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第4章 『獣人国編』
第10話 「魔王様、獣王と死闘する」
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筋骨隆々であり、威風堂々とした佇まい。
雄々しいたてがみは、まさに絶対王者の風格を纏っており。
切れ長の双眸は、無条件でひれ伏したくなる程の威圧感を宿していた。
その獣人の登場と共に、彼が背にする通路から荒々しい音と共に入ってくるは、武装した一個部隊だった。
豹族や熊族といった戦闘に特化した種族で固められていることから、精鋭部隊であることは間違いなく。
一切無駄のない統制のとれた動きでもって、この大広間のすべての出入り口が固めらてしまう。
彼らの鎧から正体を把握したらしく、贅肉の配下である兵士たちが硬直した。
現状、敵か味方かわからない上に、逆らっても無駄だと判断したからである。
そんな一方では、今まで冷静さを保っていたレオがその獣人を見るや、初めて動揺の色を見せていた。
「……コルモンデス陛下。なぜ、このタイミングでここに……」
レオが戦慄すら滲ませるのも、仕方がなかった。
なにせ、精鋭部隊を率いるその獣人は、最強の獣人である獣王だったのだから。
「確かお前は……そうそう、我は知っているぞ? 狼族の勇者だな」
「……俺のことを知っていて頂けたとは、光栄の限りです」
「我は、強者のことは決して忘れぬからな」
意外と気さくに話しかけたものの、獣王の眼差しが鋭さを増した。
「状況からして、我が弟と刃を交えたようだな。これは、狼族の総意と捉えてよいのかな」
「……陛下、誤解なきよう。これはあくまでも、俺個人の意思です。村は……関係ありません」
「ほう……?」
獣王が放つ威圧感に萎縮するレオに、見かねた私が助け船を出す。
「王弟バモンズを消し飛ばしたのは、私だ」
私の発言により、初めて獣王が私へとちらりと視線を向けてきた。
彼にとったら、ただ目を向けただけなのだろうが、それだけで私はとんでもないプレッシャーを与えられることになる。
それでも歯を食いしばり、決して負けじと、獣王を睨み付けた。
最強魔王としての経験がなければ、この視線だけで私は気圧されてしまい、無様に尻もちをついていたことだろう。
現に、視線を向けられてもいないというのに、ウルはすでに戦意喪失しており、ペタンと尻もちをついていたのだから。
私の過去を知る由もない獣王は、私が尻もちをつかず、逆に睨み付けてくることが意外であり面白かったようで、完全に私へと向き直っていた。
「魔族、か。お前がバモンズを殺したのか」
「……そうだ」
「そうか……困ったことをしてくれたものだな」
獣王が、小さく息く。
「我が弟は、誰にも殺させる気はなかったんだがな」
その発言はもっともだろう。
誰だって、自分の家族を殺させる気なんて、あるはずがないのだから。
その発言から推察するに……弟を殺した私は、兄である獣王の怒りを受ける、ということである。
なぜ獣王がこのタイミングでこの場に現れたのかは知る由もないが、ひとつ言えることは、私たちにとっては最悪の事態である、ということだろう。
(こんなに早く獣王が来るとは……)
王弟を殺った後、さっさとこの国をトンズラするという計画がご破算である。
獣王は、まともに戦って勝てる相手ではないのだから。
最強魔王だった頃ならば、勝敗はわからないかもしれないといった五分五分の感じかもしれないが、いまの弱体化した私だと、確実に負けるのは私だろう。
王弟殺しの私を眼前にして、獣王がみすみす仇を逃すとも思えない……
(どうする……どうすればいい……)
起死回生を考えて私が焦っていると、思いがけないところから援護の声が。
「クレアナード殿」
獣王からの視線から遮るかのように、私の鼻先に大剣が振り落とされた。
「俺は言ったはずだぞ。すでに覚悟はできていると」
「レオ……?」
「王弟殺しの責は、貴殿だけに背負わせはしない。俺も共に背負う。──いや、俺たち、だがな」
精霊のミゲルのことも言っているのだろうが、その様子から、すでに彼らの間で話がついているのだろう。
そんな私たちを前にして、獣王が楽し気に相好を崩してきた。
「クックック……この我を前にしても、闘争本能が挫けぬか。──面白い」
私としては、ちっとも面白い状況ではないが……
こうなってしまうと、生き残るためには、獣王を倒すしか他に道はないだろう。
出入り口が精鋭部隊に完全に固められていることから、逃道はないのだから。
(本気で逃げようとすれば、逃げ切れるかもしれないが……)
だがその場合、必ず逃げ遅れる者が出るだろう。
私は……たとえ生き延びられる可能性があったとしても、他者を犠牲にしてまで生き延びたいと思うほど、堕ちてはいないのだ。
それに私には、仲間を見捨てる選択肢など、最初からないのである。
だから……
「クレアナード様! ここは俺が時間を稼ぎます! だから──」
駆け寄ってきた悲壮な覚悟をするダミアンの頭を、優しく撫でる。
「私の性格は知っているだろう? お前を犠牲にするなど、私にはありえない」
「ですけど……」
「全員で生き延びる。”あいつ”を倒してな」
私の決意の眼差しを受けた獣王が、嘲笑や侮蔑ではなく、本当に可笑しそうに笑ってきた。
「ハアッハッハッ! この我を倒すか? 意気込みや良し! 女にしては見上げた根性だ、気に入ったぞ! さあ……さあ! お前たちのその滾る生存本能を! 我に見せてみよ!!!」
両手から、王弟よりも鋭い爪を伸ばす獣王。
獣王の勝利を信じて疑っていないようで、精鋭部隊が動く気配はまるでなく。
それが唯一の救いなのだが、逆を言えばその必要がないからと思われているからであり……
それでも今の私たちは、やるしかないのである。
──生き延びるために。
「アテナ、例の薬剤はまだあるか?」
「はい。まさかこれほどの長丁場となるとは予想していなかったので、残り数はわずかですが」
彼女の謎のドーピング剤が切れた瞬間が、私が役立たずと化す瞬間だろう。
弱体化しているいまの私は、ひどく疲れやすくなっているのだから。
渡された薬剤を一気にぐびりっと飲み干すと、疲れが緩和されて全身に力が湧いてくる。
「……ふう。やるか」
こうして私たちは。
本気で生き残るために、絶望的な戦闘に身を委ねることに…………
※ ※ ※
決死の覚悟を決めて、私たちが身構える中。
悠然とする獣王が大きく息を吸い込むや──
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
圧倒的な咆哮が放たれてきた。
生物である以上、本能には逆らえないとばかりに、全ての者がひれ伏せざる得ない威圧感。
重力すら抗えないかのような錯覚に陥らされ、その場にいる者たちは平等に強烈な重圧に襲われており、成すすべなく崩れ落ちることに。
獣王が最強と言われる所以……《獣王の咆哮》である。
精鋭部隊までもがひれ伏す中。
悠然と佇む獣王以外に身を起こしている者は……僅か三人だった。
床に突き差した大剣にしがみつき、犬歯をむき出して堪えていた勇者レオ。
もともとが状態異常とは無縁である精霊のアテナが、多少辛そうにしながらも立っており。
そして……私もまた、蒼刃を杖にひれ伏すことは回避していた。
どうやらこの《獣王の咆哮》は、潜在意識に揺さぶりをかける類の精神攻撃のようで、”最強”だった記憶を持っている私には、それほど影響は与えられなかったようである。
少なからず眩暈は覚えたが、耐え切れないほどのものではなかったのだ。
しかしダミアンとウルが目を回して倒れ込んでおり、王弟の兵士たちも皆が気絶していた。
まあ、王弟の兵士たちはどうでもよかったが。
獣王はたった一瞬でもって、私たちの戦力を減らしたのである。
ただでさえ戦力差が甚だしいというのに、この徹底ぶり。
(獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと聞いたことがあるが……)
さすがに全力すぎるだろう。
大人気ないぞと叫びたかった。
なにせ、いまの私たちは王弟との戦いで疲弊しているのだから。
救いがあるとすれば、すぐに二発目が来ないことだろうか。
これだけの効果がある攻撃なのだから、何かしらの制限があるのかもしれない。
「ほう……これは意外だな。勇者と精霊が我の咆哮に耐えられたのは不思議ではないが、まさか女の身であるお前が、耐え切るとは。魔族の女よ、お前は何者だ?」
「……御大層なもんじゃないさ、私は”ただの冒険者”だ」
「クックック……愉快な女だ。まさかこの我が……女に興味を持つ日が来るとは」
「よほど、女とは縁がない人生だったみたいだな。寂しい奴め」
「クックック……ハアッハッハッハ! 我相手にその啖呵、見事よ!」
褒められたとしても、劣悪な状況が変わるわけでもなく。
私は気合いを入れ直した。
「レオ! 前衛は頼むぞ! 私は中衛から揺さぶる! アテナは援護を!」
「了解した!」
「わかりました」
歯を食いしばったレオが駆けだしたことで、続く形で私たちも動きだす。
対する獣王は、にやりと大胆不敵な笑み。
「さあ来るが良い! 百獣の王が、全身全霊でもって相手をしよう!!!」
宣言した獣王もダンっと勢いよく床を蹴り上げ。
たちまち獣王とレオの距離が消失する。
展開されるは、重量級のぶつかり合い。
王弟との激突とは比較にならないほどに苛烈な攻防なれど。
万全の状態の獣王と満身創痍のレオとでは、やはり互角とはいかないらしく。
無傷の獣王に対して、瞬く間にレオの身体から鮮血が。
さすがにこの状況では遠慮する余裕もない為に、私とアテナも存分に参戦する。
主力であるレオの攻撃の間隙をフォローする私とアテナだが、獣王は全てに対して完璧に対応しており、物ともしない獣王は熾烈な連撃をレオに叩き込み、奮戦するレオの全身から血風が吹き上がっていく。
「ぐ、う……っ」
「どうした狼族の勇者よ! この程度なのかッ!?」
いつしかレオは防戦一方に。
私の攻撃魔法もアテナの影術も意に介さない獣王は、圧倒的な実力差を見せつけてくる。
「遅い!」
「ぐっ……」
飛び掛かった私の攻撃を躱した獣王がカウンター気味で膝蹴りを繰り出してきており、直撃した私は一瞬だけ息が詰まる。
同時に容赦なく回し蹴りが浴びせられ、私は成すすべなく蹴り飛ばされていた。
私に追撃しようと動こうとする獣王の足元から影の手が飛び出して来るも、その影の手が拘束する前に獣王が俊敏にすでに移動しており、影の手は空を掴むのみ。
まるで宙を疾駆するかのような勢いで獣王が私へと襲い掛かってくるが、寸前でレオが飛び込んでくる。
「させん!」
「遅いな!」
一閃される大剣は空を切る。
床にひれ伏すかのように低姿勢となった獣王の頭上を重厚な斬撃が行き過ぎていき、即座に獣王が反撃。
伸びあがるような一撃が、レオの身体を真下から切り裂いていた。
「が、は……」
「まずは勇者から沈めようか!」
「させないから!!」
「なに──」
上体が仰け反るレオの身体から飛び出してきた精霊のミゲルが、トドメを刺そうと爪を振りかぶっていたレオの顔面へと、拳を叩き込む。
ペチっという軽い音から、獣王にダメージは皆無なことが見て取れた。
「あうちっ」
逆に拳を叩き込んでいたミゲルのほうがダメージを負ったようで、彼女から小さな悲鳴が。
効果のない攻撃だったようだが、意外性からなのか、そのことで一瞬とはいえ獣王の動きが止まっていた。
その隙を見逃す私たちではなく。
アテナが発動させた影術が獣王の全身に絡みつき。
足をついて態勢を直したレオが渾身の力でもって大剣を振り落とし。
逃道を塞ぐ形で私が死角から斬りかかる。
対する獣王は──
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
《獣王の咆哮》が、私たちの攻撃を強制的に中断させる。
先程よりも威力が落ちている気がするものの、私たちの動きを止めるには十分だった。
影の手が粉微塵となったことで獣王は自由となると同時に、レオに体当たりをして彼を弾き飛ばしざまに、踏み込みざまに私へと豪快な蹴りを繰り出していた。
「かは……っ」
腹部を蹴られ床をバウンドして転がった私は、よろよろと立ち上がるものの、思わず吐血。
「……お、女を容赦なく蹴り飛ばすとか、男としてどうなんだ……?」
私の恨みがましい眼差しと言葉を受ける獣王は、ニヤリと不敵に笑ってくる。
「戦いにおいては、男も女も関係なかろう?」
そう答えると同時に無造作に右手を振り上げるや、その右の爪に死角から飛び掛かっていたダミアンの短剣が炸裂していた。
回復した彼は奇襲の機会をずっと伺っていたようだが、あっさりと防がれたことに動揺を隠せない様子。
そのことで反応が遅れてしまったらしく、翻した右手に腕を掴まれたダミアンは、片手でもって軽々と宙へと放り投げられてしまう。
「──そして。年齢も関係ない」
無防備なダミアンの身体へと、容赦なく爪を突き込もうとする獣王──が、その瞬間。
「ふにゃああああああッ!」
低軌道から飛び掛かっていたウルが獣王の足に取り付き、がぶりと噛みつく。
やはりいまの《獣王の咆哮》は威力が落ちていたようで、ダミアンとウルは最初の咆哮とは違い、行動不能には陥らなかったようである。
「健気なことだな」
ダミアンへの攻撃をやめた獣王が、むんずとウルの小さな頭を掴む。
恐らくは、そのまま握りつぶそうとしているのだろうが、そんなことをさせるわけもなく。
私が解き放った火炎球を迎撃するべく、ウルの頭を掴んだままで獣王が動こうとするも、その頭上から、くるっと旋回していたダミアンが短剣を投擲する。
しがみつくウルが離れず、しかも頭上からの短剣を弾いたことで、回避も防御も遅れてしまった獣王に火炎球が直撃。
爆炎がその巨躯を揺らめかせ、思わずといった様子でたたらを踏む獣王。
一方では、足に噛みつくウルには影の手がまとわりついており、爆発から守ってくれたようである。
「っ……」
初めて、圧倒的だった獣王がバランスを崩しており。
このチャンスが、恐らくはいまの私たちにとって最後でいて最大のチャンスということは、誰もが理解していた。
ゆえに──
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
蓄積するダメージをおして脱兎のごとく疾駆するレオが、態勢を崩している獣王へと裂帛の剛撃を叩き込み。
「これで!」
「逃がさない!」
着地と同時にダミアンも飛び掛かっており、ウルは獣王を逃がすまいとぎゅっとその足にしがみつく。
獣王の両腕に影の手が絡まり動きを封じると共に、私も氷魔法でもって獣王のもう片方の足を氷漬けに。
私たち全員による同時攻撃を前に、成す術のない獣王は直撃しており、鮮やかな鮮血が宙に待っていた。
※ ※ ※
血の糸を引きながらゆっくりと倒れていく獣王……が、その刹那。
クワっと両目が開かれるや全身の筋肉が膨張して影の拘束を引きちぎるや、ウルがしがみつく足でダミアンへと蹴りを放ってふたりをまとめて蹴り飛ばし。
返す刃で斬りかかるレオへはその繰り出されてくる大剣を両手で白羽取り・同時に強引に引き寄せたことで彼の態勢を崩しており、がら空きとなった腹へとすくい上げる様な一撃が。
「ヌンッ!」
全身のバネを使った拳が仰け反るレオへと炸裂する。
直前でミゲルが先ほどと同じく奇襲していたが、もはや同じ手は通じなかったようで難なく躱されており、レオを吹き飛ばした直後に裏拳が直撃しており、彼女も大きく弾き飛ばされていた。
「……ふう……」
大きく吐息する獣王。
そして思い出したように踏ん張るや、足を氷漬けにしていた氷を粉砕する。
自由を取り戻した獣王は、しかしすぐには動かなかった。
やはりそれなりに、ダメージを負ったからなのだろう。
「……ここまで強いのか……」
倒れた仲間たちを前に、私は愕然と呟く。
そんな私とは対照的に、勝利を疑っていないながらも精鋭部隊の面々からは、口々に感嘆の声が漏れてきていた。
「やはり陛下は最強だ……っ」
「勇者とはいえ陛下の前では赤子も同然!」
「獣王陛下、万歳!」
「コルモンデス陛下、万歳!」
獣王への数々の称賛の声に、私は拳を握りしめる。
(無謀だったのは最初からわかっていた……だが、私たちはやるしかなかった。それしか選択肢が……)
王弟との戦いで疲弊している私たちが、万全の状態でも勝てるかわからない獣王を相手に、戦いを挑むこと事態が無謀だったのである。
かといって、逃げる選択をしていたとすると、逃げ遅れた者が確実に命を落としていただろうから、見捨てるという選択肢がない以上、無謀でも何でも私たちは戦わざる得なかったのだが……
その結果が……これであった。
主力のレオがぐったりと動かず、ダミアンとウルも床に付したまま動かない。
精霊のミゲルも先の一撃が大ダメージだったようで、完全に伸びていた。
まだ命を失った者はいないものの、それはもう時間の問題だろう。
この絶望的な状況を前に、私は必死で打開策を思案する。
(どうする……どうすればいい……)
切り札である指輪の力は王弟戦で使ってしまった為に、今すぐは使えない。
物理を防ぐ腕輪も同様であり、獣人族は魔法を使えないので、髪飾りはこの一戦では無用の長物。
ちらりと脳裏を過るは竜人姉妹だったが、すぐにその姿をかき消す。
リスクマネジメントに長けている彼女たちが、助けに来る可能性は0だからだ。
(そもそもなんで獣王がこのタイミングでこの都市に来るんだ……どう考えてもおかしいだろうが)
本来の計画では、獣王と遭遇することはなかったはずなのだ。
王弟を倒した後は、速やかに獣人国を後にする予定だったのだから。
それなのに。
なぜ私はこの場で、その獣王相手に死闘を演じなければならないのか。
(くそ……考えがまとまらない……っ)
焦る気持ちが拍車をかけるのか、焦慮だけが募っていく。
(私はここで終わるのか……?)
弱体化さえしていなければ……もはや今更だが、どうしても思ってしまう。
冒険者という危険と隣り合わせの職業に就いた以上は、ある意味では覚悟もしてはいたのだが。
こんな理不尽すぎる最後は、さすがに容認できなかった。
本来ならば出会うことのないタイミングによる、最強の獣王との接触。
運命の悪戯といえば多少は聞こえもいいが、だからといって理不尽ということに変わりはなく。
違和感と不自然さしかないこの状況下では、覚悟をしていたとしても、どうしても諦めることはできなかったのだ。
と、そんな私へとアテナが静かに近づいてきた。
「クレア様、もはやこれまでのようです」
「……まだだ。まだ私は諦めない。最期までは……」
「私も同感です。ですから、私も覚悟を決めました」
「なに……?」
「二度目はないと思っていましたが──仕方ありません」
ふいにアテナが飛び掛かってきたかと思うと、私に抱き着いてきた。
「これは大きな貸しひとつですよ」
「アテナ……?」
「必ず取り立てるので」
そのままアテナの身体が、すうっと、私の”中”へと──
※ ※ ※
※ ※ ※
「警告は最初の一度きりだ。下手な抵抗はしないほうがいい」
捕らわれていた女たちを連れて通路を進む竜人姉妹は、取り囲まれていた。
王弟の私兵にではなく、精錬された動きの兵士たちに。
「その鎧……獣王直轄の……マジかい」
獣王が直轄する精鋭部隊──獣王師団。
まさに精鋭中の精鋭だった。
「ってことはまさか、いまこの都市に獣王が……」
ライカは戦慄と共に顔をしかめる。
さすがに高い戦闘力を保有する竜人姉妹とはいえ、最強と名高い獣王とは戦いたくなかったのである。
リスクだけが高い上に、勝ったところで何のメリットもないのだから。
気づけば、先ほどまで間断なく聞こえてきていた反乱による騒音が、すっかり鳴りを潜めていた。
瞬く間に鎮圧された、ということなのだろう。
なぜこれほど早く獣王が動いていたのかは知らないが、ひとつだけはっきりしていることは。
反乱は失敗して、なおかつこの都市がいま、獣王の支配圏にあるということだ。
怯える女たちは抵抗する気はないようで、ただただ震えるのみであり。
憔悴を隠せない兎獣人──ロロも、もはや諦めの境地とばかりに目を瞑っていた。
「レイカ。最悪の場合、ロロだけ連れて逃げるから、いつでも動けるようにね」
「……うん」
この場での精鋭部隊との戦闘が不利と判断した竜人姉妹は、脱出の機会を伺うべく、いまはおとなしく捕まるのだった。
※ ※ ※
「反乱ってか。まあ、納得だけどな」
「巻き込まれたら溜まったもんじゃねーな」
「静観してやり過ごした方が懸命か」
冒険者ギルドにて、冒険者たちが各々の見解を示していた。
ただ一様に共通していたのは、他人事ということだった。
しかしそんな面々とは対照的に、ギルドの職員達は気が気じゃない様子だった。
「ギルド長、我々はどうしたら……」
「領主とギルドが繋がっていることは、もう公然の秘密ですし……」
「職員の何人かが早退したのも、もしかしてこの反乱に加担してるのかも……」
職員たちは不安げな顔である。
この場にいる職員たちは、皆が不正なキックバックを受け取っていたからだ。
逆に、早退した面々は不正を良しとせず、ずっと反対しており。
この状況の以上、彼らがいまどこに居て何をしているかは、もはや言うまでもないだろう。
「……様子見しかないだろうな」
ギルド長は、実に苦々しい顔だ。
「領主側が勝つならばいいが……もし負けるようならば、我々も只じゃ済まないだろう。各員、逃げる準備だけはしておけ」
ごくりと息を呑む職員たち。
と、その場にひとりの冒険者が飛び込んできた。
「おい! なんか獣王師団が反乱鎮圧に乗り出してるぞ!」
ざわつく室内。
「獣王師団っ? なんでこのタイミングで……?」
「反乱鎮圧ってことは……領主の味方ってことか?」
「まあ、領主は獣王の弟だしな」
「こりゃあ……マジで、事が収まるまで下手に動かないほうがいいな」
一方では、ギルド職員たちも戸惑いの表情を浮かべていた。
「どういうこと……?」
「反乱を鎮めてるってことは、領主側が勝つ……?」
「だったら、我々はこのまま静観でいい……?」
職員たちにとっては希望が見え始める中、しかしギルド長だけは楽観視してはいなかった。
「状況がわからない。なぜ獣王師団が動いたのか……不可解だ」
獣人国最強の軍が動いている以上、間違いなくこの反乱は失敗することだろう。
「杞憂ならいいんだが……」
こうなってくると、問題となってくるのは、早退した職員たちの処遇だろう。
まあ、反乱に加担している以上、それ相応の処罰は受けるだろうが。
彼らが抜けた穴を埋めなくてはならないことに、ギルド長は頭を悩ませるのだった。
雄々しいたてがみは、まさに絶対王者の風格を纏っており。
切れ長の双眸は、無条件でひれ伏したくなる程の威圧感を宿していた。
その獣人の登場と共に、彼が背にする通路から荒々しい音と共に入ってくるは、武装した一個部隊だった。
豹族や熊族といった戦闘に特化した種族で固められていることから、精鋭部隊であることは間違いなく。
一切無駄のない統制のとれた動きでもって、この大広間のすべての出入り口が固めらてしまう。
彼らの鎧から正体を把握したらしく、贅肉の配下である兵士たちが硬直した。
現状、敵か味方かわからない上に、逆らっても無駄だと判断したからである。
そんな一方では、今まで冷静さを保っていたレオがその獣人を見るや、初めて動揺の色を見せていた。
「……コルモンデス陛下。なぜ、このタイミングでここに……」
レオが戦慄すら滲ませるのも、仕方がなかった。
なにせ、精鋭部隊を率いるその獣人は、最強の獣人である獣王だったのだから。
「確かお前は……そうそう、我は知っているぞ? 狼族の勇者だな」
「……俺のことを知っていて頂けたとは、光栄の限りです」
「我は、強者のことは決して忘れぬからな」
意外と気さくに話しかけたものの、獣王の眼差しが鋭さを増した。
「状況からして、我が弟と刃を交えたようだな。これは、狼族の総意と捉えてよいのかな」
「……陛下、誤解なきよう。これはあくまでも、俺個人の意思です。村は……関係ありません」
「ほう……?」
獣王が放つ威圧感に萎縮するレオに、見かねた私が助け船を出す。
「王弟バモンズを消し飛ばしたのは、私だ」
私の発言により、初めて獣王が私へとちらりと視線を向けてきた。
彼にとったら、ただ目を向けただけなのだろうが、それだけで私はとんでもないプレッシャーを与えられることになる。
それでも歯を食いしばり、決して負けじと、獣王を睨み付けた。
最強魔王としての経験がなければ、この視線だけで私は気圧されてしまい、無様に尻もちをついていたことだろう。
現に、視線を向けられてもいないというのに、ウルはすでに戦意喪失しており、ペタンと尻もちをついていたのだから。
私の過去を知る由もない獣王は、私が尻もちをつかず、逆に睨み付けてくることが意外であり面白かったようで、完全に私へと向き直っていた。
「魔族、か。お前がバモンズを殺したのか」
「……そうだ」
「そうか……困ったことをしてくれたものだな」
獣王が、小さく息く。
「我が弟は、誰にも殺させる気はなかったんだがな」
その発言はもっともだろう。
誰だって、自分の家族を殺させる気なんて、あるはずがないのだから。
その発言から推察するに……弟を殺した私は、兄である獣王の怒りを受ける、ということである。
なぜ獣王がこのタイミングでこの場に現れたのかは知る由もないが、ひとつ言えることは、私たちにとっては最悪の事態である、ということだろう。
(こんなに早く獣王が来るとは……)
王弟を殺った後、さっさとこの国をトンズラするという計画がご破算である。
獣王は、まともに戦って勝てる相手ではないのだから。
最強魔王だった頃ならば、勝敗はわからないかもしれないといった五分五分の感じかもしれないが、いまの弱体化した私だと、確実に負けるのは私だろう。
王弟殺しの私を眼前にして、獣王がみすみす仇を逃すとも思えない……
(どうする……どうすればいい……)
起死回生を考えて私が焦っていると、思いがけないところから援護の声が。
「クレアナード殿」
獣王からの視線から遮るかのように、私の鼻先に大剣が振り落とされた。
「俺は言ったはずだぞ。すでに覚悟はできていると」
「レオ……?」
「王弟殺しの責は、貴殿だけに背負わせはしない。俺も共に背負う。──いや、俺たち、だがな」
精霊のミゲルのことも言っているのだろうが、その様子から、すでに彼らの間で話がついているのだろう。
そんな私たちを前にして、獣王が楽し気に相好を崩してきた。
「クックック……この我を前にしても、闘争本能が挫けぬか。──面白い」
私としては、ちっとも面白い状況ではないが……
こうなってしまうと、生き残るためには、獣王を倒すしか他に道はないだろう。
出入り口が精鋭部隊に完全に固められていることから、逃道はないのだから。
(本気で逃げようとすれば、逃げ切れるかもしれないが……)
だがその場合、必ず逃げ遅れる者が出るだろう。
私は……たとえ生き延びられる可能性があったとしても、他者を犠牲にしてまで生き延びたいと思うほど、堕ちてはいないのだ。
それに私には、仲間を見捨てる選択肢など、最初からないのである。
だから……
「クレアナード様! ここは俺が時間を稼ぎます! だから──」
駆け寄ってきた悲壮な覚悟をするダミアンの頭を、優しく撫でる。
「私の性格は知っているだろう? お前を犠牲にするなど、私にはありえない」
「ですけど……」
「全員で生き延びる。”あいつ”を倒してな」
私の決意の眼差しを受けた獣王が、嘲笑や侮蔑ではなく、本当に可笑しそうに笑ってきた。
「ハアッハッハッ! この我を倒すか? 意気込みや良し! 女にしては見上げた根性だ、気に入ったぞ! さあ……さあ! お前たちのその滾る生存本能を! 我に見せてみよ!!!」
両手から、王弟よりも鋭い爪を伸ばす獣王。
獣王の勝利を信じて疑っていないようで、精鋭部隊が動く気配はまるでなく。
それが唯一の救いなのだが、逆を言えばその必要がないからと思われているからであり……
それでも今の私たちは、やるしかないのである。
──生き延びるために。
「アテナ、例の薬剤はまだあるか?」
「はい。まさかこれほどの長丁場となるとは予想していなかったので、残り数はわずかですが」
彼女の謎のドーピング剤が切れた瞬間が、私が役立たずと化す瞬間だろう。
弱体化しているいまの私は、ひどく疲れやすくなっているのだから。
渡された薬剤を一気にぐびりっと飲み干すと、疲れが緩和されて全身に力が湧いてくる。
「……ふう。やるか」
こうして私たちは。
本気で生き残るために、絶望的な戦闘に身を委ねることに…………
※ ※ ※
決死の覚悟を決めて、私たちが身構える中。
悠然とする獣王が大きく息を吸い込むや──
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
圧倒的な咆哮が放たれてきた。
生物である以上、本能には逆らえないとばかりに、全ての者がひれ伏せざる得ない威圧感。
重力すら抗えないかのような錯覚に陥らされ、その場にいる者たちは平等に強烈な重圧に襲われており、成すすべなく崩れ落ちることに。
獣王が最強と言われる所以……《獣王の咆哮》である。
精鋭部隊までもがひれ伏す中。
悠然と佇む獣王以外に身を起こしている者は……僅か三人だった。
床に突き差した大剣にしがみつき、犬歯をむき出して堪えていた勇者レオ。
もともとが状態異常とは無縁である精霊のアテナが、多少辛そうにしながらも立っており。
そして……私もまた、蒼刃を杖にひれ伏すことは回避していた。
どうやらこの《獣王の咆哮》は、潜在意識に揺さぶりをかける類の精神攻撃のようで、”最強”だった記憶を持っている私には、それほど影響は与えられなかったようである。
少なからず眩暈は覚えたが、耐え切れないほどのものではなかったのだ。
しかしダミアンとウルが目を回して倒れ込んでおり、王弟の兵士たちも皆が気絶していた。
まあ、王弟の兵士たちはどうでもよかったが。
獣王はたった一瞬でもって、私たちの戦力を減らしたのである。
ただでさえ戦力差が甚だしいというのに、この徹底ぶり。
(獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと聞いたことがあるが……)
さすがに全力すぎるだろう。
大人気ないぞと叫びたかった。
なにせ、いまの私たちは王弟との戦いで疲弊しているのだから。
救いがあるとすれば、すぐに二発目が来ないことだろうか。
これだけの効果がある攻撃なのだから、何かしらの制限があるのかもしれない。
「ほう……これは意外だな。勇者と精霊が我の咆哮に耐えられたのは不思議ではないが、まさか女の身であるお前が、耐え切るとは。魔族の女よ、お前は何者だ?」
「……御大層なもんじゃないさ、私は”ただの冒険者”だ」
「クックック……愉快な女だ。まさかこの我が……女に興味を持つ日が来るとは」
「よほど、女とは縁がない人生だったみたいだな。寂しい奴め」
「クックック……ハアッハッハッハ! 我相手にその啖呵、見事よ!」
褒められたとしても、劣悪な状況が変わるわけでもなく。
私は気合いを入れ直した。
「レオ! 前衛は頼むぞ! 私は中衛から揺さぶる! アテナは援護を!」
「了解した!」
「わかりました」
歯を食いしばったレオが駆けだしたことで、続く形で私たちも動きだす。
対する獣王は、にやりと大胆不敵な笑み。
「さあ来るが良い! 百獣の王が、全身全霊でもって相手をしよう!!!」
宣言した獣王もダンっと勢いよく床を蹴り上げ。
たちまち獣王とレオの距離が消失する。
展開されるは、重量級のぶつかり合い。
王弟との激突とは比較にならないほどに苛烈な攻防なれど。
万全の状態の獣王と満身創痍のレオとでは、やはり互角とはいかないらしく。
無傷の獣王に対して、瞬く間にレオの身体から鮮血が。
さすがにこの状況では遠慮する余裕もない為に、私とアテナも存分に参戦する。
主力であるレオの攻撃の間隙をフォローする私とアテナだが、獣王は全てに対して完璧に対応しており、物ともしない獣王は熾烈な連撃をレオに叩き込み、奮戦するレオの全身から血風が吹き上がっていく。
「ぐ、う……っ」
「どうした狼族の勇者よ! この程度なのかッ!?」
いつしかレオは防戦一方に。
私の攻撃魔法もアテナの影術も意に介さない獣王は、圧倒的な実力差を見せつけてくる。
「遅い!」
「ぐっ……」
飛び掛かった私の攻撃を躱した獣王がカウンター気味で膝蹴りを繰り出してきており、直撃した私は一瞬だけ息が詰まる。
同時に容赦なく回し蹴りが浴びせられ、私は成すすべなく蹴り飛ばされていた。
私に追撃しようと動こうとする獣王の足元から影の手が飛び出して来るも、その影の手が拘束する前に獣王が俊敏にすでに移動しており、影の手は空を掴むのみ。
まるで宙を疾駆するかのような勢いで獣王が私へと襲い掛かってくるが、寸前でレオが飛び込んでくる。
「させん!」
「遅いな!」
一閃される大剣は空を切る。
床にひれ伏すかのように低姿勢となった獣王の頭上を重厚な斬撃が行き過ぎていき、即座に獣王が反撃。
伸びあがるような一撃が、レオの身体を真下から切り裂いていた。
「が、は……」
「まずは勇者から沈めようか!」
「させないから!!」
「なに──」
上体が仰け反るレオの身体から飛び出してきた精霊のミゲルが、トドメを刺そうと爪を振りかぶっていたレオの顔面へと、拳を叩き込む。
ペチっという軽い音から、獣王にダメージは皆無なことが見て取れた。
「あうちっ」
逆に拳を叩き込んでいたミゲルのほうがダメージを負ったようで、彼女から小さな悲鳴が。
効果のない攻撃だったようだが、意外性からなのか、そのことで一瞬とはいえ獣王の動きが止まっていた。
その隙を見逃す私たちではなく。
アテナが発動させた影術が獣王の全身に絡みつき。
足をついて態勢を直したレオが渾身の力でもって大剣を振り落とし。
逃道を塞ぐ形で私が死角から斬りかかる。
対する獣王は──
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
《獣王の咆哮》が、私たちの攻撃を強制的に中断させる。
先程よりも威力が落ちている気がするものの、私たちの動きを止めるには十分だった。
影の手が粉微塵となったことで獣王は自由となると同時に、レオに体当たりをして彼を弾き飛ばしざまに、踏み込みざまに私へと豪快な蹴りを繰り出していた。
「かは……っ」
腹部を蹴られ床をバウンドして転がった私は、よろよろと立ち上がるものの、思わず吐血。
「……お、女を容赦なく蹴り飛ばすとか、男としてどうなんだ……?」
私の恨みがましい眼差しと言葉を受ける獣王は、ニヤリと不敵に笑ってくる。
「戦いにおいては、男も女も関係なかろう?」
そう答えると同時に無造作に右手を振り上げるや、その右の爪に死角から飛び掛かっていたダミアンの短剣が炸裂していた。
回復した彼は奇襲の機会をずっと伺っていたようだが、あっさりと防がれたことに動揺を隠せない様子。
そのことで反応が遅れてしまったらしく、翻した右手に腕を掴まれたダミアンは、片手でもって軽々と宙へと放り投げられてしまう。
「──そして。年齢も関係ない」
無防備なダミアンの身体へと、容赦なく爪を突き込もうとする獣王──が、その瞬間。
「ふにゃああああああッ!」
低軌道から飛び掛かっていたウルが獣王の足に取り付き、がぶりと噛みつく。
やはりいまの《獣王の咆哮》は威力が落ちていたようで、ダミアンとウルは最初の咆哮とは違い、行動不能には陥らなかったようである。
「健気なことだな」
ダミアンへの攻撃をやめた獣王が、むんずとウルの小さな頭を掴む。
恐らくは、そのまま握りつぶそうとしているのだろうが、そんなことをさせるわけもなく。
私が解き放った火炎球を迎撃するべく、ウルの頭を掴んだままで獣王が動こうとするも、その頭上から、くるっと旋回していたダミアンが短剣を投擲する。
しがみつくウルが離れず、しかも頭上からの短剣を弾いたことで、回避も防御も遅れてしまった獣王に火炎球が直撃。
爆炎がその巨躯を揺らめかせ、思わずといった様子でたたらを踏む獣王。
一方では、足に噛みつくウルには影の手がまとわりついており、爆発から守ってくれたようである。
「っ……」
初めて、圧倒的だった獣王がバランスを崩しており。
このチャンスが、恐らくはいまの私たちにとって最後でいて最大のチャンスということは、誰もが理解していた。
ゆえに──
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
蓄積するダメージをおして脱兎のごとく疾駆するレオが、態勢を崩している獣王へと裂帛の剛撃を叩き込み。
「これで!」
「逃がさない!」
着地と同時にダミアンも飛び掛かっており、ウルは獣王を逃がすまいとぎゅっとその足にしがみつく。
獣王の両腕に影の手が絡まり動きを封じると共に、私も氷魔法でもって獣王のもう片方の足を氷漬けに。
私たち全員による同時攻撃を前に、成す術のない獣王は直撃しており、鮮やかな鮮血が宙に待っていた。
※ ※ ※
血の糸を引きながらゆっくりと倒れていく獣王……が、その刹那。
クワっと両目が開かれるや全身の筋肉が膨張して影の拘束を引きちぎるや、ウルがしがみつく足でダミアンへと蹴りを放ってふたりをまとめて蹴り飛ばし。
返す刃で斬りかかるレオへはその繰り出されてくる大剣を両手で白羽取り・同時に強引に引き寄せたことで彼の態勢を崩しており、がら空きとなった腹へとすくい上げる様な一撃が。
「ヌンッ!」
全身のバネを使った拳が仰け反るレオへと炸裂する。
直前でミゲルが先ほどと同じく奇襲していたが、もはや同じ手は通じなかったようで難なく躱されており、レオを吹き飛ばした直後に裏拳が直撃しており、彼女も大きく弾き飛ばされていた。
「……ふう……」
大きく吐息する獣王。
そして思い出したように踏ん張るや、足を氷漬けにしていた氷を粉砕する。
自由を取り戻した獣王は、しかしすぐには動かなかった。
やはりそれなりに、ダメージを負ったからなのだろう。
「……ここまで強いのか……」
倒れた仲間たちを前に、私は愕然と呟く。
そんな私とは対照的に、勝利を疑っていないながらも精鋭部隊の面々からは、口々に感嘆の声が漏れてきていた。
「やはり陛下は最強だ……っ」
「勇者とはいえ陛下の前では赤子も同然!」
「獣王陛下、万歳!」
「コルモンデス陛下、万歳!」
獣王への数々の称賛の声に、私は拳を握りしめる。
(無謀だったのは最初からわかっていた……だが、私たちはやるしかなかった。それしか選択肢が……)
王弟との戦いで疲弊している私たちが、万全の状態でも勝てるかわからない獣王を相手に、戦いを挑むこと事態が無謀だったのである。
かといって、逃げる選択をしていたとすると、逃げ遅れた者が確実に命を落としていただろうから、見捨てるという選択肢がない以上、無謀でも何でも私たちは戦わざる得なかったのだが……
その結果が……これであった。
主力のレオがぐったりと動かず、ダミアンとウルも床に付したまま動かない。
精霊のミゲルも先の一撃が大ダメージだったようで、完全に伸びていた。
まだ命を失った者はいないものの、それはもう時間の問題だろう。
この絶望的な状況を前に、私は必死で打開策を思案する。
(どうする……どうすればいい……)
切り札である指輪の力は王弟戦で使ってしまった為に、今すぐは使えない。
物理を防ぐ腕輪も同様であり、獣人族は魔法を使えないので、髪飾りはこの一戦では無用の長物。
ちらりと脳裏を過るは竜人姉妹だったが、すぐにその姿をかき消す。
リスクマネジメントに長けている彼女たちが、助けに来る可能性は0だからだ。
(そもそもなんで獣王がこのタイミングでこの都市に来るんだ……どう考えてもおかしいだろうが)
本来の計画では、獣王と遭遇することはなかったはずなのだ。
王弟を倒した後は、速やかに獣人国を後にする予定だったのだから。
それなのに。
なぜ私はこの場で、その獣王相手に死闘を演じなければならないのか。
(くそ……考えがまとまらない……っ)
焦る気持ちが拍車をかけるのか、焦慮だけが募っていく。
(私はここで終わるのか……?)
弱体化さえしていなければ……もはや今更だが、どうしても思ってしまう。
冒険者という危険と隣り合わせの職業に就いた以上は、ある意味では覚悟もしてはいたのだが。
こんな理不尽すぎる最後は、さすがに容認できなかった。
本来ならば出会うことのないタイミングによる、最強の獣王との接触。
運命の悪戯といえば多少は聞こえもいいが、だからといって理不尽ということに変わりはなく。
違和感と不自然さしかないこの状況下では、覚悟をしていたとしても、どうしても諦めることはできなかったのだ。
と、そんな私へとアテナが静かに近づいてきた。
「クレア様、もはやこれまでのようです」
「……まだだ。まだ私は諦めない。最期までは……」
「私も同感です。ですから、私も覚悟を決めました」
「なに……?」
「二度目はないと思っていましたが──仕方ありません」
ふいにアテナが飛び掛かってきたかと思うと、私に抱き着いてきた。
「これは大きな貸しひとつですよ」
「アテナ……?」
「必ず取り立てるので」
そのままアテナの身体が、すうっと、私の”中”へと──
※ ※ ※
※ ※ ※
「警告は最初の一度きりだ。下手な抵抗はしないほうがいい」
捕らわれていた女たちを連れて通路を進む竜人姉妹は、取り囲まれていた。
王弟の私兵にではなく、精錬された動きの兵士たちに。
「その鎧……獣王直轄の……マジかい」
獣王が直轄する精鋭部隊──獣王師団。
まさに精鋭中の精鋭だった。
「ってことはまさか、いまこの都市に獣王が……」
ライカは戦慄と共に顔をしかめる。
さすがに高い戦闘力を保有する竜人姉妹とはいえ、最強と名高い獣王とは戦いたくなかったのである。
リスクだけが高い上に、勝ったところで何のメリットもないのだから。
気づけば、先ほどまで間断なく聞こえてきていた反乱による騒音が、すっかり鳴りを潜めていた。
瞬く間に鎮圧された、ということなのだろう。
なぜこれほど早く獣王が動いていたのかは知らないが、ひとつだけはっきりしていることは。
反乱は失敗して、なおかつこの都市がいま、獣王の支配圏にあるということだ。
怯える女たちは抵抗する気はないようで、ただただ震えるのみであり。
憔悴を隠せない兎獣人──ロロも、もはや諦めの境地とばかりに目を瞑っていた。
「レイカ。最悪の場合、ロロだけ連れて逃げるから、いつでも動けるようにね」
「……うん」
この場での精鋭部隊との戦闘が不利と判断した竜人姉妹は、脱出の機会を伺うべく、いまはおとなしく捕まるのだった。
※ ※ ※
「反乱ってか。まあ、納得だけどな」
「巻き込まれたら溜まったもんじゃねーな」
「静観してやり過ごした方が懸命か」
冒険者ギルドにて、冒険者たちが各々の見解を示していた。
ただ一様に共通していたのは、他人事ということだった。
しかしそんな面々とは対照的に、ギルドの職員達は気が気じゃない様子だった。
「ギルド長、我々はどうしたら……」
「領主とギルドが繋がっていることは、もう公然の秘密ですし……」
「職員の何人かが早退したのも、もしかしてこの反乱に加担してるのかも……」
職員たちは不安げな顔である。
この場にいる職員たちは、皆が不正なキックバックを受け取っていたからだ。
逆に、早退した面々は不正を良しとせず、ずっと反対しており。
この状況の以上、彼らがいまどこに居て何をしているかは、もはや言うまでもないだろう。
「……様子見しかないだろうな」
ギルド長は、実に苦々しい顔だ。
「領主側が勝つならばいいが……もし負けるようならば、我々も只じゃ済まないだろう。各員、逃げる準備だけはしておけ」
ごくりと息を呑む職員たち。
と、その場にひとりの冒険者が飛び込んできた。
「おい! なんか獣王師団が反乱鎮圧に乗り出してるぞ!」
ざわつく室内。
「獣王師団っ? なんでこのタイミングで……?」
「反乱鎮圧ってことは……領主の味方ってことか?」
「まあ、領主は獣王の弟だしな」
「こりゃあ……マジで、事が収まるまで下手に動かないほうがいいな」
一方では、ギルド職員たちも戸惑いの表情を浮かべていた。
「どういうこと……?」
「反乱を鎮めてるってことは、領主側が勝つ……?」
「だったら、我々はこのまま静観でいい……?」
職員たちにとっては希望が見え始める中、しかしギルド長だけは楽観視してはいなかった。
「状況がわからない。なぜ獣王師団が動いたのか……不可解だ」
獣人国最強の軍が動いている以上、間違いなくこの反乱は失敗することだろう。
「杞憂ならいいんだが……」
こうなってくると、問題となってくるのは、早退した職員たちの処遇だろう。
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