山之神

TAKA

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山神様

記憶

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 神楽は続いていた。時々、ほんの少し間が空くことがあるが、まるでそれも演奏の一部であるかのようにすぐに雅楽の音が響き、舞も続いた。皆、飲まず食わずだったが、演奏も舞も時間が経つにつれより激しさを増していた。

 ずっと神楽を見ていた。最初は恐怖しかなかったが、徐々に引き込まれ、いつしか時間を忘れ神楽に見入っていた。

 突然、雅楽が止まり、神楽が終わった。いきなりの静寂が辺りを包んだ。

 気がつけば最初は広場を昼間のように照らしていた篝火の数が減っており、静寂に比例するように暗がりが辺りを覆っていた。一気に気温も下がった気がした。

「では、皆さん、食事にしましょう。あなたもどうぞ」

 老人が声を掛けるのと同時に、目の前に膳が置かれた。3日ぶりの食事だった。

 料理が目に入り匂いを嗅いだとたん、さっきまでの恐怖や恍惚といった感情の全てが吹っ飛び、何も考えられなくなった。ひたすら料理を食べた。食べているうちに涙が出てきた。涙は止まらず、泣きながら食べ続けていた。

「そろそろ山神様のところへ供物をお供えに参りましょう」

 腹が満たされ一息ついたのを見計らい、老人が声を掛けてきた。

 さっきまでと違い体には力がみなぎっているが、老人に逆らう気が全く起きず、お供え物を届ける役目としての自分の出番がやっと来たとさえ感じていた。

 老人が子供の頭を載せた三方を捧げ、先頭になり裏山の洞窟に入って行った。その後に続くように言われたが、特に何も渡されず手ぶらでついて行くことになった。お供え物を届ける役割のはずが何も持たずに行くことになり不思議な感じがした。後ろには同じように子供の頭が載った三方を捧げた神楽を舞った4人が続いた。

 洞窟の中からは獣のような吠え声がずっと聞こえていたが、中に入っても特に何かが居るような気配は感じられなかった。そのうち聞こえている吠え声は洞窟を抜ける風の音だと気がついた。

 いつしか恐怖はなくなっていた。ただ、改めて三方に載せられた子供の頭を見て、こんな野蛮な儀式を行う老人達に嫌悪感を感じていた。

 洞窟は暫く入ったところで行き止まりになっており、その手前に祭壇が築かれていた。

 老人はその祭壇の前に子供の頭が載った三方を置きこちらを向いた。

「さあ、そこに座りなさい」

 老人が言ったとたん、体が勝手にその場に座りこんだ。全く座るつもりがなかったのに老人の言葉に逆らえなかった。改めて立とうとしたが自分の意思で体を動かすことが出来ず声も出なかった。

「皆さん、それぞれの場所に三方を置いて出て下さい。これからは私と彼の2人だけの儀式です。儀式が終わるまでまた神楽をお願いします。・・・あ、それと今まで私を支えて下さりありがとうございました」

 そう言って老人は頭を下げた。さくら達はいきなりの老人の感謝の言葉に戸惑っているようだったが、何も言わず頭を下げ出て行った。皆、泣いていた。

「では始めますか」

 老人は祭壇に向かいかしわ手を打ち何か分からない呪文のような言葉を唱えだした。

 体は動かなかったが、辛うじて首を回すことは出来たので周りを見ると、床に線が引かれその線の先に子供の頭がこちらを見るように置かれていた。よく見るとその線は星の形に引かれており、今座っているところはちょうど星の真ん中だった。

 老人の声が大きくなるにつれ耳鳴りがし、頭がくらくらしてきた。体が揺れているのが分かった。

「さあ、何も考えず全てを捧げなさい」

 老人の声が頭に直接響いた。

「さあ、私と一緒に山神様をお迎えするのです」

 声を聞いた瞬間、頭の中に浮かんできたものがあった。誰かの記憶のようだった。

 そこは山の中だった。周りの家が燃え、人々の悲鳴と怒号が響いていた。武士に追われ洞窟に逃げ込んだ。

 村を守りたかった。皆で作り上げた安住の地だった。

 子供の頃から声が聞こえた。色々な声だった。訳の分からないものもあれば危険を知らせるものもあった。その声に従い皆に危険を知らせた。いつしか山神様の使いと崇められるようになった。

 初めは単に皆の役に立っていると喜んでいたが、周りに人が集まるにつれ藩との軋轢が出てきた。勝手に金を集め捕まるものが出てきたり、藩政への不満を声高に主張するものが信者の中に逃げ込んだりしたことから、徐々に藩と敵対することになった。

 その年は干ばつの影響で作物の出来が悪かった。藩の財政は厳しく年貢の取り立ては例年以上に苛烈に行われた。年貢を払えない者は自分の村を捨て、救いを求めこの村に逃げてきた。

 逃げてきたものを追い返す訳にもいかず、村に備蓄していた食料を与え、住むところを提供した。それが失敗だった。噂が国中に広まり、いつしか村は逃げてきた民衆で溢れるようになった。

 村は藩に不満を持つ民衆だらけとなり、いよいよ村の備蓄の食料が少なくなってくると過激な考えが村を覆った。

 藩に対し反旗を翻すつもりはなかったが、皆に教祖と祭り上げられている以上、村の代表として藩と話をする必要があった。

 藩の目付が話し合いをするため村を訪れたので、神社に席を設け話し合いを行った。目付は藩庁に戻って藩の意向を確認すると言い、一旦帰って行った。

 その日の夜、皆に目付との話し合いの様子を話していると、村が囲まれているという知らせが入った。慌てて外に出てみると、馬に乗った目付がやって来て一揆の疑いで全員を捕縛すると命令した。

 昼間の話し合いは罠だった。目付は要求を聞くふりをしながら、こちらの人数や武器などを確認し、夜、不意打ちを仕掛けて来たのだった。

 皆、藩の汚いやり口に怒りを覚え、鋤や鍬などを手に暴れまわった。藩士達は始めのうちこそ暴れる民衆に手を焼いていたが、最後は容赦なく斬り捨てていった。

 周りの家に火がつけられ村が炎に包まれると、完全に藩側の独壇場になった。そこらじゅうに斬り殺された人々の死体が転がっていた。

 祭壇で必死に祈った。皆を助け、藩士に天罰を下すように祈った。すぐ後ろに目付が来ていた。後ろで止めようとした信者が1人、また1人と斬られているのが分かった。

 藩への恨みが頂点に達した時、声が聞こえた。今まで聞いたことのない声だった。鬼の声だった。その声は、藩士達に罰を与える代わりに、これから毎年5人の子供を生け贄として捧げることと、永遠に自分を祀ることを要求してきた。

 藩への恨みを晴らせるならばと承知した。その時、鬼が体の中に入ってくるのを感じた。体の奥から力が溢れ、斬りかかってくる目付を張り倒した。目付の頭がちぎれ、洞窟の壁にぶつかり潰れていた。あとは何も考えず、ひたすら朝まで藩士を殺し続けたのだった。
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