英雄王と鳥籠の中の姫君

坂合奏

文字の大きさ
6 / 57
episode01:グランドールの花嫁

5

しおりを挟む

 侍女たちの仕事によってピカピカに磨き上げられたリーリエは、今まで一度も着たことがないような肌触りのよいナイトドレスを身にまとっていた。

 絹で出来た若草色のナイトドレスは、動くたびに柔らかく揺れる。

 グランドール王国から国境を越えただけで、これだけ扱いが変わると正直戸惑いを隠せないが、衣服から異臭がしないだけでも非常にありがたいと、リーリエは安堵のためいきをついた。

「寝室です」と案内された部屋の中に入るまでは、ずっとこの幸せが続けばいいのにと、リーリエは夢見心地の気分だった。

「リーリエ様が到着されました」

 淡々と自分の仕事をするミーナの言葉に耳を疑った。
 リーリエの寝る予定のベッドの上には、既に湯あみを終えたクノリスがくつろいでいたからだ。

「どういうことですか?」

「夫婦なんだ。一緒のベッドでも問題ないだろう」

「まだ、結婚はしていません」

 頑ななリーリエの態度に、クノリスは少しばかりうんざりしたような顔をして、天井を仰いだ。

「また、結婚前の男女はって話か。ミーナご苦労。下がっていいぞ。後は、俺が彼女の面倒を見る」

「承知しました。失礼いたします」

 アダブランカ王国に入ってから、唯一の頼りになる女性が部屋から去って行ってしまう。
 止めようとミーナの後を追いかけようとした時、クノリスによってそれを阻止された。

「彼女は長旅でほとんど馬の上に乗っていたんだ。今夜は休ませてやれ」

 もっともらしいことを言われてしまうと、ミーナを追いかけようとしているリーリエは身動きが取れなくなってしまった。

「分かりました……」

「聞き分けのいい子だな。俺の子猫は」

「子猫?」

「ミャーミャー鳴きっぱなしで、まるで生まれたての子猫のようだ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべた後、クノリスは自分の隣を指し示して「こちらへ」とリーリエを呼んだ。

「一つ聞きたいことがあるんです」

 リーリエはベッドに腰かけず、クノリスと距離を取って不敵な笑みを浮かべている彼に向き合った。

「なんだ?」

「私を嫁に呼んだ理由を教えてください。アダブランカ王国は、グランドール王国を支援する理由は何ですか?」

 グランドール王国から逃げられることは、有難い。

 しかし、クノリスという男を見ていると、どういった目的でリーリエを求めているのか理解できない。

 クノリスならしっかり訳を話してくれるような気がして、リーリエは解答を彼に期待した。

「あの国を守りたいのか?」

 リーリエの予想を反して、クノリスの口調は非常に厭味ったらしいものだった。

 あの汚らしいドレスを嫁入り道具として着せるような国を愛しているのか。と言わんばかりだ。

「君を嫁にと言ったのは……」

 しばらくクノリスは口ごもり、リーリエの方をじっと見た。
 何を言い出すのか予想がつかず、リーリエはクノリスが言葉を発するのをじっと待った。

 しかし、クノリスは「夜食を用意させよう。機嫌が悪いのは、腹が減っているだろうからな」と冗談めいた口調で、ベッドから飛び降りて、部屋から出て行ってしまった。


***


 一人残された部屋の中で、リーリエは考えた。

「あの国を守りたいのか?」

 厭味ったらしく放ったクノリスの言葉が、脳裏から離れない。 
 彼はグランドール王国のことを知っているような口ぶりだった。 

 彼とリーリエが出会ったのは、今日は初めてだったはずだ。
 それなのにも関わらず、あのみすぼらしい格好のリーリエが書類を持っているというだけで彼は、リーリエが本人であることを信じていた。

 信じてもらえなければ困るのはリーリエだったのだが、落ち着いて考えてみると不思議なことがたくさんある。

 あの汚いドレスにも嫌悪することなく、友好的に接してくる理由が分かればもう少しやりやすいのだが。

 少し、直接的に聞きすぎてしまっただろうか。
 きっとクノリスには、真っ向勝負をしかけてもかわしてしまうタイプだろう。
 正直に答えてもらうためには、彼の機嫌を損ねないように気を付けなくてはと、リーリエは先ほどの自分自身の態度に関して反省した。

 もう二度とグランドール王国に戻らないためには、クノリスの機嫌が第一優先だ。

 彼が部屋に戻ってきたら謝らなくてはと、リーリエは先ほどまでクノリスが腰かけていたベッドに横になった。
 グランドール王国で使っていたものよりずっと柔らかくふかふかのベッドだった。

 肌触りのよいシーツは、昼間しっかり太陽にあたっていたのだろう。 
 自然の良い香りがリーリエを包んだ。

「寝そう……」

 意識が少しずつ離れていく。
 ゆったりと、リーリエは眠りの世界へと落ちていった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

『呪いのせいで愛妻家になった公爵様は、もう冷徹を名乗れない(天然妻は気づかない)』

星乃和花
恋愛
【全20話+番外3話+@:火木土21:00更新】 「冷徹公爵」と呼ばれるレオンハルトが、ある日突然“愛妻家”に豹変――原因は、妻リリアにだけ発動する呪いだった。 手を離せない、目を逸らせない、褒めたくなる、守りたくなる……止まれない溺愛が暴走するのに、当のリリアは「熱(体調不良)」と心配または「治安ですね」と天然で受け流すばかり。 借金を理由に始まった契約結婚(恋愛なし)だったはずなのにーー?? そんなふたりの恋は愉快な王都を舞台に、屋敷でも社交界でも面白……ゆるふわ熱烈に見守られる流れに。 甘々・溺愛・コメディ全振り! “呪いのせい”から始まった愛が、最後は“意思”になる、にやにや必至の夫婦ラブファンタジー。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

お飾り王妃のはずなのに、黒い魔法を使ったら溺愛されてます

りんりん
恋愛
特産物のないポプリ国で、唯一有名なのは魔法だ。  初代女王は、歴史に名を残すほどの魔法使い。 それから数千年、高い魔力を引き継いだ女王の子孫達がこの国をおさめてきた。 時はアンバー女王の時代。 アンバー女王の夫シュリ王婿は、他国の第八王子であった。 どこか影の薄い王婿は、三女ローズウッドを不義の子ではと疑っている。 なぜなら、ローズウッドだけが 自分と同じ金髪碧眼でなかったからだ。 ローズウッドの薄いピンク色の髪と瞳は宰相ククスにそっくりなのも、気にいらない。 アンバー女王の子供は四人で、すべて女の子だった。 なかでもローズウッドは、女王の悩みの種だ。 ローズウッドは、現在14才。 誰に似たのか、呑気で魔力も乏しい。 ある日ストーン国のレオ王から、ローズウッド王女を妻にしたいとうい申し出が届いた。 ポプリ国は、ストーン国から魔法石の原料になる石を輸入している。 その石はストーン国からしか採れない。 そんな関係にある国の申し出を、断ることはできなかった。 しかし、レオ王に愛人がいるという噂を気にしたアンバー女王は悩む。 しかし、ローズウッド王女は嫁ぐことにする。 そして。 異国で使い魔のブーニャンや、チューちゃんと暮らしているうちに、ローズウッドはレオ王にひかれていってしまう。 ある日、偶然ローズウッドは、レオ王に呪いがかけられていることを知る。 ローズウッドは、王にかけられた呪いをとこうと行動をおこすのだった。  

声を聞かせて

はるきりょう
恋愛
動物の声が聞こえる彼女と冷たい第二王子の物語。完成しました。 「……反対されない、というのは、寂しいことだと思いますの。だから…私が反対してさしあげます」  サーシャは最上級の笑顔を浮かべた。そして、思い切り息を吸い込む。 「何でも思い通りいくと思うなよ、くそ王子!!」 「サ、サーシャ様!?」  なりゆきを見守っていたハリオが慌てたようにサーシャの名を呼んだ。一国の王子への暴言は不敬罪で捕まりかねない。けれど、言わずにはいられなかった。  そんなサーシャの言動にユリウスは一瞬目を丸くし、しかしすぐに楽しそうに笑った。  「お前面白いな。本当に気に入った」 小説家になろうサイト様にも掲載してします。

処理中です...