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返せているか
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お茶会というのは基本的に静かなものだ。
特に、
近衛騎士団副団長が同席している場合は。
「……熱くないか」
「大丈夫です」
「……なら、いい」
それきり会話は途切れた。
私はソフィーリア・アルヴェーン。
伯爵家の娘で、そして――
アッシュ様の婚約者だ。
今は城の一角、
人の少ない応接室で、二人きりのお茶会をしている。
正確に言えば、
私はお茶を飲んでいて、彼は警戒している。
視線は扉、窓、廊下。
その合間に、私。
砂糖の甘さと、
この人の緊張感は、あまり相性がよくない。
「……アッシュ様」
「何だ」
即答だった。
声も、姿勢も、いつも通り。
私は一度カップを置いた。
少しだけ迷ってから。
「私……」
言葉を選ぶ。
この人は、
私を守ることに一切の迷いがない。
でも私は、
その背中の後ろでただ立っているだけだ。
「……私、何か役に立てていますか?」
彼の視線が私に戻った。
「守られているだけで……
あなたに何か返せているんでしょうか」
沈黙。
重くはない。
ただ、答えを探すための静けさ。
「私は……」
私は指先を見つめた。
「あなたの後ろにいるだけで、
本当にいいんでしょうか」
彼はすぐには答えなかった。
その代わり、
ゆっくりと椅子から立ち上がった。
近づいてくる。
私は思わず背筋を伸ばした。
彼は私の前に片膝をついた。
騎士の礼ではない。
自然にそうなったという動きだった。
「……ソフィーリア」
名前を呼ばれる。
それだけで胸が少し詰まる。
「君は」
「……俺が前を向ける理由だ」
私は瞬きを忘れた。
「返すとか……
役に立つとか……
そういう話じゃない」
彼は視線を逸らしながら、
それでも言葉を続けた。
「君が、そこにいると……
俺は、戻る場所があると分かる」
不器用で、
回りくどくて、
でもとても真剣な声だった。
「……それは」
私はゆっくり息を吐いた。
「それは十分すぎるくらいですね」
彼は一瞬固まった。
耳の先がわずかに赤い。
「……そうか」
それだけ言って立ち上がる。
けれど、
私のカップにそっと手を伸ばした。
「……冷めている」
「はい」
「……入れ直そう」
理由はそれだけ。
でも私は知っている。
この人は今、
どうしていいか分からないくらい、
ちゃんと向き合おうとしている。
紅茶の香りが、また部屋に広がった。
守られているだけじゃない。
私はこの人の、
帰る場所なのだ。
そう思うと、
胸の奥が静かに温かくなった。
特に、
近衛騎士団副団長が同席している場合は。
「……熱くないか」
「大丈夫です」
「……なら、いい」
それきり会話は途切れた。
私はソフィーリア・アルヴェーン。
伯爵家の娘で、そして――
アッシュ様の婚約者だ。
今は城の一角、
人の少ない応接室で、二人きりのお茶会をしている。
正確に言えば、
私はお茶を飲んでいて、彼は警戒している。
視線は扉、窓、廊下。
その合間に、私。
砂糖の甘さと、
この人の緊張感は、あまり相性がよくない。
「……アッシュ様」
「何だ」
即答だった。
声も、姿勢も、いつも通り。
私は一度カップを置いた。
少しだけ迷ってから。
「私……」
言葉を選ぶ。
この人は、
私を守ることに一切の迷いがない。
でも私は、
その背中の後ろでただ立っているだけだ。
「……私、何か役に立てていますか?」
彼の視線が私に戻った。
「守られているだけで……
あなたに何か返せているんでしょうか」
沈黙。
重くはない。
ただ、答えを探すための静けさ。
「私は……」
私は指先を見つめた。
「あなたの後ろにいるだけで、
本当にいいんでしょうか」
彼はすぐには答えなかった。
その代わり、
ゆっくりと椅子から立ち上がった。
近づいてくる。
私は思わず背筋を伸ばした。
彼は私の前に片膝をついた。
騎士の礼ではない。
自然にそうなったという動きだった。
「……ソフィーリア」
名前を呼ばれる。
それだけで胸が少し詰まる。
「君は」
「……俺が前を向ける理由だ」
私は瞬きを忘れた。
「返すとか……
役に立つとか……
そういう話じゃない」
彼は視線を逸らしながら、
それでも言葉を続けた。
「君が、そこにいると……
俺は、戻る場所があると分かる」
不器用で、
回りくどくて、
でもとても真剣な声だった。
「……それは」
私はゆっくり息を吐いた。
「それは十分すぎるくらいですね」
彼は一瞬固まった。
耳の先がわずかに赤い。
「……そうか」
それだけ言って立ち上がる。
けれど、
私のカップにそっと手を伸ばした。
「……冷めている」
「はい」
「……入れ直そう」
理由はそれだけ。
でも私は知っている。
この人は今、
どうしていいか分からないくらい、
ちゃんと向き合おうとしている。
紅茶の香りが、また部屋に広がった。
守られているだけじゃない。
私はこの人の、
帰る場所なのだ。
そう思うと、
胸の奥が静かに温かくなった。
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