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第1章 空の旅路へ
第8話
しおりを挟む──風裂祭(ふうれつさい)。
それは、スカイタウンに本拠を置くエアリア・ギルドが、年に一度だけ開催する、空の試練の祭典である。
エアリア・ギルドとは、ヴェントゥスの風を護り、漂流島を結ぶ航路を開拓し、失われた古代の言葉と地脈を探求する者たちの集団である。
彼らは単なる冒険者ではない。
風の神エアリアが残した神核の意志に忠実な、「空の継承者」たちだ。
その中でも特に選ばれた者たち――
ギルド正式認定の冒険者、通称スカイランナーは、
漂流島を渡り、未知の空域を拓き、そして時に、崩壊しゆく空を救う任務を担う者たちだった。
スカイランナーは、空の自由を象徴すると同時に、ヴェントゥスの生命線そのものを守る存在でもあった。
風裂祭は、そんなスカイランナーを選び出すための最初の門。
それは、単なる力試しではない。
■ 空域走破――速度と風読みの技術
■ 漂流島探査――直感と判断力
■ 古代言語解読――知識と洞察
■ 空域戦闘――機転と度胸
複数の試練を経て、真に「空に愛された者」のみが、スカイランナーの名を得ることが許される。
その過程で、数多の挑戦者が脱落し、あるいは夢を断たれていった。
それでも、人々はここを目指す。
空の向こうに、まだ見ぬ世界が広がっていると信じるから。
それが、風裂祭だった。
広場には、挑戦者たちが整列していた。
浮遊台座の中心には、ギルド代表たちが並び立っている。
トレインもまた、列の中に立っていた。
周囲から伝わる緊張の波。
空気は、まるでぴんと張った弦のようだった。
手のひらが汗ばんでいる。
心臓が速く打っている。
でも、それを怖いとは思わなかった。
これが、空に立つための「本当の始まり」だと知っていたから。
ふと、トレインは空を見上げた。
高く、どこまでも澄んだヴェントゥスの空。
その向こうには、まだ誰も見たことのない空域が広がっている。
そこへ行くために、自分はここにいる。
風裂祭の開幕の時が、迫っていた。
巨大な浮遊台座が、ゆっくりと光を放つ。
風の結晶が共鳴し、天空に向かって虹色の柱を立ち上げた。
そして、ギルド長老会の代表が、風を切るように宣言した。
「ここに、風裂祭の開幕を告げる!」
広場中に、風鈴の音が、一斉に鳴り響いた。
それは、祝福と、試練の始まりを告げる、空の合図だった。
風裂祭の開幕宣言が終わると、挑戦者たちは一斉に移動を始めた。
試験第一段階――
空域走破試験(エア・クロス)へ。
トレインもまた、与えられた識別リングを手首に装着し、列の流れに従って歩き始めた。
向かう先は、スカイタウンの外縁に位置する、浮遊試験空域。
大小さまざまな漂流島がランダムに浮かび、風脈の強弱と乱流が入り混じる天然の難所だった。
そこに設定された空中コースを、いかに速く、いかに正確に走破できるか。
それが、空域走破試験のすべてだった。
ただ速さを競うだけではない。
風を読む力。
航路を即興で選び抜く判断力。
そして、何よりも、空を「感じる」勘。
すべてが試される、最初の関門。
(オレにできるか……)
トレインは、胸の奥に微かな緊張を抱えながらも、顔を上げた。
周囲には、様々な参加者たちがいた。
真紅の外套を羽織り、巨大な弓を背負った長身の青年に、片目に風結晶製のゴーグルをかけた、小柄な少女。
銀色のスカイボードに乗り、耳からイヤホンを垂れ下げている少年もいる。
誰もが、ただならぬ空気をまとっている。
生半可な覚悟では、ここには立てない。
ふと、横を歩く赤髪の少女――ミリア・ブラストと目が合った。
彼女はにやりと笑う。
「気ぃ引き締めろよ、トレイン。空域走破は“風の牙”を抜くための試練だ。
落っこちたら、二度とここには戻れねぇぞ」
言葉は軽いが、その目は冗談を言っていなかった。
風の牙(ウィンドファング)――
それは、ヴェントゥスの空にだけ存在する、見えない突風と渦のこと。
舵を誤れば、一瞬で機体を呑み込まれ、空の藻屑と化す。
「……わかってる」
トレインは短く答えた。
覚悟はできている。
この空に生きると決めたのなら、避けて通れない道だ。
浮遊試験空域が、眼前に広がった。
大小無数の島々が、重なり、交差し、時にぶつかり合いながら、天空の海に島影を描いている。
その間を縫うように、淡い光の航路が設定されていた。
それが、今回のコースだ。
ただし、航路を守るだけではゴールにたどり着けない。
流れを読み、時にはリスクを冒して、最短ルートを選び取る。
その判断が、生死を分ける。
「試験艇に乗り込め!」
監督官の号令が飛ぶ。
トレインは、ポートに整列された貸出用の試験艇へと駆け寄った。
《スウィフトウィング》ではない。
ここでは、ギルドが用意した、同一性能の統一艇を使用する決まりだ。
公平な条件。
だからこそ、問われるのは「乗り手の力」。
トレインは、艇にまたがり、深く息を吸った。
ハンドルに手をかけると、魔力結晶が微かに振動し、機体がふわりと宙に浮かぶ。
空気の匂い。
風の密度。
遠くで響く風鈴の残響。
すべてが、トレインを押し上げる。
「……行こう」
トレインは、まだ見ぬ空へ向かって、静かに呟いた。
そして、空域走破試験のスタートの合図が、
高く、鋭く、風を裂いた。
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