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「フィオナに伝えなくて良かったのか?」
「ああ。王家と公爵家の醜い争いなんざ、暇な貴族たちや王都の気取り屋たちには面白おかしく噂されていても、地方には伝わってこないさ。それにせっかくフィーが故郷に帰る気になったのに、わざわざ嫌なことを思い出させることはないだろ」
「ほう、わがままなおまえも”気遣い”ができるようになったのか。おまえに振りまわされている者たちが泣いて喜ぶだろうな」
付き合いの長い白猫の皮肉にシフレは「フィーは家族だからな」とそっぽを向いた。
精霊の血を引くシフレは自分でもうんざりするぐらい長生きな存在だ。年齢が3桁を超えるまでは師匠について魔術を学び独立してからは気ままに世界を渡り歩いていたが。いつまでも齢をとらず魔術を気軽に使いこなす自分はどうにも大半の人間にとっては良くも悪くも異質な存在らしく、噂を聞いてしつこく追ってくる欲深い人間たちに関わるのが面倒になった。そして、変わり者の国王と契約して国の隅っこに引きこもって、時折友人たちから持ち込まれる依頼を暇つぶしにこなしながらのんびりと過ごしていた。
そんなある日、友人から「久しぶりに治癒の魔力持ちが生まれた」と聞き見に行った。
噂に聞いた少女――オネットは数多の魔術師を見てきたシフレから見ても優秀な素質を持つ子どもだったが、その小さな身体は疲れきっていた。あっけなく命を落とす人間にとって”治癒”の力は自分たちを救う希少なもので、本来ならばその力を長く使えるように大事に守られているはずだ。それなのになぜ今にも死んでしまいそうなぐらい弱っているのか。
不思議に思ったシフレが尋ねるとオネットは「私はいざという時に治癒の力を使うための道具に生かされているの。こんな力大嫌い」と吐き捨てるように言った。そして、緑色の瞳に小さな光を灯してシフレを見つめた。
「ねえ、見慣れない魔術師さん。あなたならこの忌々しい治癒の力を捨てる方法をご存知かしら」
何も考えずにシフレが「さあ、思いつかないな」と答えると光が消えた。その心底がっかりした顔にさすがに良心が痛んで慌てて引き留めた。
「ちょっ、待て待て。俺はこう見えて世界中から依頼がくるすごい魔術師なんだ。わかった、お嬢ちゃんの悩みを解決してやるよ。詳しい話を聞かせてみな」
そうして2人の交流は始まった。
残念ながらオネットを囲い込む生家と王家の頑丈な檻から彼女を連れ出すこともできなかったが。オネットはシフレが人間の友人がたくさんいる魔術師の友人を真似て他愛のない話をしたり魔術を教えると目を輝かせて喜び、その人間らしい好奇心旺盛な姿と成長を見守るのがシフレの楽しみになっていった。
そして、ある時魔力を限界まで使ったことで魔力が枯れ果てた人間の話を知ったシフレはオネットに提案した。
――憎い力と一緒にいらない過去もまとめて捨ててしまえばいい、と。
オネットは自分を憎む公爵令嬢を利用して自分を縛る枷を捨てて自由になり修道院に入った。1人の人間として生きる彼女はとても幸せそうで、シフレも時折会いに行って違う世界に住む友人を見守っていた。
しかし、その楽しみはあっけなく奪われた。遠く離れた地にいたシフレが異変に気付いて駆けつけた時には何もかもが手遅れだった。それでも「シフレがいてくれて良かった」と微笑むオネットにシフレは自分が目を離したせいで辛い思いをさせたことを激しく後悔し、ようやっと気づいた。
――自分は友人と呼ぶオネットといるのが楽しくて、もっと一緒にいたかったのだ、と。
過去に戻ることに怯えるオネットを安心させるためにいつもの”シフレ”らしく振る舞い、時を戻って彼女を迎えに行った。そして、オネットを”今度こそ自由になれた”と安心させるために王太子と公爵令嬢と魔術誓約を結んで関わりを断たせた。
案の定、執念深い王太子はオネットに追っ手を差し向けてきたが。それを見越して追手を送り返し「これ以上手を出すな」と警告するとひとまずは大人しくなった。
そして、オネットを連れて長年住みついている隣国に移り住み、新しい人生を歩む記念にとフィオナと名前を変えた彼女とかつて見た”普通の人間のような生活”を始めた。
最初は遠慮がちだったフィオナは猫精霊のクリームやシフレのおせっかいな友人たちと交流するうちにいろんなことに興味を持ち、最近では近所のポーション屋で働きながら毎日忙しそうにしている。それに並行して家のことやシフレの生活のサポートもやってくれていて、クリームや友人曰く「外面詐欺で中身は究極のちゃらんぽらんなおまえに愛想を尽かさないどころかしっかり面倒も見てくれるなんて。フィオナは本当に優しくて良い子に育ったな」とまで言われたぐらいだ。
まあ、自分へのいわれのない悪口はともかく。活き活きとしたフィオナと一緒に過ごすのは楽しいし、久しぶりの人間の生活もなかなか面白い。これが人間と結婚した友人が言う”幸せ”というものなのかもしれない。
――だから、自分も勇気を出したフィオナを見習って”自分の幸せ”を叶えにいこう。
「クリーム、ちょっと出かけてくるわ。フィーには夕飯までには戻るって言っておいてくれ」
「わかった。……一応、言っておくが。周りに気づかれるような大事にするなよ? 王族の恨みを買うとしつこいぞ」
「ああ、もちろんだ。俺はフィオナが憧れる善良な魔術師だからな。ただ両方の望みを叶えてやるだけさ」
「良いこと思いついた」と言うとしかめっ面をするフィオナそっくりの目をした白猫の頭をわしわしと撫でると、シフレは転移魔術を発動した。
「ああ。王家と公爵家の醜い争いなんざ、暇な貴族たちや王都の気取り屋たちには面白おかしく噂されていても、地方には伝わってこないさ。それにせっかくフィーが故郷に帰る気になったのに、わざわざ嫌なことを思い出させることはないだろ」
「ほう、わがままなおまえも”気遣い”ができるようになったのか。おまえに振りまわされている者たちが泣いて喜ぶだろうな」
付き合いの長い白猫の皮肉にシフレは「フィーは家族だからな」とそっぽを向いた。
精霊の血を引くシフレは自分でもうんざりするぐらい長生きな存在だ。年齢が3桁を超えるまでは師匠について魔術を学び独立してからは気ままに世界を渡り歩いていたが。いつまでも齢をとらず魔術を気軽に使いこなす自分はどうにも大半の人間にとっては良くも悪くも異質な存在らしく、噂を聞いてしつこく追ってくる欲深い人間たちに関わるのが面倒になった。そして、変わり者の国王と契約して国の隅っこに引きこもって、時折友人たちから持ち込まれる依頼を暇つぶしにこなしながらのんびりと過ごしていた。
そんなある日、友人から「久しぶりに治癒の魔力持ちが生まれた」と聞き見に行った。
噂に聞いた少女――オネットは数多の魔術師を見てきたシフレから見ても優秀な素質を持つ子どもだったが、その小さな身体は疲れきっていた。あっけなく命を落とす人間にとって”治癒”の力は自分たちを救う希少なもので、本来ならばその力を長く使えるように大事に守られているはずだ。それなのになぜ今にも死んでしまいそうなぐらい弱っているのか。
不思議に思ったシフレが尋ねるとオネットは「私はいざという時に治癒の力を使うための道具に生かされているの。こんな力大嫌い」と吐き捨てるように言った。そして、緑色の瞳に小さな光を灯してシフレを見つめた。
「ねえ、見慣れない魔術師さん。あなたならこの忌々しい治癒の力を捨てる方法をご存知かしら」
何も考えずにシフレが「さあ、思いつかないな」と答えると光が消えた。その心底がっかりした顔にさすがに良心が痛んで慌てて引き留めた。
「ちょっ、待て待て。俺はこう見えて世界中から依頼がくるすごい魔術師なんだ。わかった、お嬢ちゃんの悩みを解決してやるよ。詳しい話を聞かせてみな」
そうして2人の交流は始まった。
残念ながらオネットを囲い込む生家と王家の頑丈な檻から彼女を連れ出すこともできなかったが。オネットはシフレが人間の友人がたくさんいる魔術師の友人を真似て他愛のない話をしたり魔術を教えると目を輝かせて喜び、その人間らしい好奇心旺盛な姿と成長を見守るのがシフレの楽しみになっていった。
そして、ある時魔力を限界まで使ったことで魔力が枯れ果てた人間の話を知ったシフレはオネットに提案した。
――憎い力と一緒にいらない過去もまとめて捨ててしまえばいい、と。
オネットは自分を憎む公爵令嬢を利用して自分を縛る枷を捨てて自由になり修道院に入った。1人の人間として生きる彼女はとても幸せそうで、シフレも時折会いに行って違う世界に住む友人を見守っていた。
しかし、その楽しみはあっけなく奪われた。遠く離れた地にいたシフレが異変に気付いて駆けつけた時には何もかもが手遅れだった。それでも「シフレがいてくれて良かった」と微笑むオネットにシフレは自分が目を離したせいで辛い思いをさせたことを激しく後悔し、ようやっと気づいた。
――自分は友人と呼ぶオネットといるのが楽しくて、もっと一緒にいたかったのだ、と。
過去に戻ることに怯えるオネットを安心させるためにいつもの”シフレ”らしく振る舞い、時を戻って彼女を迎えに行った。そして、オネットを”今度こそ自由になれた”と安心させるために王太子と公爵令嬢と魔術誓約を結んで関わりを断たせた。
案の定、執念深い王太子はオネットに追っ手を差し向けてきたが。それを見越して追手を送り返し「これ以上手を出すな」と警告するとひとまずは大人しくなった。
そして、オネットを連れて長年住みついている隣国に移り住み、新しい人生を歩む記念にとフィオナと名前を変えた彼女とかつて見た”普通の人間のような生活”を始めた。
最初は遠慮がちだったフィオナは猫精霊のクリームやシフレのおせっかいな友人たちと交流するうちにいろんなことに興味を持ち、最近では近所のポーション屋で働きながら毎日忙しそうにしている。それに並行して家のことやシフレの生活のサポートもやってくれていて、クリームや友人曰く「外面詐欺で中身は究極のちゃらんぽらんなおまえに愛想を尽かさないどころかしっかり面倒も見てくれるなんて。フィオナは本当に優しくて良い子に育ったな」とまで言われたぐらいだ。
まあ、自分へのいわれのない悪口はともかく。活き活きとしたフィオナと一緒に過ごすのは楽しいし、久しぶりの人間の生活もなかなか面白い。これが人間と結婚した友人が言う”幸せ”というものなのかもしれない。
――だから、自分も勇気を出したフィオナを見習って”自分の幸せ”を叶えにいこう。
「クリーム、ちょっと出かけてくるわ。フィーには夕飯までには戻るって言っておいてくれ」
「わかった。……一応、言っておくが。周りに気づかれるような大事にするなよ? 王族の恨みを買うとしつこいぞ」
「ああ、もちろんだ。俺はフィオナが憧れる善良な魔術師だからな。ただ両方の望みを叶えてやるだけさ」
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