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まずは名を名乗れ

第28話

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 「ごめん…、なんか出てきた…」



 ちょっとちょっと…!


 なんでそんないきなり!?

 私は別に何もしてません!

 突然泣かれても困るんですけど??

 必死に宥めようとしたけどダメだった。

 それどころか、わけわかんないことを言い始めて。


 「ずっと夢に見てたんだ。お前のことを…。もう会えなくなるなんて信じたくなかった。ずっと一緒にいるものだと思ってたから」

 「…夢に?」

 「なあ、キスしてもいい?」


 ハア!!?

 ダメに決まってんでしょ!

 急に何を言い出す。

 大体あんたの名前は??

 そういえばさっき言ってたな

 なんて言ってたっけ…


 「健人。神宮寺健人」

 「うーん」

 「なんだようーんて」

 「いや、聞いたことないなと思って」


 名前を聞いたら思い出せるかもと思ったが、やっぱりダメだ。

 悪いけど見なかったことにしてくんない?

 感動の再会みたいなんだろうけど、“勅使河原サユリ”はもうこの世にはいないんだ。

 死んだものとして扱ってくれる?

 幽霊としてならまだワンチャンあったかもしれない。

 だけど今は仕事中で、門限時間もあるから早く帰らないと。

 ごめんね?

 突き放すようだが、あんたの気持ちには応えられない。


 男の元から離れようとした。

 話してたって埒があかないから。

 こちとらスイーツを買いに来たんだ。

 あんたに構ってる暇はない。

 私たちがどんな関係だったかも聞くつもりはない。

 思い出さなくたっていいことがこの世の中にはある。

 …というか、ちょっぴり怖いんだ。

 人間の頃の記憶が蘇るのが。


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