8 / 24
【2章】イベント未回収
3.
しおりを挟む
雨の季節。じめっとした空気がまとわりつく憂鬱な季節。
今日は朝から雨が降ったり止んだり。しかし、少し前からその雨足は途切れることなく降り始め、更には強さを増していた。
こんな日はお客さんがほぼ来ない。大通り沿いにあるのならまだしも、細い道に面して建つこの店は雨宿りの場所にすらならないのだから。
「父さんも母さんもいないし、あんまり雨が酷かったら早めに閉めても良いって言ってたし、今日はもう閉めちゃおうかな」
そう思い立ち上がった瞬間、店の扉が勢いよく開いて 1人のずぶ濡れの大柄な男性が飛び込んで来た。ビクリと身体が跳ねる。
悪い人ではないと何故か確信して、気付けば口を開いていた。
「今すぐタオルお持ちしますね!」
________
「助かった。嬢ちゃん、ありがとな」
手渡したタオルで豪快に髪を拭いた男性は、そのままタオルを首にかけてニカッと笑った。
その表情に、私は無意識のうちに尋ねる。
「…あの…どこかでお会いしたことありますか…?」
男性は片眉を器用に上げて斜め上に視線をやり、考える素振りを見せた後、髪と同じ深い紅色の髭をたくわえた顎に手を当てたまま、私の顔をじっと見つめて__
「…悪いが、嬢ちゃんの記憶違いだな」
と答えた。
(私の気のせい、か…)
何故か胸がチクリと痛んで、心臓の辺りを撫でながら首を傾げる。
「なあ、トロン、ってこの店で合ってるか?」
痛む理由を探そうと考え始めたことで浮上しかけた意識はその声で戻され、すぐに"合ってると思います"と返答する。
そしてずぶ濡れの彼の手にある紙が濡れていないことに驚いていると、男性はガハハと豪快に笑った。そして、彼は紙にかけられた魔法のことと この店に来た理由を話して…
「…マディは、弟は…1年ほど前に亡くなり、ました…すみません…ごめん、なさい…」
私の言葉で、店に沈黙が訪れる。また。
………また?
「…そうか。…花も何もねえが、手だけ…合わさせてもらっても良いか」
顔を上げると、切なげに微笑んだ彼の灰色の瞳と視線が重なる。
「…ありがとうございます。お墓は店から離れた場所にあるので…、そこに置いてある弟の写し絵でも良ければ、お願いします」
弟の約束を守って、わざわざ足を運んでくれたこと。弟が一生懸命書いたチラシを大事にしてくれていたこと。
それらがとても嬉しくて、目が熱くなった。それと同時に胸の底が暗く重く沈んでいくのも感じた、その時だった。
するり。
私の目元を拭ったのは彼の親指…で、おそらくだけど。
目線を上げると、すぐ近くに彼の顔があ…る…、…何これ。
「へ……っ!??」
「泣かせちまって悪い」
まず、自分が泣いていることに気が付かなかった。
次に、彼がこんな近付いていることに気が付かなかった。
「ひ、いえっ…、だだ、だいじょぶ、です、違うんです、弟との約束を覚えてくださっていたのが嬉しくてですね、ええ、そうなんです、…ありがとうございます…」
次に、次に…
「あと、近いです…!」
半ば叫ぶように付け加えると、"おっと、悪い"なんて、悪いと思ってなさそうな声色で言って離れた彼。
(び、びっくりした…、男の人とあんなに近付いたことないから…、かっこよかった…)
姉さんほど色恋には詳しくない私だけど、俗に言う"きゅん"を感じたことがあるのはいつも年上の男性、それも結構年の離れた男性に対してだった、と思う。
はっきり言おう。彼は多分、私の好みの男性なのだ。私よりもずっと年上なのは分かるし、相手にされないのも分かっているけれど、これを一目惚れと言うのだろうか、心臓がバクバクと音を立てて鳴っているのが聞こえる。
熱を持った頬をパタパタと煽っていると、ふ、と笑った彼が私の頭に手を置く。
「…あんた、優しい姉ちゃんなんだな。…ちと優しすぎる」
「いえ…、そんなこと、」
「いーや、ある」
「…っ、…はは、そうです、かね」
上がっていた熱や浮遊感が一気に引く。
好みだの、きゅんだの、色恋だの、ましてや一目惚れだのと、何を考えていたのだ私は。そういうことには手を出さないと、一生をこの店に尽くすのだと1年前に決めたのだから、それを曲げることなどあってはならない。そう。そうだった。
「…こちらです」
ただ、あの日_先月の私の誕生日に_両親に"店に弟の写し絵を飾ろう"と提案して良かったと、わざわざ来てくれた彼の気持ちを無下にすることにならなくて良かったと、ただ、そう思った。
雨は、相も変わらず降り続けている。
今日は朝から雨が降ったり止んだり。しかし、少し前からその雨足は途切れることなく降り始め、更には強さを増していた。
こんな日はお客さんがほぼ来ない。大通り沿いにあるのならまだしも、細い道に面して建つこの店は雨宿りの場所にすらならないのだから。
「父さんも母さんもいないし、あんまり雨が酷かったら早めに閉めても良いって言ってたし、今日はもう閉めちゃおうかな」
そう思い立ち上がった瞬間、店の扉が勢いよく開いて 1人のずぶ濡れの大柄な男性が飛び込んで来た。ビクリと身体が跳ねる。
悪い人ではないと何故か確信して、気付けば口を開いていた。
「今すぐタオルお持ちしますね!」
________
「助かった。嬢ちゃん、ありがとな」
手渡したタオルで豪快に髪を拭いた男性は、そのままタオルを首にかけてニカッと笑った。
その表情に、私は無意識のうちに尋ねる。
「…あの…どこかでお会いしたことありますか…?」
男性は片眉を器用に上げて斜め上に視線をやり、考える素振りを見せた後、髪と同じ深い紅色の髭をたくわえた顎に手を当てたまま、私の顔をじっと見つめて__
「…悪いが、嬢ちゃんの記憶違いだな」
と答えた。
(私の気のせい、か…)
何故か胸がチクリと痛んで、心臓の辺りを撫でながら首を傾げる。
「なあ、トロン、ってこの店で合ってるか?」
痛む理由を探そうと考え始めたことで浮上しかけた意識はその声で戻され、すぐに"合ってると思います"と返答する。
そしてずぶ濡れの彼の手にある紙が濡れていないことに驚いていると、男性はガハハと豪快に笑った。そして、彼は紙にかけられた魔法のことと この店に来た理由を話して…
「…マディは、弟は…1年ほど前に亡くなり、ました…すみません…ごめん、なさい…」
私の言葉で、店に沈黙が訪れる。また。
………また?
「…そうか。…花も何もねえが、手だけ…合わさせてもらっても良いか」
顔を上げると、切なげに微笑んだ彼の灰色の瞳と視線が重なる。
「…ありがとうございます。お墓は店から離れた場所にあるので…、そこに置いてある弟の写し絵でも良ければ、お願いします」
弟の約束を守って、わざわざ足を運んでくれたこと。弟が一生懸命書いたチラシを大事にしてくれていたこと。
それらがとても嬉しくて、目が熱くなった。それと同時に胸の底が暗く重く沈んでいくのも感じた、その時だった。
するり。
私の目元を拭ったのは彼の親指…で、おそらくだけど。
目線を上げると、すぐ近くに彼の顔があ…る…、…何これ。
「へ……っ!??」
「泣かせちまって悪い」
まず、自分が泣いていることに気が付かなかった。
次に、彼がこんな近付いていることに気が付かなかった。
「ひ、いえっ…、だだ、だいじょぶ、です、違うんです、弟との約束を覚えてくださっていたのが嬉しくてですね、ええ、そうなんです、…ありがとうございます…」
次に、次に…
「あと、近いです…!」
半ば叫ぶように付け加えると、"おっと、悪い"なんて、悪いと思ってなさそうな声色で言って離れた彼。
(び、びっくりした…、男の人とあんなに近付いたことないから…、かっこよかった…)
姉さんほど色恋には詳しくない私だけど、俗に言う"きゅん"を感じたことがあるのはいつも年上の男性、それも結構年の離れた男性に対してだった、と思う。
はっきり言おう。彼は多分、私の好みの男性なのだ。私よりもずっと年上なのは分かるし、相手にされないのも分かっているけれど、これを一目惚れと言うのだろうか、心臓がバクバクと音を立てて鳴っているのが聞こえる。
熱を持った頬をパタパタと煽っていると、ふ、と笑った彼が私の頭に手を置く。
「…あんた、優しい姉ちゃんなんだな。…ちと優しすぎる」
「いえ…、そんなこと、」
「いーや、ある」
「…っ、…はは、そうです、かね」
上がっていた熱や浮遊感が一気に引く。
好みだの、きゅんだの、色恋だの、ましてや一目惚れだのと、何を考えていたのだ私は。そういうことには手を出さないと、一生をこの店に尽くすのだと1年前に決めたのだから、それを曲げることなどあってはならない。そう。そうだった。
「…こちらです」
ただ、あの日_先月の私の誕生日に_両親に"店に弟の写し絵を飾ろう"と提案して良かったと、わざわざ来てくれた彼の気持ちを無下にすることにならなくて良かったと、ただ、そう思った。
雨は、相も変わらず降り続けている。
0
あなたにおすすめの小説
行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる
春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。
夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。
形のない愛は信じない。
でも、出来立ての肉は信じてしまう。
肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。
これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。
黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、
妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。
ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。
だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。
新たに当主となった継子は言う。
外へ出れば君は利用され奪われる、と。
それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、
私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。
短いお話です。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
【旦那様は魔王様 外伝】魔界でいちばん大嫌い~絶対に好きになんて、ならないんだから!~
狭山ひびき
恋愛
「あんたなんか、大嫌いよ!」ミリアムは大きく息を吸い込んで、宣言した。はじめてアスヴィルと出会ったとき、彼は意地悪だった。二度と会いたくないと思うほど嫌っていたのに、ある日を境に、アスヴィルのミリアムに対する態度が激変する。突然アスヴィルは、ミリアムを愛していると言い出したのだ。しかしミリアムは昔のまま、彼のことが大嫌い。そんなミリアムを振り向かせようと、手紙やお菓子、果ては大声で愛を叫んで、気持ちを伝えようとするアスヴィル。果たして、アスヴィルの気持ちはミリアムに届くのか――
※本作品は、【旦那様は魔王様!】の外伝ですが、本編からは独立したお話です。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる