君たちの幸せを願っている

木蓮

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「シース、気は済んだの?」
「……ああ、やっと諦めがついたよ。聞いてはいたけれど失恋とは苦しいものだね」
「それはしょうがないわね。私は絶対に叶わないと忠告してあげたのにあきらめなかったのだから」
「ぐっ。そ、それはそうだけれど。フェリ、冷たくないか?」
「かわいい後輩の婚約に横やりを入れようとした悪い王子様にかける慰めの言葉は持っていないわ。こうして愚痴を聞いてあげるだけありがたいと思いなさいな」

 幼い頃からの付き合いの婚約者に容赦なくダメ出しされてシリウスはがっくりとうなだれた。人払いをしたバルコニーに吹きこむ冷たい風も傷ついた心をひりつかせる。
 この恋は最初から叶わないものだった。でも、誰よりも自分のことをわかっているフェリシティに忠告されてもどうしてもあきらめきれなかった。

 シリウスが1学年下のエリンと出会ったのはフェリシティが作ったクラブに遊びに行った時だった。
 クラブは最初はフェリシティの友人たちが集まるお喋りの場になっていたが、だんだんとメンバーが招待した生徒たちが加わり、今ではさまざまな生徒たちが集まって思い思いの創作活動を楽しんでいる。
 優等生のフェリシティはときどき生徒たちに授業をしていて、その日はお茶会のマナーを教えていた。
 皆が未来の王太子妃じきじきの授業に真剣に取りくんでいたが、特に新顔のエリンはフェリシティの動きを1つも見過ごすまいと大きな瞳でじっと見つめ、ぎこちないながらも丁寧にまねていた。
 その熱心さに感心してそっと眺めているとフェリシティがエリンに声をかけた。すると、エリンは固く閉じていたつぼみがほころぶような可憐な笑顔を浮かべた。

 シリウスはその純粋な喜びを形にしたような笑顔に心がときめいた。そして、授業が終わった時を見はからって声をかけた。
 一緒にいた令嬢たちは自分に声をかけられた少女たちの大半がするように顔を赤らめてとびきりの笑みを向けたが。エリンだけはぎこちない笑みを浮かべていて、優しく声をかけてもむしろ怯えたように硬くなっていく。
 内心がっかりしながらもその場は下がり後にフェリシティにエリンのことを尋ねると、彼女は嫌な顔をしながらも教えてくれた。

「エリン・ノード男爵令嬢よ。1年後に仲むつまじい上位貴族の令息と婚約を結ぶ予定なの。でも、彼女が受けてきた男爵家の教育ではその家が求める基準には足りない。だから、私が令嬢教育の先輩として希望する他の子と一緒に彼女が必要としていることを教えているのよ」
「そうだったのか。フェリは教え上手だから皆うれしいだろうね。それにしても、ノード嬢は一際熱心だったね。ぜひ話をしてみたいな」

 ますます興味を持つとフェリシティは鋭い視線を向けた。

「シース、あなたに悪気はないことはわかっているけれど、念のために言わせて。
 エリンは今、婚約相手の家が求める振る舞いを身につけようと必死でがんばっている。昔、あなたと私が先生たちに厳しく叱られてくじけそうになりながらもお互いに励ましあって、こうして王太子と王太子妃の振るまいを身につけたようにね。
 ただでさえ学園の勉強に加えて高度な教育を身につけるために限界まで気を張っているのに、彼女にとっては恐れ多い存在の王太子殿下にまで気をつかう余裕はないの。あなたもエリンの幸せを願うのならばそっと見守ってあげてちょうだい」
「…………すまなかった、気をつけるよ」

 暗に「ただの気まぐれで気をはりつめている令嬢にちょっかいを出すな」と責められてシリウスは素直に謝った。しかし、険しい顔をしたフェリシティは「万が一にでもエリンの邪魔をしたら許さないわよ」と念押ししてくる。
 たった1度会ってちょっと興味をもっただけなのに邪魔者扱いされることにさすがにむっとしたが、本気で脅しの言葉を口にしている婚約者を刺激したら、かわいい後輩を守るために自分も楽しんでいるクラブを出禁にされそうだ。
 シリウスは内心の不満を呑み込んで我が子を守る母親のようにピリピリするフェリシティと粘り強く話しあい、フェリシティが一緒に参加すること、1人だけを特別扱いしているように思われないように皆に平等に接することを条件にクラブ活動を続けることを許された。

 ――今思えば、フェリシティは叶わぬ恋に焦がれる自分を心配して忠告してくれていたのだ。
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