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第4章 『獣人国編』
第9話 「魔王様、王弟を消し飛ばす」
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「ぐふふ……これはこれは、狼族の勇者殿。はて? 俺の聞き間違いかな? いま、混ぜろと言ったのか?」
自分の優位性を信じて疑わないのだろう。
王弟バモンズ──贅肉は、現れたレオへと嘲笑を向けてくる。
それを受けるレオは表情を変えることなく、静かに背負っていた大剣を抜くと、構えた。
「ひとつ訂正させてもらおう。いまの俺は”ただの冒険者”だ。もはや俺と狼族は無関係だ」
「ぐっふっふ……何を言うかと思えば。トチ狂ったか? 子供の言い訳じゃあないか」
「何とでも言うがいい。だが俺が故郷を捨てたことに変わりはない。もう二度と、俺が故郷の地を踏むことはないだろう……。よって、いまここで俺が貴様の首を取ろうとも、それは俺個人の責任に過ぎない」
贅肉と勇者のやり取りを前に、ウルが両目を丸くする一方で、私は内心でガッツポーズだった。
(吹っ切ったんだな……)
これで勝算が生まれたといっていいだろう。
勇者レオの戦闘力は、折り紙付きなのだから。
もちろん最初からアテにはしていなかったが、劣勢の現状では、これ以上ないくらい在り難い援軍といえるだろう。
ダミアンと交戦中の兵士達が戸惑いを見せる中、贅肉が哄笑を響かせてくる。
「ぐっふっふ……ぐはあっはっはっは! つまらん言葉遊びだな! だが、まあよい。俺に牙を向けた以上、お前はもう終わりだ。事が済んだ後、狼族の村も潰してくれるわ!」
「そうか。ならば何としてでも、この場で貴様の首を取る他ないな」
あくまでも静かな口調で告げたレオが、私へと視線を向けてきた。
「そういうわけだ、クレアナード殿。いまより、貴殿らに加勢させてもらう」
「それは願ってもないが……あの愚弟にトドメを刺す役目は、私が引き受けさせてもらうぞ」
「そんなボロボロの状態で、よく言うものだ」
「……それでも、だ」
「俺も覚悟を決めているのでな。早いモノ勝ちといこうじゃないか」
「ちっ……吹っ切っても、頭が硬いままか」
王弟にトドメを刺すと言うことは、すなわち最強の獣人である獣王の怒りを買う事に他ならず。
だからこそ、私が引き受けなければならないのだが……
人格者であるレオは、すべての責をひとりで背負う覚悟をしているのだろう。
だが当然ながら、私が容認できるはずもなかった。
不甲斐ない結果を出してしまった私だが、私としてもすでに覚悟を決めているのだから。
「勇者レオ。どちらがあいつを仕留めるかは、恨みっこなしでタイミング次第と行こうじゃないか」
「クレア様」
「ん、すまない」
言い放った私は、受け取ったアテナ印のドーピング剤を一気に飲み干す。
何かを飲んだ私に一瞬だけ面食らった様子だったが、レオは何も言わず、慣らす様に大剣を一閃。
「心得た。ではクレアナード殿! 共に暴君を倒そうぞ!」
こうして心強い援軍を得た私たちは、贅肉──暴君バモンズとの第2ラウンドを開始する──
※ ※ ※
真っ向から激突するは、醜悪な男と力強い男。
一進一退の攻防なれど、私は気づいていた。
先程まで余裕しゃくしゃくだった贅肉に、その余裕がなくなっていることに。
なんだかんだ言っても、やはり勇者レオの参戦の意味は大きかったらしい。
巨体と大男による苛烈な斬撃の応酬。
さすがに、この重量級の攻防に割って入れるほど己惚れてはいないため、私たちは遠巻きにいつでも動けるように警戒するのみだった。
「せやアっ!」
「ぐぬう……! 狼の分際でェ!!」
大剣に腹を裂かれた贅肉が、忌々し気に吼えた。
いままで私たちがダメージを与えられなかった肉の壁が、レオの剛撃の前には紙切れ同然だったのだ。
贅肉の鮮血を纏う大剣が弧を描き、返す刃で切り落とされるものの、さすがに贅肉もやられてばかりではなかった。
踏み込みざまに体当たりをかましており、これは予想外だったらしく、レオが弾き飛ばされてしまう。
「く、う……っ」
巨大な肉塊による体当たりはただの体当たりではなく、まるで馬車が激突したほどの威力を誇っており、直撃こそ防いだようだったが、レオはすぐには立ち上がれない様子だった。
その彼へと追撃を叩き込もうとする贅肉なれど、その足元から飛び出した影の手が身体に巻き付きついており、動きが中断される。
「小賢しいッ!」
即座に影の手は引きちぎられるものの、一瞬だけ動きを止めたその間隙を狙い、左右から私とウルが飛び掛かる。
「はあっ!」
「ふしゃあっ!」
「ぐふぅ……っ」
ウルの鉤爪は分厚い皮下脂肪の壁によって不発に終わっていたが、私の蒼の斬撃は狙い通り贅肉の右ひざ裏を切り裂いていた。
さすがに関節は、鎧の継ぎ目と同じく、脆さがあったようである。
バランスを崩した贅肉へとウルと私が再攻撃してその身体を切り裂くと共に、体勢を直していたレオが踏み込みざまに大剣を繰り出して来る。
獣のように吼えた贅肉がウルを蹴り飛ばす共に私に裏拳を叩き込んでおり、私が吹き飛ばされると同時に、急迫していた大剣へと爪を突き込んでいた。
大剣と爪が激突し、激しい火花と金属音が。
動きが止まる巨体と大男なれど。
それは一瞬だけであり。
砕け散るは贅肉の爪だった。
さすがにレオの果断の一撃を受けきるほどに、爪の強度はなかったのだ。
豪快な斬撃が、贅肉の身体を深々と薙ぎ裂く。
鮮血が飛び散り、初めて贅肉から絶叫が迸った。
それに伴い、両目が血走った贅肉が、憤怒の表情へと。
「狼風情があああああああああああああああ!!!」
再び体当たり。
しかし今度は不発に終わる。
勇者レオには、同じ手は通じないということなのだろう。
回避していたレオが近距離から攻撃魔法を発動させており、贅肉の顔面に炸裂。
その衝撃でまたバランスを崩したところへ、旋回しざまの剛撃が直撃し、贅肉の腹が薙ぎ裂かれていた。
血塊を吐きながらも再び爪を伸ばした贅肉が、怒りに任せて踏み込み。
対照的に迎え撃つは、冷静さを保つレオ。
再び重量級の攻防を繰り広げる暴君と勇者。
当然ながら、私たちが介入する機会などまるでなく。
私たちはいつでも動けるように身構えるのみ。
(強いな……これがレオの力か)
私は頼もしい想いと共に戦慄を覚えていたりする。
以前の彼との戦いで、私たちが束になっても敵わないはずである。
(とはいえ……腐っても獅子族、か)
ふたりの男が繰り広げる攻防で発生する剣風に血糊が混じり始めたのは、贅肉だけのものではなく、レオもまたダメージを負い始めたからだった。
どうやら最強の獣人族である獅子族は、追い詰められればられるほど力を発揮するようで、劣勢になりつつある贅肉もまた、土壇場で脅威の戦闘力を奮い起こし始めたようなのだ。
「ぐう……っ」
爪を捌き損ねたレオの左腕から鮮血が飛び散る。
それでも即座に反撃を繰り出そうとするも。
「う──うわあああああああ!」
「なに──っ!?」
攻防の最中で、密かに指示を出していたのだろう。
ダミアンと交戦中だったひとりの兵士がレオへと飛び掛かっており。
武器を投げ捨てて無手だったことで、レオはその兵士を大剣で迎撃するか一瞬だけ躊躇してしまう。
そのせいで抱き着かれて動きが封じられたところへ、醜悪な嘲笑を見せる贅肉が踏み込んできていた。
「グファハっ!」
「しま──」
兵士共々身体を裂かれた上に体当たりで弾き飛ばされたレオは、そのまま床をゴロゴロと転がることに。
ダメージが大きかったらしく、彼はすぐに動けない様子だった。
そんなレオへと追撃しようとする贅肉に立ち塞がるは、タイミングを見計らっていた私たちだ。
アテナの援護のもと飛び掛かる私とウル。
予想していたらしく、贅肉は完全に私たちの攻撃に対応していた。
3対1にも拘わらず贅肉は私たちを圧倒してくるものの、こちらの主力であるレオがすぐに動けない状態の以上いま私たちが引くわけにもいかず、私たちは果敢にもダメージ覚悟で何度も飛び掛かる。
「ええい、弱者共が鬱陶しい!! わかっているのか!? 俺の後ろには兄者──最強の獣王がいるのだぞ!!?」
レオとの戦闘による消耗は隠せないらしく、贅肉の動きは当初に比べて、確実に鈍くなっていた。
大剣により傷がつけられている箇所を狙う私たちの攻撃は、着実に贅肉へとダメージを与えていくが比例して、私とウルも傷を負っていく。
いつしか兵士たちの動きにも変化があり、ダミアンだけではなくレオにも攻撃をしかけるようになっていた。
ダミアンが援護に向かうものの、そのことによりレオは贅肉へと攻撃する機会がなくなってしまう。
やはり先ほどのダメージが大きいようで、まだ回復できていない彼は、群がる兵士を圧倒できない様子だったのだ。
こうなってくると、レオ抜きで私たちのみで贅肉を倒すしかないだろう。
「ウル、私たちでこいつを殺るぞ」
「で、でもさ? さっきからあたしの攻撃、ぜんぜん効果ないんだけど……っ」
私と同じように大剣が付けた傷跡へと攻撃をしていたウルなれど、私と違い、普通の鋼である鉤爪だけでは皮下脂肪の壁は突破できないようで、残念ながら彼女の攻撃は有効打を与えられなかったのだ。
「そうか。すまない、ウル。私も考えが及ばなかった」
「ふえ……?」
ウルの鉤爪へと蒼雷を纏わせる。
バチバチと爆ぜる蒼の雷に、ウルが驚いたように目を丸くした。
「これってクレアの……」
「これで、あの醜悪な肉も切り裂けるだろう」
「お~~~~!」
そんな私たちを前に、贅肉が忌々し気に吐き捨ててくる。
「賢しいメス共が」
「小賢しい、ではないのか? 評価を改めたのか?」
「……孕ます前提で手加減していれば図に乗りおって。もういい。腕の1、2本なくとも、孕むことはできるだろうからな!」
「ひ……っ」
凶悪に吼える贅肉に怯んだ様子のウルへと、私は力強く告げた。
「ウル。私たちならやれる。もっと自分の力を信じろ」
「クレア……」
「私が決着をつける。だからお前は、可能な限りあいつの注意を惹き付けてくれ」
「……うん、わかった! あたし、やるよ!」
「アテナ、援護を頼むぞ」
「心得ております。それとクレア様、これを」
「ああ、すまない」
投げ渡されてきたドーピング剤を再び一気に飲み干し。
こうして私たちは、消耗が大きいものの、第3ラウンドへと──
※ ※ ※
「せっやああああああああああああああ!」
蒼雷纏う爪で斬りかかるウルの攻撃力は格段にあがっており、先ほどまでダメージを与えられなかったのが嘘のように、贅肉へと確固たるダメージを与えていく。
「ぐふ……っ──このガキがアっ!」
「させませんよ」
ウルへと憤怒そのままの攻撃を叩き込む贅肉へと、アテナが影術を発動。
動きを強引に止められたところへと、ウルがさらなる爪撃を。
そしてダメ押しとばかりに、私が解き放った火炎球が贅肉の顔面に炸裂。
「ぐっふぅ……っ」
「ふにゃあああああ!」
張り切るウルが飛び掛かり、アテナの援護のもと贅肉とギリギリの攻防を繰り広げ、私は適度に攻撃魔法を放ちながら、タイミングを見計らう。
今までは自分に有効打を与えられなかった狼少女は無視していた贅肉なれど、私が力を付与したことで攻撃力が上がったことで、もはや無視することもできなくなったらしく、自然と贅肉の注意がウルへと向けられていくことに。
しかしアテナが絶妙のフォローをしてくるために贅肉は思うように動くことができず、苛立ちから黄ばんだ歯をむき出してきた。
「精霊がァ! 孕めずとも肉人形にしてくれるわァ!!!!」
「おやおや、物騒なことを」
「あたしがさせないよぉっ!」
「ぐふぅ……っ」
死角に回り込んでいたウルが切り上げた蒼爪が、贅肉の背中を切り裂く。
その衝撃で体勢を崩したところへと、影から飛び出した黒の手が絡みつき。
これまで通り贅肉が影の手を吹き散らそうと力んだ刹那、ウルが再び突貫。
飛び上がりざまの蒼の一撃は、見事に贅肉の片眼を斬り裂いていた。
「っぐううううううう!!!! このガキがアアアアアアアアア!!!!!」
「きゃう……っ」
まだしも自由だった贅肉の左手がウルを捉えており、身体がまだ宙にあった彼女は直撃。
殴り飛ばされた彼女は、大きく吹き飛ばされてしまうが──
「これで終わりだ!!!」
ウルの身体がちょうど影となっていたために、贅肉は私の接近に気付くのが一瞬だけ遅れる。
たった一瞬。
されど一瞬。
その一瞬が、この状況下においては、致命的な一瞬だったのである。
『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
指輪の力を発動したことで召喚された火炎竜が、重厚な咆哮と共に、贅肉へと襲い掛かる。
「な──っ!?」
愕然と両目を見開く贅肉は、成す術がなかった。
──結果。
盛大な爆音と共にその姿は爆炎の中に消え失せ。
爆風が室内を席捲すると共に、贅肉を呑み込んだ火炎竜はそのまま爆進していき、壁を粉砕していた。
一転して静寂に包まれる室内。
大きな穴が開いた壁から吹き込んでくる風により、立ち込めていた爆煙が吹き散らされていく。
焼け焦げた跡があるのみで、もはや贅肉の姿は肉片ひとつ残ってはいなかった。
まさに、跡形もなくこの世から消え失せていたのである。
自分たちの主が塵ひとつなく消失した事実を前に、兵士たちが力なくその場に崩れ落ちた。
主亡き今、敗北が決定的となったことを理解しているからだ。
兵士たちと交戦中だったダミアンとレオがひと息吐く中、声が聞こえてきた。
「──遅かったか」
その声に視線を向ければ。
入口付近に、ひとりの獣人が姿を現していた。
※ ※ ※
※ ※ ※
警備兵の何人かを叩きのめして力づくで聞き出した情報から、竜人姉妹は地下牢へと足を向けていた。
王弟に従う女は厚遇されるようだが、逆らう者は幽閉されるようだったのだ。
食事抜きの投獄生活の末に、耐え切れなくなった女たちが王弟に頭を垂れ忠誠を誓う、という図式というわけである。
反吐が出るというものだったが……
「……よかった。どうやら、無事みたいさね」
幽閉されている女たちは何人もおり、ライカはその中のひとりを視認するや、安堵の息を吐く。
長い耳が特徴的な兎族の女獣人だった。
「勝ち気なアンタのことだから、絶対に反抗してると思ってここに来たけど……正解だったさね」
憔悴の色が濃い兎族の女が竜人姉妹を確認すると、疲れている様子ながらも、挑発するように薄っすらとした笑みを見せてきた。
「来るなら来るで、もっと早く来なさいよ。ライカ、レイカ。サボってたワケ?」
「あはは! 憎まれ口叩けるだけの元気があってよかったさね」
「……ロロさん、いますぐ出します」
実のところ、竜人姉妹は何の依頼も受けてはいなかったりする。
友人宅を久しぶりに訪れた際、王弟の配下に攫われたことを彼女の家族から知らされ、自発的に救出に動いていたのである。
でなければ、相手が獣王の弟と事を構えるかもしれない高リスクなこと、リスクマネジメントに長けている彼女たちがするわけがなかったのだ。
「ふいぃ~……危うく、”覚悟”をするトコだったわ……」
レイカが対の小剣で牢の鍵を切り裂いたことで、兎獣人──ロロが、ヨロヨロした動きながらも牢から出てくる。
しかし消耗が大きいらしく足がもつれてしまい、倒れそうになったところを、ライカが支えていた。
「だらしないさね。それでも薙刀の使い手なわけ?」
「……仕方ないでしょ。家族を人質にとられたら、戦えるワケないでしょーが」
憎まれ口を叩くライカにロロがそう答えている一方では、レイカが無気力ながらも次々と牢屋の鍵を破壊しており、解放された女たちが喜びながら出てきている。
しかし不安を見せているのは、この場にて武装しているのは竜人姉妹だけだからだろう。
そんな彼女たちへと、ライカは持ち前の明るさで言い放つ。
「いまこの都市では反乱が起きてるさね! だからクソ豚の首も間もなく飛ぶと思う!」
その発言を受けて、絶望していた女たちの顔に希望が宿った。
涙する者さえおり、辛い境遇を味わった者同士、肩を寄せ合い慰め合う。
「……姉さん、この後はどうするの?」
「ん? みんなを連れて逃げるに決まってるさね。外は反乱の真っ最中なんだし、ドサクサに紛れるにはこれ以上の状況はないじゃん?」
「……クレアナードさんたちはいいの?」
レイカの本音としては彼女のことではなく、姉談義で仲が良くなったウルの安否である。
それを知らないライカは、肩をすくめてきた。
「出来ることと出来ないことの線引きは大事さね。下手に欲を出せば長生きは出来ない。そんなこと今更言わなくても、アンタはわかってると思ってたんだけど?」
「……そうだったね」
冒険者ギルドでのやり取りを思い出す。
見極めを誤って下手に欲を出せば、待っているのは破滅なのである。
(ウルちゃん……もしもの時はお墓を立てて、一生忘れないからね)
割り切っているレイカは本気でそう思い、無事を祈ると共に、墓の構想をし始めるのだった。
自分の優位性を信じて疑わないのだろう。
王弟バモンズ──贅肉は、現れたレオへと嘲笑を向けてくる。
それを受けるレオは表情を変えることなく、静かに背負っていた大剣を抜くと、構えた。
「ひとつ訂正させてもらおう。いまの俺は”ただの冒険者”だ。もはや俺と狼族は無関係だ」
「ぐっふっふ……何を言うかと思えば。トチ狂ったか? 子供の言い訳じゃあないか」
「何とでも言うがいい。だが俺が故郷を捨てたことに変わりはない。もう二度と、俺が故郷の地を踏むことはないだろう……。よって、いまここで俺が貴様の首を取ろうとも、それは俺個人の責任に過ぎない」
贅肉と勇者のやり取りを前に、ウルが両目を丸くする一方で、私は内心でガッツポーズだった。
(吹っ切ったんだな……)
これで勝算が生まれたといっていいだろう。
勇者レオの戦闘力は、折り紙付きなのだから。
もちろん最初からアテにはしていなかったが、劣勢の現状では、これ以上ないくらい在り難い援軍といえるだろう。
ダミアンと交戦中の兵士達が戸惑いを見せる中、贅肉が哄笑を響かせてくる。
「ぐっふっふ……ぐはあっはっはっは! つまらん言葉遊びだな! だが、まあよい。俺に牙を向けた以上、お前はもう終わりだ。事が済んだ後、狼族の村も潰してくれるわ!」
「そうか。ならば何としてでも、この場で貴様の首を取る他ないな」
あくまでも静かな口調で告げたレオが、私へと視線を向けてきた。
「そういうわけだ、クレアナード殿。いまより、貴殿らに加勢させてもらう」
「それは願ってもないが……あの愚弟にトドメを刺す役目は、私が引き受けさせてもらうぞ」
「そんなボロボロの状態で、よく言うものだ」
「……それでも、だ」
「俺も覚悟を決めているのでな。早いモノ勝ちといこうじゃないか」
「ちっ……吹っ切っても、頭が硬いままか」
王弟にトドメを刺すと言うことは、すなわち最強の獣人である獣王の怒りを買う事に他ならず。
だからこそ、私が引き受けなければならないのだが……
人格者であるレオは、すべての責をひとりで背負う覚悟をしているのだろう。
だが当然ながら、私が容認できるはずもなかった。
不甲斐ない結果を出してしまった私だが、私としてもすでに覚悟を決めているのだから。
「勇者レオ。どちらがあいつを仕留めるかは、恨みっこなしでタイミング次第と行こうじゃないか」
「クレア様」
「ん、すまない」
言い放った私は、受け取ったアテナ印のドーピング剤を一気に飲み干す。
何かを飲んだ私に一瞬だけ面食らった様子だったが、レオは何も言わず、慣らす様に大剣を一閃。
「心得た。ではクレアナード殿! 共に暴君を倒そうぞ!」
こうして心強い援軍を得た私たちは、贅肉──暴君バモンズとの第2ラウンドを開始する──
※ ※ ※
真っ向から激突するは、醜悪な男と力強い男。
一進一退の攻防なれど、私は気づいていた。
先程まで余裕しゃくしゃくだった贅肉に、その余裕がなくなっていることに。
なんだかんだ言っても、やはり勇者レオの参戦の意味は大きかったらしい。
巨体と大男による苛烈な斬撃の応酬。
さすがに、この重量級の攻防に割って入れるほど己惚れてはいないため、私たちは遠巻きにいつでも動けるように警戒するのみだった。
「せやアっ!」
「ぐぬう……! 狼の分際でェ!!」
大剣に腹を裂かれた贅肉が、忌々し気に吼えた。
いままで私たちがダメージを与えられなかった肉の壁が、レオの剛撃の前には紙切れ同然だったのだ。
贅肉の鮮血を纏う大剣が弧を描き、返す刃で切り落とされるものの、さすがに贅肉もやられてばかりではなかった。
踏み込みざまに体当たりをかましており、これは予想外だったらしく、レオが弾き飛ばされてしまう。
「く、う……っ」
巨大な肉塊による体当たりはただの体当たりではなく、まるで馬車が激突したほどの威力を誇っており、直撃こそ防いだようだったが、レオはすぐには立ち上がれない様子だった。
その彼へと追撃を叩き込もうとする贅肉なれど、その足元から飛び出した影の手が身体に巻き付きついており、動きが中断される。
「小賢しいッ!」
即座に影の手は引きちぎられるものの、一瞬だけ動きを止めたその間隙を狙い、左右から私とウルが飛び掛かる。
「はあっ!」
「ふしゃあっ!」
「ぐふぅ……っ」
ウルの鉤爪は分厚い皮下脂肪の壁によって不発に終わっていたが、私の蒼の斬撃は狙い通り贅肉の右ひざ裏を切り裂いていた。
さすがに関節は、鎧の継ぎ目と同じく、脆さがあったようである。
バランスを崩した贅肉へとウルと私が再攻撃してその身体を切り裂くと共に、体勢を直していたレオが踏み込みざまに大剣を繰り出して来る。
獣のように吼えた贅肉がウルを蹴り飛ばす共に私に裏拳を叩き込んでおり、私が吹き飛ばされると同時に、急迫していた大剣へと爪を突き込んでいた。
大剣と爪が激突し、激しい火花と金属音が。
動きが止まる巨体と大男なれど。
それは一瞬だけであり。
砕け散るは贅肉の爪だった。
さすがにレオの果断の一撃を受けきるほどに、爪の強度はなかったのだ。
豪快な斬撃が、贅肉の身体を深々と薙ぎ裂く。
鮮血が飛び散り、初めて贅肉から絶叫が迸った。
それに伴い、両目が血走った贅肉が、憤怒の表情へと。
「狼風情があああああああああああああああ!!!」
再び体当たり。
しかし今度は不発に終わる。
勇者レオには、同じ手は通じないということなのだろう。
回避していたレオが近距離から攻撃魔法を発動させており、贅肉の顔面に炸裂。
その衝撃でまたバランスを崩したところへ、旋回しざまの剛撃が直撃し、贅肉の腹が薙ぎ裂かれていた。
血塊を吐きながらも再び爪を伸ばした贅肉が、怒りに任せて踏み込み。
対照的に迎え撃つは、冷静さを保つレオ。
再び重量級の攻防を繰り広げる暴君と勇者。
当然ながら、私たちが介入する機会などまるでなく。
私たちはいつでも動けるように身構えるのみ。
(強いな……これがレオの力か)
私は頼もしい想いと共に戦慄を覚えていたりする。
以前の彼との戦いで、私たちが束になっても敵わないはずである。
(とはいえ……腐っても獅子族、か)
ふたりの男が繰り広げる攻防で発生する剣風に血糊が混じり始めたのは、贅肉だけのものではなく、レオもまたダメージを負い始めたからだった。
どうやら最強の獣人族である獅子族は、追い詰められればられるほど力を発揮するようで、劣勢になりつつある贅肉もまた、土壇場で脅威の戦闘力を奮い起こし始めたようなのだ。
「ぐう……っ」
爪を捌き損ねたレオの左腕から鮮血が飛び散る。
それでも即座に反撃を繰り出そうとするも。
「う──うわあああああああ!」
「なに──っ!?」
攻防の最中で、密かに指示を出していたのだろう。
ダミアンと交戦中だったひとりの兵士がレオへと飛び掛かっており。
武器を投げ捨てて無手だったことで、レオはその兵士を大剣で迎撃するか一瞬だけ躊躇してしまう。
そのせいで抱き着かれて動きが封じられたところへ、醜悪な嘲笑を見せる贅肉が踏み込んできていた。
「グファハっ!」
「しま──」
兵士共々身体を裂かれた上に体当たりで弾き飛ばされたレオは、そのまま床をゴロゴロと転がることに。
ダメージが大きかったらしく、彼はすぐに動けない様子だった。
そんなレオへと追撃しようとする贅肉に立ち塞がるは、タイミングを見計らっていた私たちだ。
アテナの援護のもと飛び掛かる私とウル。
予想していたらしく、贅肉は完全に私たちの攻撃に対応していた。
3対1にも拘わらず贅肉は私たちを圧倒してくるものの、こちらの主力であるレオがすぐに動けない状態の以上いま私たちが引くわけにもいかず、私たちは果敢にもダメージ覚悟で何度も飛び掛かる。
「ええい、弱者共が鬱陶しい!! わかっているのか!? 俺の後ろには兄者──最強の獣王がいるのだぞ!!?」
レオとの戦闘による消耗は隠せないらしく、贅肉の動きは当初に比べて、確実に鈍くなっていた。
大剣により傷がつけられている箇所を狙う私たちの攻撃は、着実に贅肉へとダメージを与えていくが比例して、私とウルも傷を負っていく。
いつしか兵士たちの動きにも変化があり、ダミアンだけではなくレオにも攻撃をしかけるようになっていた。
ダミアンが援護に向かうものの、そのことによりレオは贅肉へと攻撃する機会がなくなってしまう。
やはり先ほどのダメージが大きいようで、まだ回復できていない彼は、群がる兵士を圧倒できない様子だったのだ。
こうなってくると、レオ抜きで私たちのみで贅肉を倒すしかないだろう。
「ウル、私たちでこいつを殺るぞ」
「で、でもさ? さっきからあたしの攻撃、ぜんぜん効果ないんだけど……っ」
私と同じように大剣が付けた傷跡へと攻撃をしていたウルなれど、私と違い、普通の鋼である鉤爪だけでは皮下脂肪の壁は突破できないようで、残念ながら彼女の攻撃は有効打を与えられなかったのだ。
「そうか。すまない、ウル。私も考えが及ばなかった」
「ふえ……?」
ウルの鉤爪へと蒼雷を纏わせる。
バチバチと爆ぜる蒼の雷に、ウルが驚いたように目を丸くした。
「これってクレアの……」
「これで、あの醜悪な肉も切り裂けるだろう」
「お~~~~!」
そんな私たちを前に、贅肉が忌々し気に吐き捨ててくる。
「賢しいメス共が」
「小賢しい、ではないのか? 評価を改めたのか?」
「……孕ます前提で手加減していれば図に乗りおって。もういい。腕の1、2本なくとも、孕むことはできるだろうからな!」
「ひ……っ」
凶悪に吼える贅肉に怯んだ様子のウルへと、私は力強く告げた。
「ウル。私たちならやれる。もっと自分の力を信じろ」
「クレア……」
「私が決着をつける。だからお前は、可能な限りあいつの注意を惹き付けてくれ」
「……うん、わかった! あたし、やるよ!」
「アテナ、援護を頼むぞ」
「心得ております。それとクレア様、これを」
「ああ、すまない」
投げ渡されてきたドーピング剤を再び一気に飲み干し。
こうして私たちは、消耗が大きいものの、第3ラウンドへと──
※ ※ ※
「せっやああああああああああああああ!」
蒼雷纏う爪で斬りかかるウルの攻撃力は格段にあがっており、先ほどまでダメージを与えられなかったのが嘘のように、贅肉へと確固たるダメージを与えていく。
「ぐふ……っ──このガキがアっ!」
「させませんよ」
ウルへと憤怒そのままの攻撃を叩き込む贅肉へと、アテナが影術を発動。
動きを強引に止められたところへと、ウルがさらなる爪撃を。
そしてダメ押しとばかりに、私が解き放った火炎球が贅肉の顔面に炸裂。
「ぐっふぅ……っ」
「ふにゃあああああ!」
張り切るウルが飛び掛かり、アテナの援護のもと贅肉とギリギリの攻防を繰り広げ、私は適度に攻撃魔法を放ちながら、タイミングを見計らう。
今までは自分に有効打を与えられなかった狼少女は無視していた贅肉なれど、私が力を付与したことで攻撃力が上がったことで、もはや無視することもできなくなったらしく、自然と贅肉の注意がウルへと向けられていくことに。
しかしアテナが絶妙のフォローをしてくるために贅肉は思うように動くことができず、苛立ちから黄ばんだ歯をむき出してきた。
「精霊がァ! 孕めずとも肉人形にしてくれるわァ!!!!」
「おやおや、物騒なことを」
「あたしがさせないよぉっ!」
「ぐふぅ……っ」
死角に回り込んでいたウルが切り上げた蒼爪が、贅肉の背中を切り裂く。
その衝撃で体勢を崩したところへと、影から飛び出した黒の手が絡みつき。
これまで通り贅肉が影の手を吹き散らそうと力んだ刹那、ウルが再び突貫。
飛び上がりざまの蒼の一撃は、見事に贅肉の片眼を斬り裂いていた。
「っぐううううううう!!!! このガキがアアアアアアアアア!!!!!」
「きゃう……っ」
まだしも自由だった贅肉の左手がウルを捉えており、身体がまだ宙にあった彼女は直撃。
殴り飛ばされた彼女は、大きく吹き飛ばされてしまうが──
「これで終わりだ!!!」
ウルの身体がちょうど影となっていたために、贅肉は私の接近に気付くのが一瞬だけ遅れる。
たった一瞬。
されど一瞬。
その一瞬が、この状況下においては、致命的な一瞬だったのである。
『ッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
指輪の力を発動したことで召喚された火炎竜が、重厚な咆哮と共に、贅肉へと襲い掛かる。
「な──っ!?」
愕然と両目を見開く贅肉は、成す術がなかった。
──結果。
盛大な爆音と共にその姿は爆炎の中に消え失せ。
爆風が室内を席捲すると共に、贅肉を呑み込んだ火炎竜はそのまま爆進していき、壁を粉砕していた。
一転して静寂に包まれる室内。
大きな穴が開いた壁から吹き込んでくる風により、立ち込めていた爆煙が吹き散らされていく。
焼け焦げた跡があるのみで、もはや贅肉の姿は肉片ひとつ残ってはいなかった。
まさに、跡形もなくこの世から消え失せていたのである。
自分たちの主が塵ひとつなく消失した事実を前に、兵士たちが力なくその場に崩れ落ちた。
主亡き今、敗北が決定的となったことを理解しているからだ。
兵士たちと交戦中だったダミアンとレオがひと息吐く中、声が聞こえてきた。
「──遅かったか」
その声に視線を向ければ。
入口付近に、ひとりの獣人が姿を現していた。
※ ※ ※
※ ※ ※
警備兵の何人かを叩きのめして力づくで聞き出した情報から、竜人姉妹は地下牢へと足を向けていた。
王弟に従う女は厚遇されるようだが、逆らう者は幽閉されるようだったのだ。
食事抜きの投獄生活の末に、耐え切れなくなった女たちが王弟に頭を垂れ忠誠を誓う、という図式というわけである。
反吐が出るというものだったが……
「……よかった。どうやら、無事みたいさね」
幽閉されている女たちは何人もおり、ライカはその中のひとりを視認するや、安堵の息を吐く。
長い耳が特徴的な兎族の女獣人だった。
「勝ち気なアンタのことだから、絶対に反抗してると思ってここに来たけど……正解だったさね」
憔悴の色が濃い兎族の女が竜人姉妹を確認すると、疲れている様子ながらも、挑発するように薄っすらとした笑みを見せてきた。
「来るなら来るで、もっと早く来なさいよ。ライカ、レイカ。サボってたワケ?」
「あはは! 憎まれ口叩けるだけの元気があってよかったさね」
「……ロロさん、いますぐ出します」
実のところ、竜人姉妹は何の依頼も受けてはいなかったりする。
友人宅を久しぶりに訪れた際、王弟の配下に攫われたことを彼女の家族から知らされ、自発的に救出に動いていたのである。
でなければ、相手が獣王の弟と事を構えるかもしれない高リスクなこと、リスクマネジメントに長けている彼女たちがするわけがなかったのだ。
「ふいぃ~……危うく、”覚悟”をするトコだったわ……」
レイカが対の小剣で牢の鍵を切り裂いたことで、兎獣人──ロロが、ヨロヨロした動きながらも牢から出てくる。
しかし消耗が大きいらしく足がもつれてしまい、倒れそうになったところを、ライカが支えていた。
「だらしないさね。それでも薙刀の使い手なわけ?」
「……仕方ないでしょ。家族を人質にとられたら、戦えるワケないでしょーが」
憎まれ口を叩くライカにロロがそう答えている一方では、レイカが無気力ながらも次々と牢屋の鍵を破壊しており、解放された女たちが喜びながら出てきている。
しかし不安を見せているのは、この場にて武装しているのは竜人姉妹だけだからだろう。
そんな彼女たちへと、ライカは持ち前の明るさで言い放つ。
「いまこの都市では反乱が起きてるさね! だからクソ豚の首も間もなく飛ぶと思う!」
その発言を受けて、絶望していた女たちの顔に希望が宿った。
涙する者さえおり、辛い境遇を味わった者同士、肩を寄せ合い慰め合う。
「……姉さん、この後はどうするの?」
「ん? みんなを連れて逃げるに決まってるさね。外は反乱の真っ最中なんだし、ドサクサに紛れるにはこれ以上の状況はないじゃん?」
「……クレアナードさんたちはいいの?」
レイカの本音としては彼女のことではなく、姉談義で仲が良くなったウルの安否である。
それを知らないライカは、肩をすくめてきた。
「出来ることと出来ないことの線引きは大事さね。下手に欲を出せば長生きは出来ない。そんなこと今更言わなくても、アンタはわかってると思ってたんだけど?」
「……そうだったね」
冒険者ギルドでのやり取りを思い出す。
見極めを誤って下手に欲を出せば、待っているのは破滅なのである。
(ウルちゃん……もしもの時はお墓を立てて、一生忘れないからね)
割り切っているレイカは本気でそう思い、無事を祈ると共に、墓の構想をし始めるのだった。
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