山之神

TAKA

文字の大きさ
5 / 11
振り珠の祭り

引っ越し

しおりを挟む
「そうですか、いい村ですか」

 革張りのソファーに深く腰を掛け社長が言った。その横に部長が座り、さらにその横に課長が立ってこちらを見ていた。

 1週間が経ったので、報告とこれからの相談のため1日かけて戻ってきていた。

「分かりました。では、暫く村に住んでみて村の皆さんと交流して下さい。特に村長や校長など村の有力者の方々とは仲良くして下さい。では期待しています」

 そう言うと社長はソファーから立ち上がり手を伸ばしてきた。握手をしながらオールバックでブランドもののスーツを着ている社長の顔が役場の大森に似ているような気がした。

「じゃあ、このまま村に住んで皆の信用を得るように努めてくれ。連絡は暫くはいいから。携帯も繋がらないんだろ。村のみんなから信用されたと思ったら連絡をしてくれればいいから」

 社長と部長が出ていったあとの応接で課長が言った。

「え、あ、はい」

 とても緩い条件だったので驚いたが定期的な連絡は面倒だと思っていたのでありがたかった。ただ、携帯が繋がらない話をした覚えはなかったので何故課長がそのことを知っているのか不思議だった。

「早速、これから引っ越しします。では失礼します」

 村を離れて1日しか経っていないが、昨日の夜から村に帰りたくて仕方がなかったので喜んで会社を飛び出した。

「おい、巽、お前大丈夫か」

 会社を出たところで同期の斉藤に会った。

「お前、顔色悪いぞ。どっか具合でも悪いのか」

 心配そうに声を掛けてきたが、村に帰ることだけを考えていたので答えるのも面倒だった。

「大丈夫。じゃあ」

 一言だけ答え立ち止まらずに斉藤の横を通り抜けた。

 そのまま家に戻り、詰めれるだけの洋服と下着と貴重品を旅行鞄に詰めると家を飛び出した。

 村に向かう途中、不動産屋に寄り部屋の解約手続きをした。最初は急な話だったので直ぐにはできないと言われたが、村に戻る邪魔をされるのが許せなくて大声で喚いたらなんとか解約できた。

「きちがいだ」

 不動産屋を飛び出す時に誰かの声が聞こえたが特に気にならなかった。村を知らない人への憐れみすら感じたほどだった。

 そのまま携帯電話も解約した。そこでも今解約すると損だのなんだの言ってきたので携帯を投げつけたら直ぐ解約できた。

「これですっきりした。村に帰れるぞ」

 いきなり大声を出したので周りの通行人が怪訝な顔でこちらを見ていた。
 
 村に戻る途中で夜になった。お腹がすいたので買っておいたお握りを食べようとしたが不味くて食べられなかった。昨日、村を出てからは食べるもの全てが不味く、結局何も食べていなかった。飲み物も不味く感じたが水だけはなんとか口にできたので、2リットルのペットボトルを買い空腹を満たした。

 まだそこまで遅くはなかったが、村の最寄り駅に行く電車は既に終わっており、随分手前の駅までしか行けなかった。終点の駅を降りたら年季の入ったタクシーが1台だけ止まっていた。そのタクシーに乗ろうと近づいたが運転席には誰も居なかった。ふと運転席側のドアを引くと静かに開いた。キーが刺さったままだった。そのまま運転席に座りエンジンをかけ走り出した。

 村への道が分からなかったので取り敢えず村の最寄り駅へ向かった。頭は村で出される食事のこととさくらのことで一杯だった。

 最寄り駅に着きそこからバスで通った道を思い出しながら村へ向かった。村まで着く前にガソリンが切れてしまい止まってしまったが、躊躇することなく車を捨て歩いて村を目指した。まだかなりの距離があるはずだった。周りは街灯もなく暗かったが、幸い満月だったので道に迷うことはなかった。

 どれ位の時間が経ったかわからなかったが村に向かう分かれ道と思われるところまでやって来た。

 ここまで来ればあと少しだと思ったが、昨日から何も食べていなかったので動けなくなった。少し休んでは前に進み、また休むを繰り返していたが、とうとう一歩も進めなくなった。悔しかった。涙が溢れ鼻水が垂れ涎まみれになったが、体は動かなかった。意識が薄れていった。

「おい、大丈夫か」

 声が聞こえ誰かに抱き起こされた。社長に見えたが、よく見ると役場の大森だった。助かったと思った。

 家に連れていってもらい暫く横になっているとさくらが料理を持ってきた。

 料理を見たとたん今まで動かなかった体が嘘のように動いた。膳の上の料理を片っ端から平らげていった。

「これだ、うーん、これこれ」

 大声で喚き流し込むように食べながら、生きてるという実感が心の奥から沸き上がってきていた。

「じゃあ、これで」

 呆れたようにこちらを見ていた大森が帰って行った。帰る前に聞くと課長から連絡があり明日には戻って来るだろうと思っていたが、念のため今日も分かれ道まで行ってみたら倒れている人影を見つけたということだった。

 食べ続けているといつものように頭がくらくらし、股間が痛いほどいきり立ってきた。

「あ、来た」

 遠ざかる意識の中で次に起きることを想像し期待していた。

 薄く意識が戻るとやはりさくらが嬉しそうに腰を動かしていた。いつものように体は動かなかったが、いつもよりさくらの歓喜が大きいように感じた。それだけで満足だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...