君たちの幸せを願っている

木蓮

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 胸に渦巻く激情を悟られないようにいつもの微笑みをはりつけて「がんばってね」と2人に声をかけると、シリウスはメンバーに声をかけ「フェリには来たことを内緒にしてくれ」と言い残して外に出た。
 そのまま心を落ちつかせようと歩いていると運悪くフェリシティに出くわしてしまった。彼女はシリウスの顔を見るとかすかに眉をひそめたがすぐに微笑みを浮かべ、王族専用のサロンでお茶をしようと誘った。
 メイドたちを下がらせて2人きりになるとフェリシティは手ずから紅茶を淹れてシリウスに渡した。自分好みのお茶を一口飲むとようやくざわめく心が落ち着く。それを見たフェリシティは口を開いた。

「それで、何をそんなに怒っているの?」
「別に。大したことじゃない」
「エリンが手がけているハンカチならハノーヴァー様にさしあげるものよ。彼から贈られたリボンのお礼だそうよ。あの2人は本当に仲が良いわ」

 幼い頃からの付き合いの婚約者がすべてを見透かした上にカノンを褒めることに、シリウスは荒れ狂う心をおさえていた殻が割れるのを感じた。自分でも驚くぐらいに冷ややかな声が出る。

「カノン・ハノーヴァー伯爵令息はエリン嬢と婚約を希望している相手だったね。でも、2人はまだ正式に婚約をしているわけではないんだろう」
「今はそうね。でも、来年の彼の入学にあわせて婚約を結ぶつもりだそうよ」
「確かに、このまま昔の約束を守って婚約することも選択肢の1つだと思うよ。でも、私はエリン嬢だったらもっと良い選択肢もあると思う」
「良い選択肢って?」

 静かにこちらを見つめるフェリシティに、シリウスはそのエリンを囲いこむ強固な壁を壊すべくまっすぐに見返した。

「私が以前から身分問わず才能ある人材に活躍の場を与えたいと考えているのは知っているだろう。エリン嬢はその条件にぴったりなんだ。ずっと見守っていたが彼女は信頼できる人物だし、学園や君の教えを身につけていっている優秀な令嬢だ。まさに私の理想とする人物だと言い切れるぐらいにね。
 ……だから、ゆくゆくはエリン嬢を私の側近にむかえたい」

(そうだ、僕だったらエリン嬢を幸せにできる)

 初めて心に秘めていた望みを口にしてかっと熱くなる。その湧きたつ熱に浮かされて、シリウスは表情を消して聞き入るフェリシティにありったけの想いをぶつけた。

「もちろん彼女が性別や身分を理由に不当な扱いを受けないように私が後ろ盾になるし、彼女の希望もきちんと聞いてできうる限り叶える。僕も君と同じくエリン嬢の成長を見守ってきた。だから、彼女にはその努力と身につけたものに見あう幸せを掴んでほしいんだ」

 フェリシティはシリウスの意見を呑み込むように一度きゅっと目をつぶり、口を開いた。

「そうね、あなたの考えはわかったわ。私と同じぐらいエリンの幸せを願っていることも。
 ……その上で私は反対するわ。エリンはカノン・ハノーヴァー様の婚約者になることが彼女の望み。私もその努力が叶うように手助けするわ」

 予想はしていたが、誰よりも信頼するフェリシティに拒絶されてシリウスは歯がみした。
 それでもエリンを側近にするには王太子妃の彼女の協力も必要だ。何とか説得を試みる。

「フェリ、想いあう2人を応援したくなる気持ちはわかる。でも、私たちは貴族だ。優れた素質があるのならばそれを役立てて家と領地を富ませるのも私たち貴族の義務だ。
 君には悪いが、噂を聞く限りハノーヴァー伯爵令息はエリン嬢の相手にはふさわしいとはとても思えない」

 無意識に漏れ出した憎しみを打ち消すようにフェリシティは穏やかだがはっきりとした声で告げた。

「いいえ。それは違うわ、シース。
 エリンが努力しているのは愛するハノーヴァー様と一緒に生きたいから。そして、ハノーヴァー様もまたエリンを愛し、彼女の心に寄りそっている。
 今、私とあなたが目にしているエリン・ノード男爵令嬢はカノン・ハノーヴァー伯爵令息と2人で作りあげた姿。そして、エリンの本当の幸せ(笑顔)も愛する彼がいるから生まれるのよ」

 声は優しいのにどこか寂しげに微笑んだフェリシティは角砂糖をとって紅茶に入れた。
 透きとおった紅茶にさらさらと溶けていく砂糖にシリウスはなぜか銀の刺繍のハンカチを大事に手に持つエリンを思い出した。

 ――ありがとうございます。ついあれこれと手を加えたくなってしまって。

 つい先ほど目にした時にはあんなに心ときめいたエリンのまぶしい笑顔が今はなぜかシリウスの心をぎりぎりとしめつける。その苦しみを吐き出すようにシリウスは口を開いた。

「そうか、君の考えは良くわかったよ。どうやら私たちは意見があわないようだね」

 シリウスは立ちはだかるフェリシティをにらみつけた。

「だったら、エリン嬢に提案して決めてもらおう。君も彼女自身が決めたことならば良いのだろう?」
「……ええ、いいわ。ただ、1つお願い」

 シリウスがうなずくとフェリシティは物憂げに口を開いた。

「もうじき開かれる学園祭にはハノーヴァー様が来るわ。だから、エリンにその提案をする前に2人に会ってちょうだい」
「わかった」

 フェリシティがまだカノンの肩を持つことは腹立たしいが話でしか知らない彼を知りたい。うなずいたシリウスは先ほど見たエリンの心からの笑顔を思い浮かべた。
 ――いずれこの国の頂点に立つ王太子の自分ならば、ただの伯爵令息のカノン・ハノーヴァーよりももっとたくさんの幸せを与えられる。そうしたら、彼女はきっと――。
 なぜか痛む心をなだめるようにシリウスは自分に強く言い聞かせた。
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