勇者を討伐した魔王様は魔力を封じられた為に解雇される。

吉樹

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第3章 『エルフ国編②』

第3話 「魔王様、欲求不満に悩まされる」

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 夜。
 ジャミンの宿屋に泊まっていた私は、なかなか寝付けなかった。
 ……まあ、あれだ。
 私にも人並みの性欲はあるということで。


(くそ……ネミル殿が見ているかもと思うと……)


 いつどこで見ているかわからないストーカーの影が気になり、私は欲求不満となっていたのである。
 席を外すとは言われていたものの……そういう問題ではないだろう。

 アテナはいつも通り、夜は精神世界に戻っているので、いまこの場には私しかおらず。

 いつもなら……(いつもではないが)


(イライラする……)


 荒々しく寝返りを打つ。
 悶々とした感情のせいで、なかなか眠りに付けないことが、さらにイライラ感を募らせてくる。


「くそ……っ」


 ベッドから出た私は、外套を纏うと部屋を出た。
 気持ちを紛らわせようと、夜の街を散歩するためだ。

 宿の外に出ると、夜風が肌を撫でてきた。

 少し肌寒かったが、いまの私にとっては心地よく。
 特に目的地も定めずに、夜の街を散策することに。

 宿泊街ということもあり、夜中だというのに通りにはちらほらと人影があり、それなりの喧騒が夜の街並みをにぎわせていた。
 その目抜き通りから脇道を覗くと、景色はがらりと一変する。
 客引きが何人もいて今宵の獲物を品定めしており、黒エルフはもとより他の種族の冒険者たちが、下心丸出しの顔で通り沿いの怪し気な店へと入っていく……

 中には、興味ないとばかりに澄まし顔で入店する者もいたが、結局のところ、は他の連中と変わらないだろう。


(こういうところは、種族は関係ないんだな)


 魔族国の首都であるオベリスタにすら、こういった類の店が裏通りには点在しているのである。
 私が魔王の頃は、見て見ぬふりをしており、取り締まることはしなかった。
 こういう捌け口の場所は、人間という生物の以上、必要不可欠だからである。

 下手に取り締まった方が犯罪率も高まり、治安も悪くなることだろう。
 適度な息抜きの場所は、子供や大人に限らずに、必要ということなのだ。


(まあ……私は利用したことが一度もないけどな)


 女である私としては、当然のことだろう。
 まあ、女性用のそういう店もあることにはあるが……


「そこの魔族のぺっびんさん! いい店が──」


 私に気付いたひとりの客引きが声をかけようと近づいてきた。
 欲求不満のいま、その誘惑に負けそうな私は、足早にその場を後にする。
 魔族の私は、この黒エルフ領では目立つのだ。
 だからこそ、下手な噂は避けなければならないのである。

 しばらくあちこちと歩き回って気分を紛らわせた私は、少し疲れたこともあり、噴水公園のベンチに座り、夜空を見上げた。

 まさに、文句のつけようもないほどの満点の星空が広がっており。
 夜の王者たる満月が、堂々とした姿を眼下のものたちに惜しげもなく見せつけていた。


(満月……か。確か満月は、女が発情するんだったか……?)


 古臭い迷信だが……いまの私には、決して馬鹿にすることは出来なかった。
 とはいえ、夜風に当たり、夜の街並みを見てきたいま、だいぶ気持ちが収まってきてはいたが。

 どれくらいの間だろうか。
 ぼんやりと夜空を眺めていると──ふいに、声がかけられてきた。


「──ずいぶんと、無防備な姿を晒しているな? クレアナード」


 嘲笑ではなく愉快そうな男の声に視線を向ければ。
 
 口元を覆うマスクをつけた黒エルフの男が、いつの間にかその場に佇んでいた。
 見覚えがない男に、私は眉根を寄せる。


「誰だ……?」


 月夜を背に、男が告げてきた。



「我が名を忘れたか? ──ウーアという名を」



 ※ ※ ※



 告げられた瞬間、私はベンチから飛び跳ねており、戦闘態勢をとっていた。

 暗殺者とは、自分の顔を隠すもの。
 だから前回、バースと名乗っていた時の顔は、変装していたものなのだろう。
 そしていま、私の前にいるこの見知らぬ顔も……


「なぜお前がここにいるんだ……? まさか、私を追って……」
「そう警戒するな。いま姿を見せたのは、ただの挨拶だ」
「……挨拶、だと?」
「いま、俺は別の暗殺依頼を受けている。そのために黒エルフ領にいるわけだが、お前の姿を見かけたのでな。恥ずかしいが、居てもたってもいられず、こうして姿を見せてしまった次第だ。ククク……プロ失格だなこれでは」
「…………なぜ私の前に」
「あの時、言っただろう? お前を抱くと」


 躊躇ない宣言にさらに私が警戒心を滲ませるが、暗殺者は、意外なことに肩をすくめてくる。


「この不思議な感覚に、俺自身が戸惑っている」
「……?」
「お前の”全て”が欲しくなった」
「何を言って……」
「身体だけではない。その心も、手に入れたくなった」


 私を真っすぐに見つめてくるその熱い視線に、私は……気圧されてしまい、一歩だけ後ずさった。
 しかし私は気持ちを奮い立たせ、戯れ言を宣う暗殺者を睨み付ける。


「ふざけるなよ。命を狙い、身体を狙い、今度は心だと? 私を舐めているのか」
「……まあ、そういう反応になるのは予測済みだ。だが、安心しろ。すでに依頼者との縁は切っている以上、お前の暗殺依頼はすでに反故となっている」
「お前の事情など知ったことじゃない」
「やれやれ……お前の心を手に入れるのは、なかなかに苦労しそうだ」
「………、本当に私を求めているのなら、私の暗殺を依頼した人物を教えてもらおうか」
「それは出来ない相談だ。縁を切ったとはいえ、依頼者を裏切るのはご法度だからな」
「……意外と義理堅いことだな」


 吐き捨てる私は、警戒したままでいまの自分の状態を確認した。
 街中ということもあり、さすがに剣は携帯してはいなかった。
 髪飾りも就寝前ということで外しており、いまの武装は邪魔にならない指輪だけだった。

 つまるところ、いまの私の武器は、弱体化した影響が濃い体術と魔法のみ、ということだ。


(しくじったな……下手な欲求不満のせいで、浅慮になっていた)


 後悔しても、もはや遅いだろう。
 現状、この男がその気になれば、果たしていまの私が抵抗できるかどうか……

 とはいえ、ここは街のど真ん中である公園であり。
 周囲には恋人同士であろうカップルや酔っ払いの姿があるので、ここで騒ぎが起きれば、彼らが通報してくれるだろう。
 そうすればすぐに街の官憲が駆けつけてくるだろうから、それをアテにして動くしかないだろう。

 まあ、官憲たちが駆けつけたとしても、この暗殺者に敵わないとは思うが、そもそも暗殺者という職種の以上、ひと目を嫌うのだ。
 仕事暗殺に影響がでるからだ。
 騒ぎが大きくなればなるほどに野次馬も集まってくるだろうし、腕に覚えのある冒険者も参戦してくるかもしれない。

 なので、騒ぎが大きくなれば私が有利となり、暗殺者が不利となるのである。

 他力本願ということなかれ。
 いまの弱体化した私では、まともにやっても、こいつには敵わないのだから。
 前回追い払えたのは、あくまでも意外性で意表をついたにすぎないのだ。

 とはいえ……


(こんな時、ダミアンが居てくれたら……)


 幼いながらも頼もしい仲間。
 こんなことならば、妹への報告などどうでもいいから傍にいてくれ、と言っておけばよかったかもしれない。
 まあそもそもが、私が弱体化さえしていなければ、こんな事態など取るに足らなかったのだろうが……


(いざとなれば、アテナを召喚するしかないか)


 不機嫌極まれりといったアテナの姿を想像する。
 事が片付いたとしても……後がものすごく怖い。
 だが、そんなことは言っていられないだろう。

 覚悟を決めて私が身構えると、暗殺者は小さく溜め息を吐いてきた。


「本当に、苦労しそうだな。だがまあ……それも悪くない。簡単に手に入っては、それはそれでつまらないからな」
「……特殊な性癖をもっているようだな」
「ククク。惚れた男の弱みというやつだ。クレアナード、お前は罪な女だよ」
「……私に責任転嫁しないでもらいたんだがな」
「ククク……ああ、そうだな。悪いのは、そんなお前に惚れてしまった俺の責任だ」
「…………」
「そう警戒するな。もうお前を力づくでどうこうしようとは思っていない。そんなことをしても、身体は手に入れられても、心は永久に手に入らんからな」


 そう述べてくる暗殺者を前に、私はどう返答していいのか困ってしまう。

 ふざけるな、と怒ればいいのか。
 ふざけるな、と罵倒すればいいのか。
 ふざけるな、と嘲笑すればいいのか。

 あるいは……

 押し黙った私をじっと見つめたあと、暗殺者がマスクの下で微笑する気配。


「今回の依頼を完遂した後、


 私の返答を待たずに、あっと言う間にその姿をかき消していた。
 ひとり取り残された私は、なんともいえない気分にさせられる。


(……というか。あいつあの暗殺者、誰を暗殺する気なんだ……?)


 思い浮かぶだけで候補者が何人もいる以上、特定は難しい。
 とはいえ……


(まあ、ただの冒険者でしかない私が、気にしても仕方ないか)


 どこの誰が暗殺されようが、あいつが返り討ちに合おうが、私にとっては関係のない話なのだ。
 あの暗殺者の暗殺標的が私でないことが重要であり、それ以外のことならば気にしても仕方なく。
 とりあえずの”安全”が確保された私は、安堵の息を吐いてから再びベンチに座り込む。


「……情けないな。いまの私は、こんな程度の事態にすら──のか」


 自嘲的に独りごちる私はすでに欲求不満など吹き飛んでおり、疲れた眼差しで、月夜をいつまでも見上げていたのだった。



 ※ ※ ※



「クレア様。もう朝ですよ?」
「……んー……頼む、あと5分だけ……」
「そのセリフ、もう3回目なのですが?」
「……んー……じゃあ、4回目ってことで……」


 意識が混濁している私は、端的に言って寝不足だった。
 昨夜、いろいろなことがありすぎたために、結局寝るのが遅くなってしまったのである。


「やれやれ。仏の顔も三度までですが?」
「んー……煩いぞ、アテナ……」
「え……っ」


 やりとりすら面倒になったので、私はベッドの中にアテナを引きずり込む。
 そして何か言おうとしていたので、黙らせるために彼女の口を手で塞いでおく。


「むぐ……」
「眠いんだ、私は……」


 ベッドの中に引きずり込んだアテナを黙らせたことで、私は再び心地よい夢の中へと……


 ………

 ……

 …


「……ん……ん~~っ……んあ? あれ……いま、何時だ……?」
「おはようございます、クレア様」


 右手で鉛筆をタバコに見立てて吸っている振りをするアテナが、左腕で私に腕枕をしていた。


「……なぜ事後風」
「覚えていないのですか? 激しかったですよ、クレア様は」
「……笑えない冗談は、さすがに寝起きにはキツイぞ」
「おやおや。記憶がないからといって無かった事にしようなどと。どこぞのやり逃げ男の常套句ではありませんか」
「…………というか。なんでお前が私のベットに寝てるんだ?」
「……それすら覚えていらっしゃらないとは。さすがに驚きました」


 呆れたような声で述べたアテナは、「よいしょっ」っとベットから出ていく。
 布団がめくられたことで外気が直撃した私は、思わずぶるっと震えてしまう。


「寒っ」
「大げさですね。もう昼過ぎなんですから、それほど寒くはないと思いますが?」
「寝起きは体温が低いんだよ──って、もう昼だと? なんでもっと早く起こしてくれなかったんだ」
「……クレア様。さすがに私も怒りますよ?」
「?」


 ジトっと見据えてくるアテナに、思い当たる節がない私は、どう反応していいかわからなかった。



 ※ ※ ※



 朝食を兼ねた昼食を終えた私は、早速ギルドにて依頼を受けて、現地へと足を運んでいた。
 依頼内容は当然ながら魔獣の討伐であり、その対象は、中級魔獣であるトレントやウルフである。


「はあっ!!」
「っきゃうん……っ」

「せやあっ!!」
「ギィィイィ……っ」


 アテナの援護のもと、防風林の手前の平原にて戦闘する私は、次々と魔獣を打ち倒していく。


「妙に張り切っておられますね」
「まあな!!」


 胡乱げに聞いてくるアテナに答えつつ、横手から飛び掛かってきた狼魔獣を頭から一刀両断。
 さらに私は側面へと氷魔法を放っており、足元を凍らされて動きが封じられた樹木魔獣へと一足飛びに距離を詰め、突進のままの勢いを乗せた果断の一撃でもって切り伏せる。


(不満解消には、やっぱりこれだな!!)


 鬱憤を晴らす手段としては、まさに最高といえるだろう。
 なにせ遠慮も呵責もなく、思う存分に力を振るって相手を粉砕できるのだから。


「ぐるるるるるるる……っ」


 一匹のウルフが気圧されたのか、逃げ腰となる。
 その態度にいち早く気づいた私は、即座にその魔獣へと飛び掛かっていた。


「逃げるな!!」
「きゃうん……っ」


 逃げられる前に、そいつの胴体をぶった切る。

 ……可愛そうと言うことなかれ。
 討伐依頼の理由が、近隣村々の畑がこいつらに荒らされた故なのだからだ。


「「ギィイイィイイーーーー!!」」
「「ガルルルルルルーーーー!!」」

「向かってくるか! そうこなくてはな!!」


 怒りの咆哮を轟かせた魔獣たちが、一斉に私へと襲い掛かってくる。
 私は喜々として剣を構え直し、迎え撃つ。



 様々な不満を晴らす意味合いがあるこの一戦に、私は全力を尽くす──そして。



「……ふう。さすがに、疲れたな」


 魔獣を全滅させた私は、大きな吐息。
 かなり疲れたが、心地よい疲れであり、気分もすっきり晴れていた。


「ストレス解消には、やっぱり魔獣退治が一番だな」
「そのセリフ、傍から見るとかなりの危険人物ですね」
「まあな」


 魔獣の部位回収をしながら言ってくるアテナに、私は苦笑い。


「全力で動いたせいか、なんか小腹が空いたな。アテナ、回収が終わったらなんか軽食を頼むよ」
「おばあちゃん。お昼ご飯はさっき食べたでしょう?」
「……私をボケ老人扱いしないでくれないか」
「これは失礼を」


 慇懃無礼な態度で謝罪するアテナだった。

 その後、馬車近くに移動した私は、簡易テーブルにてアテナがささっと作り上げた軽食に舌鼓を打つ。
 調理時間は極めて短かったがクオリティは極めて高く、改めてアテナの力量に感服させられていると。


「くう~~~! すっごいおいしいねこれ~♪ クレアちゃんってば、毎日こんなおいしいの食べてるワケ? 羨ましすぎなんだケドーっ?!」

 
 いつの間にか姿を見せていたネミルが、ちゃっかり相伴に預かっていたりする。
 その彼女へと自製のハーブティーを差し出すアテナへと、私もハーブティーを飲みながら。


「アテナ、持て成さなくていいぞ。招かれざる客なんだしな」
「おや、そうなのですか?」
「ひっど~!? 激おこだよっ? 私が怒ったらとっても怖いんだからネ!」
「……まあ、それはそうだろうけどな」


 弱体化する前全盛期の私でさえ、彼女を”本気”にさせることは出来なかったのだから。

 浮遊しながら軽食とハーブティを器用に食すネミルが、思い出したように私を見てくる。

「そうそう、クレアちゃん?」
「ん? なんだ?」
「別にさ~、私に気をつかう事ないんだからね?」
「……ん? どういう意味だ?」
「夜にベッドの中でしたってさ、布団の中だからナニをしてるかなんて見えないんだし」
「──っ」


 絶句してしまう。
 アテナが「お盛んですね」と揶揄してくる。
 私は、辟易した眼差しを浮遊している女へと向けた。


「私のプライバシーを返してくれ」
「にゃはは~! が片づくまでは、付きまとわせてもらうよ~ン! 暇つぶし暇つぶし~♪♪」


 意味深なことを言いつつ、ネミルは愉し気に笑うのだった。



 ※ ※ ※

 ※ ※ ※



 暗殺者──ウーアは歓喜に震えていた。

 まさか黒エルフ領にて邂逅できるとは……どれほどの偶然だというのか。
 これはもはや、運命と言い換えてもいいだろう。

 あの女クレアナードに会って以降、彼の心の中には、常にその姿があった。

 後腐れのない”金で買った女”で駆られる欲求を満たそうとするも、どうしても満たされず。
 いつも”最後の瞬間”には、男を誘惑するクレアナードの艶めかしい裸体が脳裏を過り、満たされない不満ばかりが募っていく毎日だった。

 やはり、クレアナード本人を手に入れなければ、この果て亡き欲求は満たされないのだと悟る。

 力づくで組み敷くのは容易いだろう。
 しかしそれでは、彼女の心は絶対に手に入らない。
 身体だけではなく、その心も抱きたいのである。

 なんともいえないジレンマに……ウーアは身悶える。


(なんとも忌々しい感情だが……)


 しかしそれでいて新鮮でもあり、愉しくもあったのだ。
 難攻不落の城塞を落とす気持ちというのは、こういう感覚なのだろう。

 苦労を経て落とした時、どれほどの喜びに満たされることだろう……


(ククク……早く、組み敷いた俺の下で、愉悦に喘ぐ貌を見たいものだ)


 だが、焦りは禁物ということも重々承知している。
 暗殺者としては優秀だとしても。
 こと男女の関係については、歴戦練磨ということはないのだ。


(早く仕事を片付けて、あいつクレアナードに全神経を使いたいところだが……)


 標的が難敵の以上、そう簡単には事は進まないだろう。
 万全の準備を整えなければならない。
 でなければ、返り討ちに合ってしまうだろう。


(やれやれ……こんなにも気が逸るのは、いつ以来だ……?)


 まるで、恋い焦がれるウブなガキである。
 まさか自分が、ここまで虜になってしまうとは……


(本当に、あの女は罪深い……)


 くっくと自嘲的に笑うのだった。

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