君たちの幸せを願っている

木蓮

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 それからシリウスは今まで通りちょくちょくクラブを訪れ、フェリシティや他の令嬢たちに話しかけるついでという風をよそおってエリンにも話しかけた。
 エリンは最初は怯えて小さく返事をするだけだったが、話しかけているうちに短い話をするようになった。時折、笑顔を見せるエリンに徐々に心を開いてくれるのを感じてシリウスはうれしくなった。
 しかし、フェリシティが目を光らせている前では個人的な話ができるわけもなく。お喋りを楽しむ先輩と後輩という傍目には親しいがシリウスにとっては遠い距離感がつづいていく。

 そんなある日、クラブを訪れると珍しくフェリシティが留守にしていた。
 どうやら急用で少しの間外しているらしい。これ幸いとメンバーたちに声をかけつつエリンのところに行くと、彼女は友人たちと楽しそうにお喋りをしながらハンカチに刺繍をしていた。
 声をかけると友人たちは喜んで見せてくれたが、エリンは慌てて「とてもお見せできる物ではないので」と隠してしまった。しかし、隣の友人に「自信作じゃない」とつつかれて恥ずかしそうに見せる。
 友人が言った通り、贈る相手らしいイニシャルの刺繍が銀糸で丁寧に縫いとられている。受け取る相手も自分の名前がこんなに美しく描かれたハンカチをもらえればさぞうれしいだろう。シリウスが素直に感心するとエリンもはにかんだ笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。普段から持ち歩きたい物と言われたのでついあれこれと手を加えたくなってしまって。殿下にもそう言っていただけて自信がつきました」
「こんなに心のこもった贈り物をもらえるなんて幸せ者だね。エリン嬢の大切な人なのかい?」

 シリウスがつい気になって尋ねるとエリンは困ったような顔をし、にこにこ笑った友人が口を挟む。

「ふふふっ、エリンの恋人ですわ」
「こ、恋人って……」
「もう、エリンったら恥ずかしがり屋なんだから。その気に入っているリボンだって愛しの彼からのプレゼントなんでしょう。彼の色を贈られるなんて愛されているじゃない」

 婚約を約束している仲むつまじい令息がいることは知っていたが。友人にからかわれて耳まで真っ赤になって恥じらうエリンにその存在をはっきりと見せつけられて、彼女のかわいらしい笑顔を見られて幸せだったシリウスの心は凍てつき、つづいて猛烈な怒りがこみ上げてきた。

(何であの少年が良いんだ……)

 シリウスはひそかにエリンの相手について調べ、2つ年下のハノーヴァー伯爵家の嫡男カノンの存在を知った。
 カノンは銀の髪をした愛らしい少年で聞いた話では優しく真面目な性格らしい。しかし、貴族として見れば目立つ能力も功績もない地味な令息だ。シリウスも伯爵家の嫡男だからと顔を覚えているぐらいだった。

 エリンは陽ざしをあびてぐんぐんと伸びる若葉のように、日々フェリシティの厳しい教えを吸収して成長していっている。
 彼女をずっと見てきたシリウスにはその姿が、かつて内心はどんなに辛くても表向きは凛とした顔で王太子妃の教育を身につけていったフェリシティと重なり、エリンのまっすぐで強い心に心惹かれた。
 そして、いつしか会うたびに貴族令嬢として磨かれてきれいになっていくエリンを心から愛おしくなり、その努力が正しく報われるように手助けしたいと思うようになった。
 それだけに、同じぐらいただ恋という一時の夢幻でエリンの心を手にしてのうのうとつなぎとめている、ただ運が良かっただけの少年に苛立ちが募っていく。
 ――エリンには彼女を大事にし、いつも笑っていられるような幸せを与えられる存在がふさわしいのに、と。
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