君たちの幸せを願っている

木蓮

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 明後日から冬期休暇に入る学園ではあちこちで生徒たちが集まって話に花を咲かせている。エリンもまたクラブメンバーたちとお茶会を楽しんでいる。

「今年の冬は彼の家で過ごすの。彼の一家は音楽が好きだから、年越しのパーティーに楽団を招くのですって。今から楽しみだわ」
「まあ、素敵ね。私は彼を招いておじいさまの家で過ごすわ。今年は親戚が全員集まるからいつもよりも盛大に祝うのですって。でも、お調子者のいとこたちがはりきり過ぎて何かしでかさないかはらはらするわ」
「ふふ、ゆっくり冬期休暇を楽しむのもにぎやかに過ごすのも素敵ね。エリンはどうするの?」
「私は王都に残るわ。その、久しぶりに会えるから一緒に街を歩こうと思って」
「まあ、素敵。婚約者様と過ごせて良かったわね」

 友人たちの温かいまなざしに最近婚約を結んだエリンは照れくさくなってへらりと笑った。
 エリンはノード男爵家の娘だ。大らかな両親は人懐っこい末娘を無理に貴族令嬢らしくすることもないとのびのびと育てた。エリンもまた今年入学する学園で気のあう人と出会えればいいなぐらいに考えていた。

 そのふわっとした将来はお茶会で出会った令息に一目惚れしたことであっさりと変わった。
 彼はカノン・ハノーヴァー伯爵令息。伯爵家の嫡男でエリンの1つ年下だ。会うたびに趣味の話で盛り上がり仲を深めていった2人はやがて婚約を望み、お互いの両親に願った。
 しかし、親たちは身分の差を理由に婚約を渋った。特に真剣なまなざしをしたハノーヴァー夫人は「伯爵家以上の貴族と下位貴族の生き方はまったく違う。あなたたちにそれを受けいれる覚悟があるのか」と、恋に浮かれて現実を見ていない2人の甘さを容赦なく指摘した。
 今までとはまったく異なる環境に嫁ぐ身のエリンは、重みのある夫人の言葉に自分の至らなさを感じて動揺したが、カノンが熱心に望んでくれたことで勇気をふるいたたせて願った。両親たちは2人の熱意に折れ
 ”2人が伯爵夫人が出す課題をこなし、1年後に婚約を結ぶ決意が変わらなかったから婚約を認める”
 と条件を出した。2人はその条件を受けいれた。そして、お互いを励ましあいながらこの1年間がんばり、両家から認められて婚約を結んだ。
 友人たちにおすすめのデートスポットを聞いていると、席を回っているクラブリーダーのフェリシティ・リース公爵令嬢がやってきた。

「ずいぶん楽しそうね、何のお話をしているの?」
「ごきげんよう、フェリシティ様。エリンが愛する婚約者様と過ごせて幸せいっぱいだからと、この冬の休暇中に王都中のデートスポットを制覇するそうですの。今、皆でその計画を練っているところですわ」
「えっ!? ま、待って、そこまで言っていないわ!」
「まあっ、楽しそうでいいわね。私にも聞かせてちょうだい」

 フェリシティは年ごろの少女らしく瞳をキラキラと輝かせて席に着き、聞き上手な彼女に一層テンションが上がった友人たちもおすすめスポットを熱く語りはじめる。エリンも友人たちにむちゃくちゃな計画を立てられつつあるのを忘れてついつい聞き入る。
 入学してからエリンは学園の授業に加えて、夫人から課題として出される礼儀作法や知識を覚えるのに必死にがんばったが根を詰めすぎて疲れがたまり、ある時学園内で倒れた。
 その時に助けてくれたのが王太子の婚約者フェリシティだった。彼女はもう限界だと泣くエリンを心配して事情を聞き出し「私の知る人も1人で焦って自分を追い詰めてしまった。1つ1つ確実に覚えていけばいつか自然とできるようになる」と励ましてくれた。
 そして、自分が立ち上げたクラブに誘って自らお手本となって様々なことを教えてくれた。おかげでエリンはこの1年間でこつこつと確実に身につけていき、今ではこうして友人たちと学園生活を楽しめるぐらい心のゆとりももてるようになった。

「やあ、フェリ。ここにいたんだね。私も混ぜてくれないかい?」

 王太子シリウスがやって来るとさっきまで淑女に許されるぎりぎりの範囲で猛烈なアピールをしていた友人たちはさっと淑女の仮面を被った。笑いがとまらないエリンも少し遅れて慌てて口をつぐんだ。
「あら、ごきげんようシリウス殿下。あいにくですけれど、女性たちの話で楽しんでいますの。殿下も自分のご友人のところに行ってくださいまし」

 フットワークの軽いシリウスはこのくだけた雰囲気のクラブ活動を面白がってちょくちょく参加している。婚約者のフェリシティはこれでは息抜きにならないとうっとおしがっているが、中心メンバーたちが目の保養になると喜ぶのでしぶしぶ受け入れている。エリンたち新入生にとっても気さくに話しかけてくれる優しい先輩だ。
 良いところに水をさされて不機嫌になったフェリシティはうっとおしそうに追い払う。婚約者に邪険に扱われてシリウスは寂しげに形の良い眉を下げた。
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