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深淵からの使者

第197話

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 緑間は夜月の無線連絡の後、ポキポキっと退屈そうに肩を鳴らした。

 モモカは相変わらずのペースだった。

 陣形を組むとは言え、断層から魔族が出てくる可能性は低い。

 それは彼らの経験上でも明らかだった。

 出てきたところで、クリーチャーの確率がほとんどだ。

 “大きい反応”と言っても、所詮はクリーチャー止まり。

 そこまで身構える必要はなかった。


 バサッ


 空気が揺れる音の向こうで、五月雨江を構えるキョウカの姿があった。

 彼女は天守閣に正対するように本丸の上空にいた。

 ギリギリと弓の弦を引き、狙いを定めている。

 緑間はその様子を見ていた。

 上空にいる彼女を眺めながら、その一部始終を視線で追う。

 キョウカの「弓」は、敵を撃ち抜くのにも役立つが、彼女の魔力をさまざまな形に変換できる“ソース”としても機能している。

 その多面性は「武器」という役割に留まらず、あらゆる場面、行動面のツールとしても有用であり、まさしく今この状況においても、その高度な“性能“が生きようとしていた。

 五月雨江の見た目は変化していた。

 少なくとも、霧雨を放った当初よりも少しだけ縦に伸び、左手で支えられた弓幹は太く、分厚くなっていた。

 「ギア」とは、本来そういうものだ。

 天使にとっての武器でもあり、”手“や”足“に通じるもの。

 人の手や足に血が通っているように、「ギア」には持ち主の魔力との密接な関係性が、細胞レベルで繋がっている。

 スゥっと息を吸い、キョウカは魔力を注ぎ込んだ。

 白い吐息が、彼女の細い指先にかかった。

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