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カシアス 2
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レティシアに会いにいくと同じクラスのミリアベルを見かけることがある。彼女は友人のイリアベル・クフェア侯爵令嬢と楽しそうに笑っていて。その顔を見るたびに「なぜ自分を無視してそんな楽しそうにしているんだ!」と罵りたくなる。
頑なに自分を無視するミリアベルがだんだんと憎らしくなり、いつも優しく寄り添ってくれるレティシアと過ごす時間が増えていった。
それを微笑ましく見ていたロゼリアはカシアスをそっと呼び出してささやいた。
「カシアス、レティはずっとあなたのことが好きなの。それにあなたたちはとってもお似合いよ」
愛らしいレティシアが自分を好いている、という言葉にカシアスの心は甘く蕩けていった。
レティシアは元々きれいな少女だったが。離れていた2年の間に健康になり自信をつけた彼女は花が咲くように美しい女性になりつつあった。そんな彼女はたくさんの男性たちから向けられる熱い視線を気にせず自分だけを慕っている。カシアスは心が満たされていくのを感じた。
それからはレティシアを女性として意識するようになり、彼女の一挙一動にときめく心のまま優しい言葉をかけるようになった。
幸せな時間を過ごしていたある日。カシアスは険しい顔をした両親に呼び出された。
「カシアス、アベリア嬢と恋仲だと噂になっているようだな。ミリアベル嬢とはどうなっているんだ?」
父のカシアスの態度を咎める言葉にミリアベルが告げ口をしたのかと疑う。それを見透かしたように母が厳しい声で否定した。
「ミリアベルは一切関係ありません、私がお茶会で聞いたことです。それで、アベリア嬢のことはどう思っているのですか?」
「……レティに恋をしているのは本当です。でも、私の婚約者はミリアベルです。今は私よりもくだらない噂を信じて怒って口を利いてくれませんが。いずれはわかってくれるでしょうし、そうなったらまた婚約者として付き合います」
「そう、それがあなたの答えなのですね。……あなた、あの話を進めてください」
「ああ、わかった。カシアス、アベリア侯爵家からレティシア嬢とおまえとの婚約の打診がきている。この話を進めてもいいな?」
(レティと婚約? 父上も母上もレティを認めてくれたのか)
婚約と言う言葉にカシアスの胸が高鳴る。レティシアは努力家だし周りからも好かれている。愛らしく素直な彼女ならば疑り深いミリアベルのように面倒なことにならないし、周りにも婚約者としてすぐに認められるだろう。
しかし、このまま婚約すれば噂を信じてヘソを曲げてしまったミリアベルがレティシアに嫉妬して嫌がらせをするかもしれない。それに今は険悪な仲だが優秀で気の合う彼女とは今後も3人で仲良くしていきたい。
カシアスは慎重に答えた。
「わかりました、レティと婚約します。ただ、すぐにミリアベルと婚約解消をするとショックを受けると思います。ミリアベルにはレティとの婚約が正式に整ってから2人で報告しに行きますので、それまでミリアベルとエキザカム伯爵家にはこのことを伝えないでください」
「おまえはどこまで愚かなのですかっ。おまえのせいで迷惑をかけたエキザカム嬢との婚約はすぐに解消します! 今からおまえとエキザカム嬢は何の関わりもない他人です。例え顔を合わせることがあっても関わらないように、いいですね!」
「はあ、おまえの意思は十分すぎるほどわかった。エキザカム家との婚約解消の手続きは私が済ませておく、おまえはもう何もするな。……私たちも周りの人間もこれがおまえが選んだことなのだと信じている。今度は上手くやれ」
母は肝が冷えるような恐ろしい声でカシアスを罵倒し、父はなぜか憐れむような表情を浮かべた。
カシアスはやけに婚約解消にこだわる両親に不安を感じたが、その後もミリアベルが2年も婚約していた自分への別れの挨拶なども含めて何も言ってこないのを見て、彼女か伯爵家が優良物件の自分とキオザリス侯爵家との婚約解消を渋っているのだろうと安心した。
ミリアベルをかわいがっていた母と兄を中心になぜか家中の人間からぎこちない態度をとられるようになって居心地の悪さを感じることもあったが。婚約が決まったと知って喜ぶレティシアと楽しく過ごしているうちに忘れていった。
そんな幸せな日々が崩れさったのは、レティシアと街を歩いている時に偶然ミリアベルと見知らぬ男がいるのを見た時だった。
自分とまだ婚約しているにもかかわらずミリアベルは男に見たこともないような幸せそうな笑みを浮かべていて。思わずかっとなって怒鳴りこむと敵意のこもったまなざしを向けてきた。その表情は最近カシアスをいない者のように扱う冷ややかな母を思わせるもので。カシアスは焦りを感じてミリアベルを説得した。
しかし、彼女は深い怒りのこもった声で「1月前に婚約を解消した」「話を聞いてくれないカシアスが嫌だった」と言い、最後にカシアスの心を深くえぐる一言を放った。
「今さらあなたがどう思っていようと知りたくもない。大嫌い」と。
*****
その後、カシアスは家に戻るまでの記憶がない。
自室でようやく我に返ったカシアスは父の元へ押しかけて「なぜ私に黙って勝手に婚約を解消したのですか」とくってかかった。しかし、父は呆れたように深くため息をついた。
「今さら何を言っているのだ。以前にも言ったがおまえがレティシア嬢と婚約を望んだ時点で婚約は解消した。
こちらの都合で他家の令嬢と婚約を結ぶのだから、エキザカム伯爵家とは速やかに婚約を解消するのは当たり前だろう。幸いなことにあちらも望んでいるとのことで穏便に婚約を解消していただいた。
それに、おまえはまだ婚約している時からエキザカム嬢を嫌って遠ざけ、社交界でも知れ渡るぐらいにレティシア嬢と仲睦まじく過ごしていたのだろう。そこまで望むのならばとアベリア侯爵と話しあって愛するレティシア嬢と婚約を結んでやったのだ。多大な苦労をかけた上に大人しく身を引いてくれたエキザカム嬢に感謝して、もう彼女と関わるなよ」
「嫌ってなどいません! あれはミリアベルがすねて私を無視していたから私も様子を見ていたのです! レティを愛してるのは間違いありませんが、ミリアベルだって大事な人です!!」
カシアスの訴えに父はおぞましいものを見るような目を向けた。
「黙れ、おまえの見苦しい言い訳は聞かん。いいか、おまえはアベリア侯爵家のレティシア嬢を望み、周りを説得して穏便に婚約した。何があろうとこれからはそう振るまえ。
……おまえの尻拭いをするのはこれまでだ。今度はきちんと婚約者のレティシア嬢を大事にし、無関係のエキザカム嬢には2度と会うな」
侯爵として反論を許さない重々しい声で命じた父は、その言葉通り何とか話をしようとするカシアスに見張りをつけてミリアベルに近づけないようにした。レティシアもまた「ミリアベル様が無視する」と愚痴をこぼすようになった。
そうしているうちに、なぜか2人のクラスメイトを中心にレティシアとカシアスを冷ややかな目で見る生徒たちが増えていき。カシアスは「最近友だちが冷たい」と嘆くレティシアを慰めるのに手いっぱいになった。
(きっと嫉妬したミリアベルのせいだ)
幸せそうに笑っていたミリアベルに恨みと切なさがこみあげてくるのを感じた。
頑なに自分を無視するミリアベルがだんだんと憎らしくなり、いつも優しく寄り添ってくれるレティシアと過ごす時間が増えていった。
それを微笑ましく見ていたロゼリアはカシアスをそっと呼び出してささやいた。
「カシアス、レティはずっとあなたのことが好きなの。それにあなたたちはとってもお似合いよ」
愛らしいレティシアが自分を好いている、という言葉にカシアスの心は甘く蕩けていった。
レティシアは元々きれいな少女だったが。離れていた2年の間に健康になり自信をつけた彼女は花が咲くように美しい女性になりつつあった。そんな彼女はたくさんの男性たちから向けられる熱い視線を気にせず自分だけを慕っている。カシアスは心が満たされていくのを感じた。
それからはレティシアを女性として意識するようになり、彼女の一挙一動にときめく心のまま優しい言葉をかけるようになった。
幸せな時間を過ごしていたある日。カシアスは険しい顔をした両親に呼び出された。
「カシアス、アベリア嬢と恋仲だと噂になっているようだな。ミリアベル嬢とはどうなっているんだ?」
父のカシアスの態度を咎める言葉にミリアベルが告げ口をしたのかと疑う。それを見透かしたように母が厳しい声で否定した。
「ミリアベルは一切関係ありません、私がお茶会で聞いたことです。それで、アベリア嬢のことはどう思っているのですか?」
「……レティに恋をしているのは本当です。でも、私の婚約者はミリアベルです。今は私よりもくだらない噂を信じて怒って口を利いてくれませんが。いずれはわかってくれるでしょうし、そうなったらまた婚約者として付き合います」
「そう、それがあなたの答えなのですね。……あなた、あの話を進めてください」
「ああ、わかった。カシアス、アベリア侯爵家からレティシア嬢とおまえとの婚約の打診がきている。この話を進めてもいいな?」
(レティと婚約? 父上も母上もレティを認めてくれたのか)
婚約と言う言葉にカシアスの胸が高鳴る。レティシアは努力家だし周りからも好かれている。愛らしく素直な彼女ならば疑り深いミリアベルのように面倒なことにならないし、周りにも婚約者としてすぐに認められるだろう。
しかし、このまま婚約すれば噂を信じてヘソを曲げてしまったミリアベルがレティシアに嫉妬して嫌がらせをするかもしれない。それに今は険悪な仲だが優秀で気の合う彼女とは今後も3人で仲良くしていきたい。
カシアスは慎重に答えた。
「わかりました、レティと婚約します。ただ、すぐにミリアベルと婚約解消をするとショックを受けると思います。ミリアベルにはレティとの婚約が正式に整ってから2人で報告しに行きますので、それまでミリアベルとエキザカム伯爵家にはこのことを伝えないでください」
「おまえはどこまで愚かなのですかっ。おまえのせいで迷惑をかけたエキザカム嬢との婚約はすぐに解消します! 今からおまえとエキザカム嬢は何の関わりもない他人です。例え顔を合わせることがあっても関わらないように、いいですね!」
「はあ、おまえの意思は十分すぎるほどわかった。エキザカム家との婚約解消の手続きは私が済ませておく、おまえはもう何もするな。……私たちも周りの人間もこれがおまえが選んだことなのだと信じている。今度は上手くやれ」
母は肝が冷えるような恐ろしい声でカシアスを罵倒し、父はなぜか憐れむような表情を浮かべた。
カシアスはやけに婚約解消にこだわる両親に不安を感じたが、その後もミリアベルが2年も婚約していた自分への別れの挨拶なども含めて何も言ってこないのを見て、彼女か伯爵家が優良物件の自分とキオザリス侯爵家との婚約解消を渋っているのだろうと安心した。
ミリアベルをかわいがっていた母と兄を中心になぜか家中の人間からぎこちない態度をとられるようになって居心地の悪さを感じることもあったが。婚約が決まったと知って喜ぶレティシアと楽しく過ごしているうちに忘れていった。
そんな幸せな日々が崩れさったのは、レティシアと街を歩いている時に偶然ミリアベルと見知らぬ男がいるのを見た時だった。
自分とまだ婚約しているにもかかわらずミリアベルは男に見たこともないような幸せそうな笑みを浮かべていて。思わずかっとなって怒鳴りこむと敵意のこもったまなざしを向けてきた。その表情は最近カシアスをいない者のように扱う冷ややかな母を思わせるもので。カシアスは焦りを感じてミリアベルを説得した。
しかし、彼女は深い怒りのこもった声で「1月前に婚約を解消した」「話を聞いてくれないカシアスが嫌だった」と言い、最後にカシアスの心を深くえぐる一言を放った。
「今さらあなたがどう思っていようと知りたくもない。大嫌い」と。
*****
その後、カシアスは家に戻るまでの記憶がない。
自室でようやく我に返ったカシアスは父の元へ押しかけて「なぜ私に黙って勝手に婚約を解消したのですか」とくってかかった。しかし、父は呆れたように深くため息をついた。
「今さら何を言っているのだ。以前にも言ったがおまえがレティシア嬢と婚約を望んだ時点で婚約は解消した。
こちらの都合で他家の令嬢と婚約を結ぶのだから、エキザカム伯爵家とは速やかに婚約を解消するのは当たり前だろう。幸いなことにあちらも望んでいるとのことで穏便に婚約を解消していただいた。
それに、おまえはまだ婚約している時からエキザカム嬢を嫌って遠ざけ、社交界でも知れ渡るぐらいにレティシア嬢と仲睦まじく過ごしていたのだろう。そこまで望むのならばとアベリア侯爵と話しあって愛するレティシア嬢と婚約を結んでやったのだ。多大な苦労をかけた上に大人しく身を引いてくれたエキザカム嬢に感謝して、もう彼女と関わるなよ」
「嫌ってなどいません! あれはミリアベルがすねて私を無視していたから私も様子を見ていたのです! レティを愛してるのは間違いありませんが、ミリアベルだって大事な人です!!」
カシアスの訴えに父はおぞましいものを見るような目を向けた。
「黙れ、おまえの見苦しい言い訳は聞かん。いいか、おまえはアベリア侯爵家のレティシア嬢を望み、周りを説得して穏便に婚約した。何があろうとこれからはそう振るまえ。
……おまえの尻拭いをするのはこれまでだ。今度はきちんと婚約者のレティシア嬢を大事にし、無関係のエキザカム嬢には2度と会うな」
侯爵として反論を許さない重々しい声で命じた父は、その言葉通り何とか話をしようとするカシアスに見張りをつけてミリアベルに近づけないようにした。レティシアもまた「ミリアベル様が無視する」と愚痴をこぼすようになった。
そうしているうちに、なぜか2人のクラスメイトを中心にレティシアとカシアスを冷ややかな目で見る生徒たちが増えていき。カシアスは「最近友だちが冷たい」と嘆くレティシアを慰めるのに手いっぱいになった。
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