【完結】いずれ忘れる恋をした

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【5章】やっと見つけた攻略サイト様様

1.ードラク視点ー

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目が覚める。 

軽く伸びをして、欠伸をしながら起き上がる。
身支度を整えて宿の食堂へ降りると、メンバーは既に揃って席についていた。 

「おはようっス」
「ふぁあ…おはよーさん」
「何?寝不足なの?」
「違ぇよ、何か変な夢見てな」
「夢っスか?」 


そう、不思議な夢を見た。 

___


名も知らぬ赤毛の少女が俺を見上げ、

「ドラクさん、好きです」 

と、溶けるような微笑みを浮かべる夢。 

「……有難いが、それには応えられねえよ」 

自分の声がそう告げる。 

「知ってます。でも、どうしても伝えたくて。困らせてしまってごめんなさい」
「…いや、俺の方こそ悪いな」
「また、機会があればお立ち寄りください。
…どうかお元気で」
「ああ。じゃあな、嬢ちゃん」 

俺は背を向けて、歩き出す。 

「さようなら、ドラクさん」 

彼女の泣きそうな小さな声に、俺は振り向いて少女の元へ駆け寄った。その華奢な身体を抱き締めると、少女は驚いた声を出して、身体を強ばらせた。 

「……元気でな」 

聞いたこともない自分の弱々しい声。 

「待っていても、良いですか」 

俺の背に手を回した彼女が小さな声で言う。 

「だめだ」
「ふふ、分かってました。帰ってきたドラクさんに、立派な女の人になって素敵な人と結婚して子供もいる私を見せ付けてあげます」
「はっは、楽しみにしとく」
「……さようなら」
「ああ、じゃあな」 


他にも、聖女が召喚されて坊主に面倒な頼み事をされたこと、雨の日に少女と出会ったこと、彼女の弟の死について聞いたこと、怪我をした俺に駆け寄った彼女の心配そうな顔、2人で出掛けた時の、隣を歩く彼女の笑顔。全て、夢の中の話だと片付けるには現実的すぎるものだった。 

____


マジックバックの中から1枚の紙を取り出す。 

「ドラクさん、その紙何スか」
「…シーリル」
「え?」
「いや、何でもねえ」
「………女?」
「えっ!ドラクさんもしかしてそれ、女の連絡先スか!??良いなあ!!!」
「ったく、違ぇよ」
「朝からうるさいわね本当…。そういえばドラク、もうすぐ聖女様が召喚されるらしいわよ」
「聖女ねえ…」 

夢の中で聖女に会うことなんてなかったからどんな奴かは分からない。
そもそもあの夢が現実のものだとは信じ切ってはいないが、どこかで確信に近いものは抱いていた。

「この後ちょっと出かけるわ」
「まあ今日は特に依頼もないし、予定の確認だけしたら自由行動で良いわよね」
「ああそうだな」
「了解っス」
「……分かった」 

________


「いらっしゃいませー、お1人ですか?」
「ああ。これをもらったから来たんだが」

軽やかなベルが鳴って、俺を迎えたのは夢の中の情報によると彼女の母親であった。見る限り、彼女は店の中にいない。

「っまあ、それは、」
「マディはいるか?」
「…亡くなりました」
「……手を合わさせてもらっても良いか」 

記憶の中では店の一角にある彼の写し絵に手を合わせていたが、向けた視線の先にそれはなかった。 

「ええ、それは有難いのですが、生憎息子の墓は少々遠くにあるもので」
「…そうか、悪かった」
「いいえ、とんでもありません。お気持ちだけ頂きます」
「母さん、休憩終わったから交代しよ、う…」 

降りてきた少女と目が合う。
彼女はにこりと笑って言った。 

「わあ!初めてのお客様ですね!いらっしゃいませ!」 



どうやらこの不思議な記憶を持っているのは俺だけらしい。

記憶とは異なる現実。少しずつ、いろんなものが違っていた。 


マディの写し絵が店にない。
聖女が召喚されるタイミングが違う。
記憶の中の怪我の原因となった依頼なんてない。 


「いらっしゃいませ、こんにちは。シーリル、ドラクさんだよ」
「あら、いらっしゃいませ!ご注文は?」
「いつもので」
「かしこまりました!アル、お願い」
「はいよ」 


そして、彼女が結婚をした。

子供も生まれた。



「…何だろうな、これ」

何とも言えない喪失感のようなものが、分厚い雲となって俺の心を覆っている。

"帰ってきたドラクさんに、立派な女の人になって素敵な人と結婚して子供もいる私を見せ付けてあげます"
"はっは、楽しみにしとく"

あの時の俺は、どんな気持ちでそう答えたのだろう。

この記憶がなければ、こんな気持ちを抱くこともなかったに違いない。
あの不思議な夢に感情が引っ張られているのは自覚しているが、それでも、彼女の隣に自分がいないことが、彼女を支えるのが自分ではない事実が、堪らなく虚しかった。

___


3年目の3月。店先で赤ん坊を抱いた彼女が俺を見上げる。記憶の中ではこれが最後のもの。いろんな点が異なってはいるが、日にちと天気は、同じだった。

「ドラクさん、お気を付けて」
「ああ。あんたも元気でな」

握手をして、眠る赤ん坊の頭を撫でてから背を向ける。

未練がましく俺は振り向いて彼女を呼んだ。

「嬢ちゃん」
「はい?」
「あんたからしたら俺はただの客でデカいおっさんだろうが、俺は…いや、何でもねえ。…じゃあな」
「…はい。さようなら」

そうして俺は、旅に出た。




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