氷の貴婦人

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第四章 マックスの学園生活

モートン侯爵家の子供達

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 ランス家への挨拶を終え、キースのいるゲート家の方に向かっている途中、ニコラスは、出がけにソフィに頼まれた事を思い出していた。

「マックスを見て、子供達と交流させても大丈夫そうか判断してくださる?
 兄からの話を聞くところでは、姉の困った性格を受け継いでいるらしいのよ。それだと、慎重に見ていく必要があるわ」

「わかった。大丈夫そうなら紹介してもいいね。
 マックスがキースに近い場所で生活するなら、この先、顔を合わせないではいられないよ。どうせなら、なるべく楽しい場で初対面を済ませたいね。体育祭はいい機会だと思うよ」

 今日の午前中、マックスをずっと見ていた。かなりキースを意識している様子が伺えたが、それ以外は普通の十三歳の少年だった。
 騎馬戦では、じっくり考えて果敢に行動するタイプに見えた。頭も運動神経も悪くない。容姿はもちろん最高級品で、羨ましいくらいだ。
 キースの天真爛漫な明るさは無いが、別の魅力があると思う。

 ただ、マーシャに似た性格というのは、確かに怖い。
 付き合いが無いので、聞いた話から想像するに、あの義姉の行動は防ぎようがないのだ。普通の人間が考える枠を超え、斜め方向に動く。
 本能か衝動まかせか分からないが、それの予測が付かない。

 今のマックスはなんとなくわかる分、大丈夫な気がする。頭がいい分、常識に沿って考えるから、周囲の目も考えるし、保身もする。理解も予測もできると思う。


 彼に子供達を紹介したら、娘たちが混乱したようだった。気持ちはわかる。
 全く同じ容姿で、中身が違うのだ。キースを慕っている分、変な気分になるだろう。
 娘たちのキースへの入れ込みようはすさまじい。リデル王女と三人で、相変わらず、同年代からもっと年上まで、キースに近付く女の子たちを蹴散らしている。

 この先、マックスにも懐くのだろうか。ハーレイはうれしそうだった。きれいな兄様が二人に増えた、というところだろう。

 前方では、ゲート伯爵達がキースに最高級の笑顔を向けていた。それはそうだろう。自慢の孫、いや、今では息子だ。
 僕だって、彼の事は自慢だ。自慢の......何だろう。関係を口にするとややこしいけれど、実は息子のように思っている。
 彼の目はソフィの目だ。その目が、彼を他人とは思えなくする。
 ソフィを愛しているから、彼の事も愛してしまう。そして、それはとても幸運なことだと思う。

 ゲート伯爵がこちらを見て手を挙げた。
 子供たちが三人で駆けだした。そのままキースに飛びついて行く。大変だろうな、キース。
 今日は、王女がいない分ましだけど。

 まずはハーレイを引きはがした。娘たちは本気で怒るので、手出しできなくなってきた。ハーレイはバタバタしているが、まだ女の子達よりは大人しい。

 だけど、泣くんだよな。ごめんね。ハーレイ。

 すると、二人を引きはがして、キースがやって来た。ハーレイを抱き上げて、くるくる回して遊んでくれる。
 キースの言うことには娘達も従うのだ。父は悲しい。

「いま、マックスに挨拶してきました。容姿は良く似ているけど、雰囲気は違いますね」

「ああ、そうでしょう。似ている分違いが際立つのでしょうね。お子さん達を彼と交流させるのですか?」

 お気を遣わず、普通に話してくださいねと添えて、言った。

「ソフィが、今日、僕に判断を任せてくれたんです」

 キースがぴくっとした。聞き耳を立てているのが分かる。

「彼の様子を見て、大丈夫そうなら子供達を紹介することになっていました。僕は、大丈夫だと思ったので。
 この先どのくらいの付き合い方になるかは、子供達次第ですね」

 マリベルが困ったような顔で言った。
「キースお兄様と似ているのに全然違うから困ったのよ。ね、ルース」

「ええ、どう振る舞ったらいいかわからなかったの。どう呼べばいいかもわからないし」

「大丈夫だよ。
 堅苦しく考えることは無いよ。君達の従兄だから、マックスお兄様と呼べばいいかな.
  これからはパーティなどで会うことがあるだろう。」

 キースが近付いて来た。

「僕と全然違うってどこが?よく似ていると思うけど」

 マリベルとルースが首を振った。

「違うわよ。お兄様ったら、どこを見てそんな事を言っているの?」

 そこにリデル王女とジョン王子が来た。リデル王女の方が小走りでジョン王子の前に出ている。いつも通り。

「キース様。さっきは凄く素敵でした。私もう、ハラハラしてしまって。お兄様が早く落馬するよう祈っていたんです」

 ひどい、とジョン王太子がつぶやいたが、女の子達は頷き、完全に無視されている。

「リデル様は、マックスお兄様とキースお兄様が似ていると思いますか?」

「いいえ、全然違うわよ。なぜ?」

 ええ? と言ってキースがジョン王太子の方を見ると、彼は笑いながら言う。

「キースの方がかわいいよ」

 キースがぷくーっと頬を膨らませた。リスみたいでかわいい。
 あのほっぺをつつきたいなあ。そう思ったら、皆もそうだったようだ。

 ゲート伯爵夫人が、キースの頬を手で挟んで、ふくれっ面しないの、と言っている。女の子三人と、ジョン王太子は不服そうだ。

 そろそろ観覧席に戻ろうと、子供達に促した。ハーレイがまだシャツの裾を掴んでいたが、来週遊びに行くよとキースが言うと、素直に手を離した。
 娘たちが喜び、王女が、私も行くと言っている。ついでに?王太子殿下が、僕もと言い出した。

 帰宅したら、ソフィに話してあげることがたくさんできた。
 関係が深い人間たちには、二人の違いが良くわかるようだ。どちらがいいとかではなく、単純に違う。当たり前だが、ほっとする事実だった。



 午後の部が始まるので、生徒たちが各チームの控え席に帰って来た。
 午後は、馬の障害物競技だ。

 出場選手が一人ずつ走り、タイムと障害物のポイントで競う。障害物に足を引っかけたりして失敗すると、その分点数がマイナスされて行く仕組みだ。

 これに出場するのは、各寮から五名ずつ。

 選手がまた、厩舎から各自の馬を連れて、障害物競技用に整えられたフィールドの外に集まり始めた。

 競技前にコースの説明と、規定タイムが発表された。これを超えると減点される。
 障害物の落下での減点-4点、馬が飛ぶのを拒否した場合の減点-4点、これを三回したら失格。

 大人の大会と比べるとだいぶ甘いコース設定で、障害物も低めになっている。
 障害物の練習は、学園では少ししかしないので、出場するのは馬術部に在籍している生徒と、家かどこかで習っている生徒ばかりになる。

 ほとんどの生徒にとっては、午前中が体育祭のメインで、午後は気楽な見物なのだ。
 だから、雰囲気もまったりのんびりしていて、午前中のような熱狂は無い。

 出場する選手十五名だけが、緊張して、その場に集まっている。
 その十五名の中に、キースとマックスがいた。もちろんジョン王太子もいる。

 競技用の馬は、あらかじめ選手毎に登録されている。自分の馬を持って来ている選手もいるし、学園の馬を借りる選手もいる。馬術部の生徒は学園の馬を使うことが多く、キースもそうだ。

 マックスは領地で乗っていた馬を連れてきているので、その馬で出場する。

 全員が馬術競技用の乗馬服と革のロングブーツと帽子という姿で、騎馬戦の時とは違うノーブルな雰囲気を醸し出している。
 十五名を見つめる観客の視線は熱かった。


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