2 / 6
第二話 肉汁を輝かせながら過ごす夜
しおりを挟む
「……あなた誰ですの?」
肉を頬張り、
口の端に一筋の肉汁を輝かせながらわたしは最大限の警戒を込めて問いかけた。
でも、わたしの視線は彼の顔と銀の皿を激しく往復していて、およそ王女らしい威厳には欠けていたはずだ。
男は、月光に軍服の刺繍を鈍く光らせ跪いたまま答える。
「……私はヴァルドリック侯爵家嫡男、そして第三軍団長アレス・ヴァルドリックと申します」
第三軍団長。王の右腕。
その名は社交界に疎いわたしの耳にも届くほどの若き英雄のものだ。
なぜそんな大物が夜会の喧騒を離れて、ローストビーフを皿に盛りテラスで不審者紛いの徘徊をしているのか。
「なぜこんなところに……?」
「……それはお答えできません」
男——アレスは、情熱を孕んだ瞳を伏せることもせずさらりとはぐらかした。
怪しい。怪しすぎる。
こういう偶然は大体必然だ。
絶対に何か裏があるわ。
国家転覆の計略か、あるいは王族への反逆の準備か……。
……でもこの肉。厨房で一番いいところを自分で切ったって言ってたし。
毒はないと、彼は自らの命を賭けて誓った。
それにこの焼き加減このソースの香り。
これだけは間違いなく本物だ。
……まあ肉くれたし。悪い人ではないのかも
「……ふん。まあせっかく持ってきてくださったものですし。ありがたく頂くわ」
わたしはもう一口、ガブリと肉を噛みしめた。
じゅわりと広がる幸福。
咀嚼しているこの瞬間だけは、確かにわたしの血肉となっている実感がある。
幸福が形になっていく。
「……あなたのそのお顔。あまりに美しい」
アレスがうっとりとした吐息を漏らした。
……は? 美しいって……今、口いっぱいに肉を詰め込んでるんだけど!?
この男、やっぱり変態だわ。
冷徹な「王の右腕」なんて二つ名は嘘に違いない。
きっと王女の接待をして二つ名に箔をつけたいだけだわ。
でも、
次に差し出された一切れがあまりに絶妙な厚みで——。
わたしは葛藤しながらも、吸い寄せられるようにフォークを伸ばしてしまった。
「……満足していただけましたか」
最後の一切れがわたしの喉を滑り落ちるのを見届けて、アレスが囁いた。
その指がわたしの唇に触れる。
「あ……」
口の端に残ったソースを、彼は親指でゆっくりと拭った。
拒絶する間もなかった。
彼の指先から伝わる体温は、テラスの夜風とは対照的に焼けるように熱い。
「……汚れておりますわよ。無礼ですわ」
精一杯の虚勢を張る。
けれど彼は指を離さず、そのままわたしの顎を掬い上げた。
「あなたほど私の心を揺らす人を他に知りません。殿下、あなたはご自分を『行き遅れ』と蔑んでおいでだ。ですが、私の目には——」
彼の顔が吐息が触れるほどに近づく。
「誰にも触れられず熟れきった果実のように見える」
…な、に? この人、さっきから何をっ、
胃の奥が肉の熱さとは違うもっとじっとりとした重みで熱くなる。
彼の瞳はもう「肉を運んできた不審者」のそれではない。
獲物を今度は自分が喰らおうとする飢えた男の目だ。
——まずいわ。
そう思ったときには、もう一歩も引けなかった。
この男、肉を与えてわたしを食べるつもりだわ……!
逃げなきゃいけないのに、
コルセットで締め上げられたわたしの体がなんでか熱を帯びて夜に湿っていく。
「殿下。私は欲しいものは必ず手に入れます。それが敵国の首であれ、厨房の最上肉であれ……そして、あなたであれ」
肉と同列に並べられた気がするんだけど!?
彼は立ち去る。
銀の皿が光る。
もやもやとした荒れた気持ちが、
胃の奥に残る肉の温度と一緒に夜空へ滲んでいった。
わたしはほんの少しだけ空を見上げていた。
肉を頬張り、
口の端に一筋の肉汁を輝かせながらわたしは最大限の警戒を込めて問いかけた。
でも、わたしの視線は彼の顔と銀の皿を激しく往復していて、およそ王女らしい威厳には欠けていたはずだ。
男は、月光に軍服の刺繍を鈍く光らせ跪いたまま答える。
「……私はヴァルドリック侯爵家嫡男、そして第三軍団長アレス・ヴァルドリックと申します」
第三軍団長。王の右腕。
その名は社交界に疎いわたしの耳にも届くほどの若き英雄のものだ。
なぜそんな大物が夜会の喧騒を離れて、ローストビーフを皿に盛りテラスで不審者紛いの徘徊をしているのか。
「なぜこんなところに……?」
「……それはお答えできません」
男——アレスは、情熱を孕んだ瞳を伏せることもせずさらりとはぐらかした。
怪しい。怪しすぎる。
こういう偶然は大体必然だ。
絶対に何か裏があるわ。
国家転覆の計略か、あるいは王族への反逆の準備か……。
……でもこの肉。厨房で一番いいところを自分で切ったって言ってたし。
毒はないと、彼は自らの命を賭けて誓った。
それにこの焼き加減このソースの香り。
これだけは間違いなく本物だ。
……まあ肉くれたし。悪い人ではないのかも
「……ふん。まあせっかく持ってきてくださったものですし。ありがたく頂くわ」
わたしはもう一口、ガブリと肉を噛みしめた。
じゅわりと広がる幸福。
咀嚼しているこの瞬間だけは、確かにわたしの血肉となっている実感がある。
幸福が形になっていく。
「……あなたのそのお顔。あまりに美しい」
アレスがうっとりとした吐息を漏らした。
……は? 美しいって……今、口いっぱいに肉を詰め込んでるんだけど!?
この男、やっぱり変態だわ。
冷徹な「王の右腕」なんて二つ名は嘘に違いない。
きっと王女の接待をして二つ名に箔をつけたいだけだわ。
でも、
次に差し出された一切れがあまりに絶妙な厚みで——。
わたしは葛藤しながらも、吸い寄せられるようにフォークを伸ばしてしまった。
「……満足していただけましたか」
最後の一切れがわたしの喉を滑り落ちるのを見届けて、アレスが囁いた。
その指がわたしの唇に触れる。
「あ……」
口の端に残ったソースを、彼は親指でゆっくりと拭った。
拒絶する間もなかった。
彼の指先から伝わる体温は、テラスの夜風とは対照的に焼けるように熱い。
「……汚れておりますわよ。無礼ですわ」
精一杯の虚勢を張る。
けれど彼は指を離さず、そのままわたしの顎を掬い上げた。
「あなたほど私の心を揺らす人を他に知りません。殿下、あなたはご自分を『行き遅れ』と蔑んでおいでだ。ですが、私の目には——」
彼の顔が吐息が触れるほどに近づく。
「誰にも触れられず熟れきった果実のように見える」
…な、に? この人、さっきから何をっ、
胃の奥が肉の熱さとは違うもっとじっとりとした重みで熱くなる。
彼の瞳はもう「肉を運んできた不審者」のそれではない。
獲物を今度は自分が喰らおうとする飢えた男の目だ。
——まずいわ。
そう思ったときには、もう一歩も引けなかった。
この男、肉を与えてわたしを食べるつもりだわ……!
逃げなきゃいけないのに、
コルセットで締め上げられたわたしの体がなんでか熱を帯びて夜に湿っていく。
「殿下。私は欲しいものは必ず手に入れます。それが敵国の首であれ、厨房の最上肉であれ……そして、あなたであれ」
肉と同列に並べられた気がするんだけど!?
彼は立ち去る。
銀の皿が光る。
もやもやとした荒れた気持ちが、
胃の奥に残る肉の温度と一緒に夜空へ滲んでいった。
わたしはほんの少しだけ空を見上げていた。
0
あなたにおすすめの小説
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
黒騎士団の娼婦
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました
Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。
「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」
元婚約者である王子はそう言い放った。
十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。
その沈黙には、理由があった。
その夜、王都を照らす奇跡の光。
枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。
「真の聖女が目覚めた」と——
年増令嬢と記憶喪失
くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」
そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。
ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。
「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。
年増か……仕方がない……。
なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。
次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。
なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付
唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる