山之神

TAKA

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山神様

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「・・・ゎ、ゎ、わ、わ、わあー」

 自分の声で意識が戻った。声が出るようになっていた。

「どうですか。ひどい話だと思いませんか」

 老人が悲しそうな顔でそう言った。

「な、何が・・・、お、お、鬼ってなんなんだ」

 相変わらず体は動かなかった。体の自由を奪われたことと、得体の知れないものを見たことに対する恐怖が体の奥から沸き上がっていた。

「何って、今、見たでしょう。鬼、いや山神の力を」

 老人はその場に胡座をかいて座った。

「まだ、少し時間がありますね。ちょっとお話ししましょうか」

「は、は、話すって、何を」

「いや、大した話ではありませんよ。老人の昔話です。・・・昔、自然の声が聞こえる男がいました。彼は無邪気にその声を人々に伝え皆を導いていました。彼の周りには大勢の人が集まり、いつしか一つのグループが出来上がりました。彼はそれで満足していたのですが、時の権力者はそれを危険と判断し、そのグループを潰すことに決めたのです。しかも権力者に反抗する他の危険分子も一緒に潰すことにしました。とても頭が切れる人が権力者の中にいたのです」

 老人は目をつぶり、昔を思い出すようにゆっくりと話していた。その間になんとか逃げ出そうと体に力を込めたが、その場から立ち上がることは出来なかった。

「ふう・・・、体は動きませんよ。・・・昔話はお気に召しませんか。でもまあ、お聞きなさい。こんな話は村の皆には出来ませんからね。年寄りの頼みは聞くものですよ」

 老人が哀れみのこもった眼差しでこちらを見ていた。

「いやだ、帰してくれ。もうここにいたくない。村から出ていって2度と村には来ないし、村のことは誰にも言わないから・・・。お願いだ、いや、お願いします。おねが・・・」

 老人が右手を振ると急に声が出なくなった。

「聞き分けがありませんね。仕方がありません。また黙っておいてもらいましょう。・・・どこまで話しましたっけ・・・、あ、そうだ、村を潰すってとこでしたね。ええ、頭の切れる家老がいましてね。間者、・・・今で言うとスパイですか・・・、それを村に送り込み藩への反抗を扇動して危険分子をわざとそのグループに集めたんです。そして村を追い詰め暴発するように仕向けた・・・。そしてまんまと乗せられてしまった村は壊滅されそうになった」

 老人の顔を見ると口元が笑っているように見えた。

「いやあ、このからくり、その時は知らなかったんですよ。あとでその家老を殺したときに本人から聞いて知ったんです。まあ、驚いたというか、組織を守るというのはこういうことかと大変参考になりましたね」

 大昔の話のはずなのにまるで見てきたように嬉しそうに話すのが不思議だった。

「いや、どうもこの話をすると楽しくなってしまうんですよ」

 どうやらこちらが思ったことは全て老人に伝わっているようだった。

「だって頭のいい人が一生懸命に考えたことが逆効果だったんですよ。まさに机上の空論というやつですね。思惑が外れたことを知った時の彼らの絶望的な顔といったら、それはもう傑作でした。皆、必死で命乞いをしましたね。でね、その頭を踏み潰したときの快感たるや、あんなに気持ちのいいことは他にありませんね。あ、でもさすがに藩主は殺しませんでしたよ。もっとも全身の骨を折ったので寝たきりにはなりましたがね」

 老人の笑った口元に2本の鋭い牙が見えた。そこには老人ではなく鬼がいた。

「ええ、そうですよ。私は人であり鬼であり神なんです」

 よく見ると額の上の方に角のような突起物が2本生えていた。喰われると思った。声も出ず体も動かなかったが、なんとか助かる方法がないかと考えた。

「は、は、は、逃げられませんよ。でもいいですね。その生に対する執着は素晴らしい」

 今は完全に鬼となった老人が爪の伸びた手で拍手をした。

「安心して下さい。貴方を食べたりはしません。食べるのは子供達の頭の方です。貴方には大事な役目があると言ったでしょう。お供えを私に届ける役目があると。・・・まあでもお供えは貴方自身ですから届けるというのも変ですね・・・」

 首をかしげて鬼が言った。

 自分がお供え物だと言われ目の前が真っ暗になった。食べられなくとも殺されると思った。

「勘違いしないで下さい。貴方の命は取りません。いや、むしろ貴方は永遠の命を手に入れるんです」

 何を言っているのか分からなかった。お供え物と永遠の命が結びつかなかった。

「ああ、説明が足りなかったですね」

 鬼は目の前に来て座り直した。

「貴方の役割について説明しましょう。時間も無くなってきましたので少し急ぎますね」

 イメージと違い丁寧に話す鬼を見て余計に気味が悪かった。

「私は貴方の目には鬼に見えていると思いますが、外の皆が見たら親方様のままなんです。つまり、私自身は実体を持たずこの体を使わせてもらっているんです。貴方は私の鬼としての正体を知っているので、私の姿が鬼に見えるのです。まあ、もっとも私自身も自分が何者で、いつどこで生まれ、どう過ごしてきたか覚えてないんですよ。皆が鬼と言うから皆の思う鬼の姿に見えるんです。もし貴方が私を山之神として別の姿を思い描いたら、きっとそう見えるはずです」

 鬼と思い込んでいるので鬼に見えるということらしいが、信じられなかった。

「さっきも言いましたが、私は自分の体を持ちません。そこで人の体を使いますが、人は老いてしまいます。病気などから守ることは出来ますが、老いだけはどうしようもありません。そのため60年毎に新しい体を見つける必要があるんです。それが今なんです」

 鬼は話しながらこちらの目をじっと見つめていた。

「もうこの体の限界も近づいていましたので皆に言って私の後継者となる人を探してもらいました。それが貴方です。貴方には新しい親方様として私と一つになって皆の指導者になってもらいます」

 一つになるということが分からなかった。

「文字通り一つになるんです。簡単に言うと魂の同化です。私の魂と貴方の魂が同化するんです。私はそうすることであの日以来生きてきました。私の中には今の親方も含め同化した歴代の親方達の魂が生きているんです。貴方もそうなります。永遠の命を得られるのです」

 頭が混乱していた。魂が同化し永遠に生きられると言われても、それは結局は自分ではないという気がした。

「分かってはもらえませんか・・・。ですが貴方が嫌でも貴方には選択する権利はないんです。・・・そろそろ時間です。儀式を始めましょう」

 そう言って鬼は祭壇に戻って行った。その後ろ姿に何人かの人の後ろ姿が重なって見えた気がした。
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