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今日からお前は私の従者だ

第31話

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 「で、コイツを連れて帰ってきたと」

 「はい、すいません」


 悶々と先輩に怒られている。

 原因は、そう、アイツ。

 思いきって話してみたんだよね。

 さっきのことを。


 「人間だった頃の記憶がないんじゃなかったの?」

 「ないですよ!」

 「じゃ、なんでアイツはついてきたんだよ」


 不思議だったのは、いつの間にか私の体が、「望月町子」に戻っていたことだ。

 …いや、そこは重要じゃない。

 先輩が言うには、下界で私が望月町子の姿になっているのは、一種の幻覚に近い状態。

 天使間の間では「私」は勅使河原サユリであり、望月町子に見えているかどうかが重要ではない。

 天使が下界にいる間は、魔法省が作った『レプリカ』という偽造人間の器を利用して、人間の社会へと潜入する。

 レプリカたちは天使の魂が入るまでは普通に生活していて、それぞれが各々の住民となりながら、何気ない人生を送っている。

 私が「望月町子」というレプリカに入り、人間社会に問題なく溶けこむことができるのはそのためだ。

 レプリカたちはいわば人造人間みたいなもので、魔法によってその肉体が作り上げられている。

 「望月町子」という人間は元々どこにも存在していない。

 家族も住民票も、魔法省が一から作成して、存在そのものを“偽証”してる。

 人間からしてみれば、レプリカと人間の区別はつかないだろう。

 ちなみに夏木先輩は「門田葉子」というレプリカのデータを使っている。

 …ただ、通常の生活ではレプリカをアップロードすることはなく、自分の姿で活動しているそうだ。

 理由は、“めんどくさい”から。


 問題なのは、なんでレプリカの中に入ってる私が、「勅使河原サユリ」の見た目に戻ったのかということだ。

 原理上はあり得ない。

 というか、もちろん天使に昇格すれば、レプリカの見た目そのものを自由に書き換えることは可能だが、今の私は魔法の使用が封じられている。

 それなのに見た目が変化することなどあり得ない。

 だから夏木先輩は私の言葉を信じてくれなかった。

 可能性がゼロじゃないにしても、信憑性に欠けると。
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