氷の貴婦人

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アトレーの家族たち

家族の解体

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 グレッグが邸に戻ると、宵っ張りの貴族らしく、皆はまだ起きていた。

 サロンで談笑する家族の中に、マーシャもいた。子供達は部屋にいなかったので、早速これは一体どういうことかと、全員に向かって聞いた。

 母親が取りなすように、グレッグに説明してくれた。

「ゲート家がこの人達を家に入れてくれなかったって聞いたわ。せっかく出てきたのにひどいじゃあないの。子供達もいるのに。
 マーシャが泣きながら家の門の前に馬車を止めたのよ。その状態で拒否できるはずはないでしょう」

 グレッグは、マーシャの顔を睨みつけた。

「お前は、ここで何をしているんだ」

「何って、赴任準備よ。妻の仕事ですもの。当たり前じゃあないの」

「商人を山程呼んでいるって?その金はどこから出ている」

「それは、アトレーに付けているわよ。私はお金を持っていないもの」

 グレッグは母親の方を向いた。

「今から買った物を確認します。手伝ってください。返せるものは全て返品します」

 母はおろおろしている。

「どういうこと?一体何なの?
 今回はおめでたい事だし、妻のマーシャがこちらで準備をするのは当然でしょ。
 ゲート伯爵家もあなたも、態度がおかしいわ」

「この女、子供の相続財産をギャンブルと男につぎ込んだんだ。明日離婚の手続きをする。違うなら言ってみろ。グレアムが使った金額の概算も吐いているぞ」

 さすがにマーシャがうろたえた。

「ひどいわ。投資に失敗しただけよ。これからまた稼げるじゃないの」

「男は?」

「アトレーが全く構ってくれないから悪いのよ」

「お前は屋敷の管理を放り出して、遊び暮らしていたそうだな。間男を夫だと周囲に言って回っていた。どの一つをとっても、離婚には十分すぎるよ」

 ずっと黙っていた父がマーシャに声を掛けた。

「お前の言葉に騙された自分が恥ずかしいよ。孫かわいさに、目が曇った」

「孫の一人はザカリーの子ですから、そう承知してください」

 えっと言ったまま、母が口を手で押さえて、床に座り込んだ。父が手を貸して立ち上がらせている。両親が急にしぼんで見えた。

 グレッグは両親に向かってメアリーの事を話した。
 そして、もしサウザン子爵家がメアリーを受け入れない場合、家で引き取ることは出来るかと聞いた。

 父と母はしばらく話し合い、家で引き取って育てると言ってくれた。
 これで、どちらに転ぼうと、メアリーの行く末は大丈夫そうだ。
 それと共に、もしサウザン子爵家に行く場合は、マーシャが使い込んだ分の補填は、ランス家で持つことに決めた。

 
「今回は、こちらからゲート家に謝らないといけないな」

「明日、話を付けましょう。まずは離婚です」

 グレッグはマーシャの方を向いた。

「マーシャ、お前をどうしたらいいのかわからない。離婚後、どんな風に生きていくつもりなんだ?」

「どうって、都会で華やかに貴族として暮らしたいわ。離婚なんて嫌よ。やっと理想の暮らしが手に入ったのに」

「甘えるな。家出、不義の子、家政放棄、ギャンブル、間男、身分詐称、財産横領、ここまで出揃っていてどの口が言う。不良債権のお前を、抱え込んでいこうとしたアトレーも、子供の財産に手を出したことで踏ん切りが付いたらしい。
 元々たった一度の関係で責任を取っただけの仲だ」


 母が力なく聞いた。

「二人は深い仲だったのでしょ。たった一度の責任だなんて、そんな」

「あの一回以外、今も昔もほとんど接点無しだそうだ。そうなんだろ、マーシャ」

 ふん、と鼻を鳴らしてマーシャが答えた。

「だって、生涯私を愛すと言ったのは彼よ。責任取ってもらわなきゃ」


 母が泣きながら、マーシャの体をゆすぶった。

「馬鹿な子、何て愚かであさましいの。彼を愛してもいないのね。あなたをどうしたらいいの」

 父が溜息交じりで提案した。

「それならそれなりの相手を紹介しようか。変わり者の貴族で、社交界から遠ざかっている男は何人か知っている。そういう男に縁付かせるのが一番かもしれない。愛人でもいいだろう?」

 マーシャが、目を剥いた。思わずという感じで、父の腕にすがりついた。

「ひどい、愛人だなんて。私は貴族のレディよ。冗談じゃあ無いわ」

 父は淡々と言った。

「レディにはレディの資格が必要だ。
 何人かに話を持ち掛けてみよう。愛人では無く、後妻で引き受けてくれる者がいれば、それで決めていいな」

「嘘でしょう。子供たちは?」

「そんな家に子供はやれない。お前だけだ。子供は家で引き取る」

 グレッグは、パンパンと手を叩き、この話に幕を引いた。

「それで進めよう。まずは買った物の整理だ」

 母がゆらりと立ち上がった。



 次の日、ゲート伯爵家から連絡が届いた。両家で話し合いをしたいと。

 今回はランス伯爵家の有責だった。もう、こんなことは最後にしようと両親とグレッグは決めた。

 ゲート伯爵家での話し合いは淡々と進んだ。アトレーとグレッグの間で話が付いているし、両家共、今後の方針を決めている。

 まずは離婚の書類を作成し、マーシャからは子供の親権も取り上げ、接近も禁止とした。

 メアリーはサウザン子爵家が断れば、ランス伯爵家で養子にすることが決まった。

 マックスは初めアトレーが赴任先に連れて行くと言ったが、すぐには無理があるので、ランス家で生活することになった。

 キースがゲート伯爵夫妻の養子となり、アトレーが籍を抜き、ハリル子爵の爵位を継いだことも告げられた。
 マックスは将来、この子爵位と今からアトレーが築く財産を相続する。

 ランス家の面々はうなだれた。
 そこまでマーシャの係累を退けようとしたのだ。アトレーごと縁を切るほどに。そしてそれはランス家も納得できることだった。

 ランス家からもマーシャの今後についての話をした。後妻か、それに準ずる立場での受け入れ先を探す。ランス家との縁を切り、子供を持たない、社交界にも出ない条件を飲む相手だ。

 それ以外は婚家に任せる。

 マーシャがひどすぎる、子供にも会えないなんてと泣き出したが、自分から捨てたも同然だ、やかましいと父から一喝された。

 後は子供二人に話をするだけだが、メアリーの件が決まるまで保留することになった。

 全ては両家の間で素早く密やかに執り行なわれた。

 マーシャはランス家の持つこじんまりした別邸に、侍女二人と、侍従、護衛を付けて滞在することになった。監視付きの生活になる。

 マーシャが購入した無駄な贅沢品は、全て手違いだったとして、キャンセル、返品された。


 しばらく後にサウザン子爵家から、メアリーを引き取ることを前向きに考えたいとの連絡が届き、両親と夫婦の4人がやってきた。
 顔合わせは非常にうまく行き、サウザン子爵家が彼女を引き取ることが決まった。
 奥方はメアリーに似た感じの女性で、大人し気な人だった。彼女は、すぐにメアリーの手をしっかりと握った。
 5人で並んでいると、始めから家族だったように、何の違和感もなく見えた。

 立ち会ったゲート伯爵夫妻も納得し、安心したのだった。

 ゲート家にとっても、ランス家にとっても、縁の薄い孫だったが、幸せになって欲しいと願った。
 両家から、いくらかの資産を持たせ、迎えに来たザカリーに彼女を託し、遠くなる馬車をひっそりと見送った。

 マーシャは素行不良で社交界から遠ざけられている、裕福な貴族の後妻に収まることが決まった。
 三つの縁を父親が持ち込んだが、彼女が選んだのは、父から見ると一番問題のあるものだった。

 自分で選んだのだし、今まで良かれと思ったことは、全て悪い方に転んでいる。いっそ、この方が幸せになれるのかもしれない。そう考えることにした。

 マックスにはランス伯爵夫妻が話をした。両親の離婚と、母親の再婚と別離。妹は本当の父親の家に引き取られ、そしてマックスはこの家で暮らすことになる。

 その話をマックスは冷静に聞いていた。

「もう少し大きくなって、アトレーがあちらの国で落ち着いたら、赴任先に行くのも自由だ。だが最低1年ほどはこちらで暮らすことになる。どうだろうか」

「はい、こちらで暮らしたいです」

 夫人が心配そうに聞いた。

「そうなの。両親と離れて寂しくはない?」

「母も父もあまりかまってくれなかったし、別にいいです。それより、早く学校に行きたいです」

「ああ、学校か。学力をまずは確認しないとな。こちらに慣れて、勉強も追いついたら、入学するのもいいね」

 母は嬉しそうなマックスを見て微笑んだ。やはり子供だわ。緊張が解けて、明るい気持ちになっていった。

「お友達が欲しいのね?」

「はい。僕も王太子殿下と友達になりたいです」

「なぜ、王太子殿下なの?」

「キースみたいに王宮に遊びに行くようになりたいと思って」

 嬉しそうに笑いながら話すマックスに、マーシャが重なった。

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