蒼き春巫女と紅蓮の婚姻

穂月ひなと

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第一章

蒼き春巫女(1)

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 どーん、という物凄い音と振動がして、アリアは寝台から飛び起きた。
 地震だと思ったのだ。
 アリアの住まう宗教国家アリアソーンの北には活火山が聳えている。アリアは実物を見たことがないが、知識として知っていた。時々揺れる現象も「地震ですよ」と巫女や神官たちは教えてくれたからだ。
 しかし中々止まらない振動に緊急事態を悟ったアリアは、身なりを整える為に部屋をでた。
 大雨が降ったり、大雪が降ったり、竜巻で大勢の家が壊れた時でも、美しく着飾ったアリアが大神殿の間に凛と立ち「恐ることはありません、わたくしが皆さんとともにあります」と告げるだけで人々は恐怖を忘れ、我に返って動き出すからだ。
「シーナ! 湯浴みの支度を、銀のティアラと真珠の耳飾りもお願い、それから……あれ?」
 誰もいなかった。
 世話役の巫女たちが一人もいない。
 夜でさえ、必ず誰かいた事を踏まえれば……こんな異常事態は初めてだった。
 ネグリジェと素足のまま立ち尽くし、困惑しているアリアの耳に、悲鳴と罵声が聞こえ始める。何を言っているのかよくわからない。アリアが育った箱庭は石の壁で造られた神殿であり、防音設備が整っていた。外界の音は、ほとんど聞こえてこないはずだ。
「……です! お願いです! おやめください!」
「鬱陶しい、どけ」
「ここは神域です! どうか!」
 シーナの懇願と悲鳴が耳に届く。乱暴に破られた扉の向こうから現れたのは、紅蓮にもえる赤い髪と瞳を持つ、武装した青年だった。甲冑の兵士たちが雪崩込み、アリアの育てた花園を踏みつけていく。訳がわからないまま、アリアは人の群れの中からシーナを探した。
 髪をつかまれ、散々殴られたと思しき女がシーナだと気づくのに時間がかかった。
「シーナ!?」
「アリア様、お逃げ、ください」
「貴様が『アリアソーンの蒼き宝玉』だと? 伝説の『春巫女』というから、どれほど絶世の美女かと思えば……泥だらけのこ汚い田舎娘じゃないか。おい貴様、替え玉じゃあるまいな」
 嘲笑と冷徹な眼差しにアリアは怯まない。
 蹴散らされる花園を見て泣きそうになったが、ぐっとこらえて相手を睨み据えた。
「蒼き宝玉だかなんだか知らないけれど、春巫女は私よ。シーナを放しなさい、乱暴者」
 暫く睨み合いが続いて、シーナは解放された。投げ渡すかのような扱いにアリアは怒りこそ覚えたが、感情を高ぶらせてはならないと散々教えられてきたので冷静を装う。呼吸の荒いシーナは「アリア様、ごめんなさい、お許しを」と息も絶え絶えに呟くばかり。
「では聞こう」
 赤い瞳の男は、パチンと指を弾いた。
 兵士の一人が鳥籠の中に入った青い薔薇を持ってきた。
「不可能の薔薇を咲かせた春巫女は、本当に貴様なのか」
「それ……シーナにあげた……あ、貴方が商人なの? どういうこと? なんでシーナにこんな酷いことするの。シーナは貴方に喜んで欲しくて、贈り物を悩んで相談して、こっそり渡したのよ、それなのに」
「本当らしいな」
 俄かに信じきれない、という顔をした後、赤い瞳の男は指で合図をした。それまでアリアとシーナに剣を向けていた兵士たちは一斉に武器を収め、部屋から退出していく。
 踏み荒らされた花園は見るも無残な有様になっていた。
「失礼した。というのも今更か」
 園内へ踏み入り、アリアの育てた花々を見渡す。
「よく見れば、宝の山だな。これを全てお前が咲かせたのか」
 何事もなかったかのように話し出す。馴れ馴れしい態度に腹が立ったがこらえた。
「そうよ。少しずつ、ご褒美にもらった種や苗から、お庭を花で埋めたの。欲しいなら全部あげるわ。だから出て行って」
「無理な相談だな。先ほど大神官が投降し、アリアソーンは併合された。ここはもう俺の国だ」
 苦笑しながら、当然のように花園を歩き出す。アリアは耳を疑った。
「へいごう?」
「そう。この国は戦に負けたのだ。大神官は休戦協定の証として『春巫女の身柄を引き渡す』ことに同意した。今日中に我が国に来てもらうぞ、春巫女アリア。事が落ち着いたら結婚式くらいはあげてやる。まずは……その汚い格好をどうにかしろ、三時間くれてやる」
 ばさりと身を翻した男の背中には『三つ首の鷹』の紋章があった。
 軍事国家ヴァルドレの証。
 その時になって、アリアはようやく。
 世界最小の宗教国家アリアソーンが、大国ヴァルドレに吸収合併された事を理解した。歴史の授業でしか習わなかった国同士の合併。目覚めたアリアが地震だと思っていたのも、放弾による破壊音だった。
 そして自分は人質として引き渡されることを……悟った。
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