蒼き春巫女と紅蓮の婚姻

穂月ひなと

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第一章

蒼き春巫女(2)※新着※

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 湯浴みをしている間、アリアは泣きじゃくるシーナを慰めていた。
 ごめんなさい、ごめんなさい……ただひたすらに謝罪を繰り返すシーナの顔は腫れ始めており、手当をしようとしても「時間がありませんから」といってアリアの身なりを整えることに専念し続けた。仕方がないので着替えの間に『何故こんな事になったのか』を聞いてみた。
 シーナの表情が暗くかげる。
「私のせいです。商人の身分は偽りで、ヴァルドレ国の王子が、御自ら偵察に来ていたんです。神殿の巫女から春を買うには、相応の大金が必要ですから。偽の身分で此処に通い、ずっとアリア様の情報を集めて、真実なのかを確かめていたのですわ」
「私を? どうして?」
「アリア様が、春を呼ぶ春巫女だからでございます」
 意味がよくわからない。
 アリアは小さい頃から『あなたは春巫女です』とか『春巫女さまなのですから相応しく』等といわれて育った。春巫女としての仕事といえば、着飾って皆の前に立ち、励ましたり手を振る事ぐらいだ。戦をけしかけてまで人質にする価値が、一体どこにあるのか。
 理解が追いつかないアリアを見たシーナは、アリアの宝箱から一粒の種を取り出した。
「いつものように、咲かせてくださいませんか」
 アリアは「いいけど」と言って、手に持った種を握りしめた。
「綺麗に咲いてね」
 優しく囁くと、何もない鉢に埋めて、少しだけ水を巻いた。
 すると土の中から緑が芽吹き、ふた葉になり、みつ葉になり、あるべき高さに成長して黄金色の花を咲かせる。一分もかからなかっただろう。美しく咲き誇るマリーゴールドの小鉢を「綺麗に咲いたわ」と自慢げに見せると……シーナは悲しみの色を瞳に浮かべて微笑んだ。
「アリア様、これが原因です」
「え?」
「普通の人間は、一瞬で草花を芽吹かせる事はできません。アリア様にとって当たり前だった草木の育て方を、外の人々は『奇跡』と称します。豊穣の女神アリアソーンの再来と崇め、女神の化身として敬う理由なのです」
「……で、でも、花を咲かせても綺麗なだけよ?」
 アリアにとって園芸は暇を埋める趣味だった。綺麗な花を咲かせ、愛でるだけ。花を刈り取って贈り物にするだけ。精々それくらいの価値でしかない。
 そう感じるように育てられた。
「アリア様。あなたが本来の力を震えば、大勢を救うことができます」
 シーナは沢山の本から一冊を取り出す。
 砂漠で魔人に出会う、貧乏な男の話だ。
「かのヴァルドレは国土の大半が砂漠化していると聞きます。けれど貴方がいれば、作物は一瞬で実り、飢餓に苦しむ人々は糧を得て、枯れ果てた大地を再び緑豊かに変えることができる。伝説では、そうなっています。石化していた古の種を芽吹かせた時、私も伝説が蘇るのを確信しました。彼らは喉から手が出るほどアリア様が欲しいのです」
「古の種?」
「青薔薇です。あの種は、この世から何万年も失われていた古の薔薇。石と化してしまっていた種に、アリア様は命を吹き込み、鮮やかに蘇らせた。貴女の声は女神の祝福です」
 シーナはアリアの両手を握った。
「謝罪しても、謝罪しても、国を滅ぼす結果になった愚かな私の罪は贖えない。
 けれど忘れないでください。
 どんなに心細くても、悲しいことがあっても、誰かを呪ったりしないで。どうかここで学んだことを忘れず、心を冷静に保ってください。春巫女の力を、悪用しようとする者達が、神殿の外には大勢います。彼らの言いなりに、なってはいけません」
 泣きながら縋るシーナの懇願に、思わずもらい泣きしそうになった。
 けれどここで泣くようでは、今までの日々が無意味になる。
 涙を堪えたアリアは、シーナを抱きしめた。
「うん。ありがと、シーナ」
「本当に申し訳ありません」
「気にしないで。シーナは、あの人に喜んで欲しかったのよね。誕生日の贈り物を探していただけ。花をあげたのは私よ。シーナは悪くないの。シーナの優しさに漬け込む方が悪いんだから、だからそんなに自分を責めないで」
 誰かに喜んで欲しい。
 そう思うことが、罪だとは思えない。
 アリアは蒼薔薇を渡した日の事を思い出した。贈り物に悩んでこっそり相談してきたシーナが、初めて同じ年頃の女の子のように思えた。あの時の微笑みは心からの喜びに違いない。
 きっとシーナにとって赤い瞳の青年は特別な人だったのだろう、とアリアは思う。
『……大切な人に裏切られたら、誰だって辛いよ』
 シーナの真心を利用した男。
 砂漠化が進む軍事国家ヴァルドレの王子。
 あの赤い髪と瞳の青年を、アリアは胸中で憎んだ。戦争が、如何に愚かで多大な犠牲を生むのか、歴史の授業で教えられていたからだ。きっとアリアソーンの大勢の者たちが自分の為に戦い、命を落としたのだろう、と考えるだけで……アリアの心は憎悪に染まった。
『絶対、利用なんてさせない。助けてなんてあげない』
 この時、アリアはそう誓った。
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