の出来事はすぐに知れ渡っていった。

 その日の深夜、パブで愚痴を言い合う、男達の姿があった。

「彼女のあの表情を目の前で見せられたら、俺だってその場でプロポーズしたさ。
 自信があるね。絶対していたとも」

「あいつ、ずるいよ。タイミングが良かっただけじゃないか」

 その言葉に他の男達も賛同し、いつしか、ずるいコールが始まった。

 子供みたいだって?

 男なんてこんなものさ。
 実は俺もそこに混じっていた。

 なんだかやりきれなかった。
 アトレーよ。お前はダイヤモンドを捨てて、石ころを拾った。

 ダイヤだと気付き、熱く見詰めた時には、ソフィは背中しか見せなくなっていた。そして彼女は二度と振り向かなかった。

 バカなやつ。

 ずるいコールの中に、俺のバカヤローが混じった。



感想 269

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

捨てたはずの妻が、最強の後ろ盾でした〜離縁した途端に冷酷公爵が執着してきますが、彼女は隣国で全てを掌握していました〜

まさき
恋愛
あらすじ 四年間、形だけの結婚。 公爵レオンに愛されることなく、“都合のいい妻”として扱われてきたエリシア。 消えていく手紙、義家の侮辱、そして夫の想い人の噂。 すべてに疲れた彼女は、静かに離縁状を差し出し、屋敷を去る。 ――これで終わるはずだった。 だがその日から、無関心だったはずのレオンが豹変する。 彼女の行方を追い、関わった者を徹底的に排除し始めたのだ。 一方エリシアは隣国へ渡り、封じていた“本来の力”を解放する。 それは王家すら無視できない影響力―― 国を動かすほどの「後ろ盾」としての価値だった。 彼女を軽んじた者たちは次々と立場を失い、 ようやくレオンも気づく。 自分が捨てたのは、ただの妻ではなく―― すべてを支配できる存在だったことに。 「戻れ。今度は、お前を手放さない」 けれど彼女は振り返らない。 これは、失ってから執着する男と、 もう二度と選ばない女の、遅すぎた後悔の物語。

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

忘れて幸せになってください。〜冷酷な妻として追い出せれましたが、貴方の呪いは私が肩代わりしていました〜

しょくぱん
恋愛
「君のような冷酷な女は知らない」――英雄と称えられる公爵夫人のエルゼは、魔王の呪いを受けた夫・アルフレートに離縁を突きつけられる。 しかし、夫が正気を保っているのは、エルゼが『代償魔導』で彼の呪いと苦痛をすべて肩代わりしていたからだった。 ボロボロの体で城を追われるエルゼ。記憶を失い、偽りの聖女と愛を囁く夫。 だが、彼女が離れた瞬間、夫に「真実の代償」が襲いかかる。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))