君たちの幸せを願っている

木蓮

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「そんな冷たいことを言わないでくれ。今日の私は遠い国からやって来た冬の妖精になって皆にプレゼントを配っているんだ。可憐なご令嬢たち、どうか私からのプレゼントを受け取ってくれないかな?」
「はあ、それならしょうがないですわね。そちらにどうぞ」

 麗しの王子様の甘い微笑みに友人たちが頬をぽっと赤く染めてうなずき、うっかり目があってしまい固まったエリンも慌ててうなずく。ちゃめっ気たっぷりに振るまう王太子に根負けしたのか、フェリシティはしぶしぶ席をすすめた。
 満面の笑みを浮かべたシリウスは「美しい婚約者殿に日頃の感謝をこめて」とフェリシティにうやうやしく小箱を渡した。全員が見つめる中で箱を開けると中にはチョコレートが入っていた。
 一流の職人たちの手によって形作られ繊細な飾りをほどこされたきらびやかな宝飾品のようなチョコレートにうっとりとため息がもれる。

「そのチョコレート……。もしかして、去年の殿下の誕生祭でふるまわれた……」

 見覚えのある美しさにエリンが思わず言葉をもらすとシリウスが顔を向ける。

「エリン嬢はよく覚えているね。そうだよ、去年の私の誕生日に城のパティシエたちが作ったチョコレートだ。もしかして、気に入っていたのかな?」
「はい。このチョコレートは私と婚約者様との縁をつないでくれた宝物です」

 1年前のパーティーでエリンはカノンと出会い、生まれて初めて目にしたチョコレートを2人で楽しんだ。今でも思い出すと舌と心が甘くなる。

「そうだったのだね。これは私が好きで作らせたんだ。喜んでもらえてよかったよ」
「まあ、そうだったのですね。そんな特別なお菓子をいただけて感謝いたします」

 まさかきらびやかな貴族たちに気圧されて隅に逃げこんだところを同じく避難して来ていた令息と気が合って珍しいスイーツを楽しんでいました、なんて言えず。内心冷や汗をだらだら流しながらも1年間猛特訓した淑女の笑みを浮かべて礼を述べると、微笑んだシリウスがエリンの元へやって来て銀の小箱を差し出した。

「君たちの幸せのきっかけになれたなんてうれしいよ。婚約おめでとう、エリン嬢。お幸せに」

 シリウスの王族特有のロイヤルブルーの瞳にまっすぐに見つめられて、エリンはふと今自分はこの国で一番尊い方の前で1人の貴族令嬢として立っているのだと思った。
 1年前のエリンは高位貴族たちの幼い頃から努力し磨きぬいた優美な振る舞いを目にし、堅苦しいことから逃げてのびのびと生きてきた自分の粗雑さが恥ずかしくてたまらなくなった。そして、今さら必死に努力してもできない悔しさと将来への不安に涙した。
 こうしてシリウスに声をかけられた時も、何もかもが完璧で美しい王太子に無作法な自分を見られる恥ずかしさと慣れない高位貴族とのやりとりへの緊張で縮こまってしまい「もっと気楽にしてくれ」と苦笑いされていた。今思うととんだ無礼をしてしまったと頭が痛い。
 それでもシリウスは安心させるようにいつも笑顔で話しかけてくれ、いつしか自然に振るまえるようになった。

(私、とても幸せ者だわ)

 これがいつかフェリシティが言っていたとおり”身についた”ということなのだろうか。
 そうならば。自分を支えてくれる友だちと家族、丁寧に教えてくれたハノーヴァー伯爵家の人たち。
 そして、落ちこむ自分を励まし成長を一緒に喜んでくれたカノン、淑女の手本として教え導いてくれたフェリシティ、いつも温かい言葉をかけてくれたシリウス。
 エリンを慈しんでくれた皆のおかげだ。

「ありがとうございます、シリウス王太子殿下。殿下の温かな祝福のお言葉とこの素晴らしい贈り物をいただけたこと、一生の宝物にいたします」

 シリウスの真心のこもった言葉にさまざまな喜びがこみ上げてきて、エリンもまた心から笑って感謝の言葉をのべた。彼は景色をそのまま映し出す水面のような透きとおったロイヤルブルーでエリンをじっと見つめるときれいな笑みを浮かべた。

「そんなに喜んでもらえるとうれしいよ。それに、このチョコレートが幸せな婚約のきっかけになったと評判になれば、皆がそれにあやかっていろいろなチョコレートを作るかもしれないしね。私の楽しみが増えたよ」

 ちゃめっ気たっぷりに片目をつぶってみせた彼は隣の友人に箱を差し出す。全員に配り終えると「では、楽しい時間を」と軽やかに去って行った。そんなシリウスの背中を見つめていたフェリシティもにっこり笑って立ち上がる。

「私もそろそろ行くわ。皆、楽しい話をありがとう。エリン、休み明けにはハノーヴァー様とのデートの話を聞かせてね」

 いたずらっぽく付け加えたフェリシティに友人たちは「もちろんですわ!」と力強くうなずき、エリンは被っていた淑女の仮面を投げ飛ばして「そんなあ」と小さく悲鳴を上げた。しかし、気合いの入った笑顔を浮かべた友人たちに喝を入れられてにぎやかな輪に加わった。
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