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真霊課
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「あの、ここって一体何をする課なんですか」
タケルは恐る恐る課長の阿満野に聞いた。
「え、まだ聞いてないの」
阿満野はミコの方を見た。ミコは少しばつが悪そうに頷いた。
「あのおっさん、いっつも肝心なことは言わないんだよな」
タケルは阿満野が言った「おっさん」が頭取のことだと気づき、少なからず驚いた。
「山村君さ、君は命とお金、どっちが大事かな」
いきなりの質問にタケルは面食らった。
「え、命、・・・でも銀行だからお金かな」
タケルは何が正解か分からず、もごもごと口の中で小さく言った。
「勿論命が大事。これは絶対だけど、でもお金も大事なんだよね。残念だけど、世の中の根底にはお金があるんだ。この社会で生きるにはお金がないと駄目なんだ。あ、僕が言っているのは、お金の多い少ないじゃないよ。今の社会システムは、お金というベースの上に成り立っているっていうことなんだ」
阿満野が熱く語りだした。タケルは寝起きのはねた髪と話のギャップに戸惑い、黙って聞いていた。
「それだけ大事なお金だから、人は強く執着してしまう。その強い執着が、時として怨念となり、色々な影響を周りに与えてしまう。銀行の扱う商品はお金だ。だからこそ銀行は怨念が集まりやすく、不思議なことがよく起こるんだ」
「え、でも、・・・聞いたことないですけど」
タケルは思わず呟いた。
「それはさ、僕達が騒ぎが大きくならないうちに処理しているからね」
「えっ、それって・・・」
「そう、この真霊課は、銀行内で起こる不思議な現象を処理する専門部隊なんだ」
阿満野は芝居がかった様子で、顔を上に向け、両手を広げ言った。
「そんな、僕は普通の銀行員になりたくて入ったんです。そもそも僕にはそんな力はありません。何かの間違いです。絶対に間違いです」
タケルは懇願するように阿満野に向かって訴えた。
「またまたあ、そんなこと言って。君には十分な力があるじゃないか。さっきちゃんと確認したよ」
阿満野が自信満々で答えた。
「いや、でも、・・・もう、そうですよ、確かにそうです。色々見えます。ええ、そうです、そうです。認めますよ。でも、そうですけど、単に見えるだけで、その除霊って言うんですか、そんな幽霊を成仏させるなんてことは出来ないです。やったことありません」
タケルは半分拗ねながら、やけになって言った。
「うん、大丈夫。力があるってことが大事なんだ。除霊は何とかなる。道具を使えばいいんだ。僕達は、皆、初めから除霊みたいなことが出来たわけじゃないし、特別な修行をしたわけでもない。皆、自分に力があることは知っていたが、何も出来なかった。けど、自分に合う道具を見つけ、その力を借りて今の仕事が出来るようになったんだ。だから、山村君も大丈夫。自分に合った道具を使えば、大概のことは片付くからさ。なあ、ミコ君」
阿満野はミコの方を向き、同意を求めた。
「ええ、課長の言う通りよ。私も最初は何も出来なかったし、他の皆も似たようなものよ」
ミコは笑顔でタケルに言った。
「他のみんな・・・、他にも誰かいるんですか」
タケルはオフィスに阿満野とミコしかいないので、真霊課は二人だけの課だと思っていた。
「ああ、僕達の他に二人、・・・いや、正確には三人か、がいる。ま、二人は出張中、一人は休職中だけどね。あ、うちの課の良いとこ見つけた。うちの課に入れば、全国どこでも行けるよお」
わざと語尾を伸ばして阿満野が言った。
「あの、三人もいるならいいじゃないですか。課長とミコさんで五人もいる。あ、四人か。それだけいれば十分ですよね。ね、課長、ね、ミコさん」
タケルは必死だった。自分でも何故ここまで嫌なのか分からなかったが、とにかく嫌だった。
「ううん、そっかあ、そこまで嫌なら仕方がないか。残念だなあ、うん、残念だ。でも諦めるか」
阿満野が大きく頭を振りながら言った。
「えっ、いいんですか。本当に、本当ですか。いいんですか。いやった、やった、やった、ミコさん、聞きましたよね。課長、言いましたよね」
タケルは嬉しくて何度も聞き直し、心の奥底ではあまり喜ぶのは申し訳ないと思いつつ、喜びを抑えることが出来なかった。
「じゃあ、山村君は退職っていうことで。いやあ、残念だ。本当に残念だ。ミコ君、人事にそう言っといて。僕はもう一眠りするわ」
阿満野はタケルに背を向け、ソファーに向かって歩き出した。
「ちょっ、ちょっと、ちょっと、どういうことですか。退職ってなんで・・・」
タケルはいきなり退職と聞いて驚いた。
「だって君は人事部が決めた配属先が気に入らないんだろう。で、それを拒否するんだから、人事部にノーを突きつけるってことになるよね。人事部って、銀行の中枢の部署だよね。そこの言うことが聞けないなら辞めるしかないよね」
「いや、待って下さい。クビだなんて、それはちょっと」
タケルは焦った。
「いや、勘違いしないでくれ。クビじゃない、君が自分で退職するんだ。君は何かをしでかしたわけじゃない。でも銀行の心臓とも言える人事部の言うことは聞かないと言っている。じゃあ、辞めるしかないじゃないか」
阿満野が振り返ると、真剣な顔で言った。タケルは何も言えず、口を開けたまま阿満野を見つめた。
阿満野はタケルの近くまで戻り耳元で囁いた。
「あのさ、銀行ってさ、大体3年、長くても5年位で転勤するんだよね。その間、我慢すれば、次は普通の部署に行けるんだけどな」
「え、そうなんですか。・・・転勤ですか。ううん、はああ、ううん、・・・分かりました。ここで何とか頑張ります」
タケルは、あけぼの銀行に就職が決まった時の両親の喜んだ顔を思い出し、いきなり退職して両親を悲しませるよりは、数年の我慢で転勤出来るのであれば、少しの間我慢してもいいかと考えた。
阿満野がニヤリとして言った。
「そっかあ、一緒に働いてくれるか。そっか、そっか、良かったあ。じゃあ、君の道具を探そうか」
そう言いながら、阿満野がタケルを連れ、隣の部屋へと続く扉を開けた。
タケルは恐る恐る課長の阿満野に聞いた。
「え、まだ聞いてないの」
阿満野はミコの方を見た。ミコは少しばつが悪そうに頷いた。
「あのおっさん、いっつも肝心なことは言わないんだよな」
タケルは阿満野が言った「おっさん」が頭取のことだと気づき、少なからず驚いた。
「山村君さ、君は命とお金、どっちが大事かな」
いきなりの質問にタケルは面食らった。
「え、命、・・・でも銀行だからお金かな」
タケルは何が正解か分からず、もごもごと口の中で小さく言った。
「勿論命が大事。これは絶対だけど、でもお金も大事なんだよね。残念だけど、世の中の根底にはお金があるんだ。この社会で生きるにはお金がないと駄目なんだ。あ、僕が言っているのは、お金の多い少ないじゃないよ。今の社会システムは、お金というベースの上に成り立っているっていうことなんだ」
阿満野が熱く語りだした。タケルは寝起きのはねた髪と話のギャップに戸惑い、黙って聞いていた。
「それだけ大事なお金だから、人は強く執着してしまう。その強い執着が、時として怨念となり、色々な影響を周りに与えてしまう。銀行の扱う商品はお金だ。だからこそ銀行は怨念が集まりやすく、不思議なことがよく起こるんだ」
「え、でも、・・・聞いたことないですけど」
タケルは思わず呟いた。
「それはさ、僕達が騒ぎが大きくならないうちに処理しているからね」
「えっ、それって・・・」
「そう、この真霊課は、銀行内で起こる不思議な現象を処理する専門部隊なんだ」
阿満野は芝居がかった様子で、顔を上に向け、両手を広げ言った。
「そんな、僕は普通の銀行員になりたくて入ったんです。そもそも僕にはそんな力はありません。何かの間違いです。絶対に間違いです」
タケルは懇願するように阿満野に向かって訴えた。
「またまたあ、そんなこと言って。君には十分な力があるじゃないか。さっきちゃんと確認したよ」
阿満野が自信満々で答えた。
「いや、でも、・・・もう、そうですよ、確かにそうです。色々見えます。ええ、そうです、そうです。認めますよ。でも、そうですけど、単に見えるだけで、その除霊って言うんですか、そんな幽霊を成仏させるなんてことは出来ないです。やったことありません」
タケルは半分拗ねながら、やけになって言った。
「うん、大丈夫。力があるってことが大事なんだ。除霊は何とかなる。道具を使えばいいんだ。僕達は、皆、初めから除霊みたいなことが出来たわけじゃないし、特別な修行をしたわけでもない。皆、自分に力があることは知っていたが、何も出来なかった。けど、自分に合う道具を見つけ、その力を借りて今の仕事が出来るようになったんだ。だから、山村君も大丈夫。自分に合った道具を使えば、大概のことは片付くからさ。なあ、ミコ君」
阿満野はミコの方を向き、同意を求めた。
「ええ、課長の言う通りよ。私も最初は何も出来なかったし、他の皆も似たようなものよ」
ミコは笑顔でタケルに言った。
「他のみんな・・・、他にも誰かいるんですか」
タケルはオフィスに阿満野とミコしかいないので、真霊課は二人だけの課だと思っていた。
「ああ、僕達の他に二人、・・・いや、正確には三人か、がいる。ま、二人は出張中、一人は休職中だけどね。あ、うちの課の良いとこ見つけた。うちの課に入れば、全国どこでも行けるよお」
わざと語尾を伸ばして阿満野が言った。
「あの、三人もいるならいいじゃないですか。課長とミコさんで五人もいる。あ、四人か。それだけいれば十分ですよね。ね、課長、ね、ミコさん」
タケルは必死だった。自分でも何故ここまで嫌なのか分からなかったが、とにかく嫌だった。
「ううん、そっかあ、そこまで嫌なら仕方がないか。残念だなあ、うん、残念だ。でも諦めるか」
阿満野が大きく頭を振りながら言った。
「えっ、いいんですか。本当に、本当ですか。いいんですか。いやった、やった、やった、ミコさん、聞きましたよね。課長、言いましたよね」
タケルは嬉しくて何度も聞き直し、心の奥底ではあまり喜ぶのは申し訳ないと思いつつ、喜びを抑えることが出来なかった。
「じゃあ、山村君は退職っていうことで。いやあ、残念だ。本当に残念だ。ミコ君、人事にそう言っといて。僕はもう一眠りするわ」
阿満野はタケルに背を向け、ソファーに向かって歩き出した。
「ちょっ、ちょっと、ちょっと、どういうことですか。退職ってなんで・・・」
タケルはいきなり退職と聞いて驚いた。
「だって君は人事部が決めた配属先が気に入らないんだろう。で、それを拒否するんだから、人事部にノーを突きつけるってことになるよね。人事部って、銀行の中枢の部署だよね。そこの言うことが聞けないなら辞めるしかないよね」
「いや、待って下さい。クビだなんて、それはちょっと」
タケルは焦った。
「いや、勘違いしないでくれ。クビじゃない、君が自分で退職するんだ。君は何かをしでかしたわけじゃない。でも銀行の心臓とも言える人事部の言うことは聞かないと言っている。じゃあ、辞めるしかないじゃないか」
阿満野が振り返ると、真剣な顔で言った。タケルは何も言えず、口を開けたまま阿満野を見つめた。
阿満野はタケルの近くまで戻り耳元で囁いた。
「あのさ、銀行ってさ、大体3年、長くても5年位で転勤するんだよね。その間、我慢すれば、次は普通の部署に行けるんだけどな」
「え、そうなんですか。・・・転勤ですか。ううん、はああ、ううん、・・・分かりました。ここで何とか頑張ります」
タケルは、あけぼの銀行に就職が決まった時の両親の喜んだ顔を思い出し、いきなり退職して両親を悲しませるよりは、数年の我慢で転勤出来るのであれば、少しの間我慢してもいいかと考えた。
阿満野がニヤリとして言った。
「そっかあ、一緒に働いてくれるか。そっか、そっか、良かったあ。じゃあ、君の道具を探そうか」
そう言いながら、阿満野がタケルを連れ、隣の部屋へと続く扉を開けた。
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